帳合ビジネスから機能ビジネスへ

「あたりまえの日常を止めない」~進化し続ける卸売業~(2)

卸売業についてフォーカスした本稿。前半ではその歴史や成り立ちを紐解いた。では今後、日本の卸売業はどのような未来を描こうとしているのか。日用消費財卸売業で売上高第1位の「パルタック」取締役常務執行役員経営企画室長の嶋田政治氏と、執行役員研究開発本部長の三木田雅和氏にお話を伺った。(MD NEXT編集長 鹿野恵子/雑誌「広告」より転載)

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パルタックに聞く日本の卸売業の未来

同社は約1,000社の製造業と、約400社の小売業を結び、年間35億個の商品を流通させている。日本の人口を1億2,000万人とすると、ひとり当たり年間30個の商品をパルタックを通じて手に入れているという計算だ。あまたの日用消費財卸のなかで、同社が抜きんでているのは最先端のテクノロジーを活用した物流倉庫の研究開発と、サプライチェーン全体を巻き込んだ流通最適化への志向という点である。

・ロボティクスの活用で倉庫作業の省人化を進める

パルタックは、1990年代後半から「ハイテク母船型物流センター=RDC(Regional Distribution Center)」構想を掲げ、流通プロセスのさらなる最適化と効率化を目指し、独自のロジスティクスシステムを開発し続けている。1999年に竣工したRDC近畿を皮切りに、これまで累計2,000億円弱を投資し、全国16カ所にRDCを設立してきた。RDCでは約2万、同社全体では約5万アイテムを在庫し、99.999%の出荷精度を誇る。このような取り組みにより、同社の販管費率(売上高に対する販売費および一般管理費率)は2007年の8.14%から、2020年3月期には5.43%にまで低減している。

2018年7月、新潟県見附市に開設された新RDC新潟は、新システム「SPAID」を導入。入荷から出庫に至るまでの様々な過程でロボットを活用し、これまで人が行なっていた重労働を自動化。従来と同じ人員で生産性を2倍にするなど、生産性向上によるさらなる販管費率削減に挑んでいる。

このハイテク倉庫の委細については、「MD NEXT」の他の記事を参照していただきたいが、トラックから運び出されたパレット上の商品が、入庫から出庫までほとんど人間の手を経ず、ロボットにより仕分けられて出荷されるまでの様子は、巨大なマーブルマシンを見ているかのようだ。

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今後のRDCを支えるのが最新鋭のロボット技術である。研究開発本部長の三木田氏はもともと、自動車メーカーのホンダでロボットエンジニアをつとめていたロボティクスの専門家だ。彼を中心に、パルタックではこれまでMUJIN、Kyoto Robotics、RightHand Roboticsなど国内外の様々なロボットスタートアップと協業をして、倉庫業務の自動化を進めてきた。

「ロボットは定型作業が得意です。決まった姿かたちのものを、決まった動作で動かし、加工する。そのためこれまで製造工場の自動化などに活用されていましたが、物流倉庫で扱うような、荷姿、重量が異なる数万種類もの商品を取り扱うのは難しいとされていました。とくに人間でいう、ものを認識する『目(センサー)』の部分と、どうその商品に対応するかを判断する『脳(AI)』の部分を組み合わせたロボットは、物流では過去に類を見ませんが、弊社は卸売業の枠を超え、スタートアップ企業さんと協業で開発を進めています」(三木田氏)

同社では、グーグルなどで最先端の研究を行なっていた人材も採用。RDC埼玉のオープニングイベントでは国際色豊かな研究開発本部のメンバーが倉庫を案内していた。卸売業=ドメスティックで単純な肉体労働だけというイメージはすでに過去のものなのかもしれない。三木田氏は、将来的には「倉庫の完全無人化」を目指したいと語る。

同社が進める倉庫業務のロボット化は、今後、コロナ禍などの有事において威力を発揮しそうだ。ロボットの活躍により、いわゆる「三密」が回避でき、マスクなど衛生用品のニーズが一気に高まった際にも、これまで人間が対応していて重労働とされていた一連の入出庫業務をロボットが対応できれば、急な需要に応えることができるだろう。

もちろん物流作業の全工程を一足飛びに無人化することはできないし、いまでもまだまだ倉庫には多くの人々が働いている。地道な労働集約産業という側面もある。しかしこのような最新技術への飽くなき挑戦によって、卸売業は進化を遂げようとしている。

・サプライチェーン全体の生産性をどう向上させるか

同時にパルタックは、物流倉庫等を高度化し、自社業務を効率化するだけではなく、小売業、製造業を含めたサプライチェーン全体の生産性向上にも寄与したいと考える。

「パルタックは、物流のプラットフォームをつくり上げることによって、社会的コストを引き下げるという思いで経営されてきました。小売業様と取引するうえで、どの部分のコストが高いのかがわかっている弊社だからこそできる、製造から卸売、小売にいたるサプライチェーン全体を視野に、さらなる流通全体のコスト削減への取り組みを目指しています」(嶋田氏)

サプライチェーン全体の生産性向上は、卸売業、製造業、小売業それぞれだけではかなわぬもの。たとえば広い店舗面積の小売業の作業改善に対する相談には、店舗内のエリア別に発注日を分けることで、品出しの移動距離を削減し、業務の効率化を図るよう提案する。製造業に対しては、物流全体の効率を考えた際に、最適な段ボールの厚さや荷姿への変更を依頼することもある。卸売業はサプライチェーンのハブとして、ほかの業界を巻き込んだ全体最適のキープレーヤーなのである。

・「あたりまえの日常」を支える自負

最先端技術や、業界全体を巻き込んだ改革という、一見華やかに見える取り組みの一方で、同社の日々の業務は、「早く正確に商品を届ける」という、いたって地味な、地に足の着いた仕事だ。トイレットペーパーや食器用洗剤、ハミガキ粉、歯ブラシ、シャンプーのような毎日の生活に必要なものを、買いたいと思ったときに買える状況を提供し続ける。そんな自社を形容するのに「あたりまえの日常を提供できる会社」という言葉がいちばん合うと、嶋田氏は言う。

「水道にたとえれば、小売業様の店舗は蛇口だと思います。水道管から蛇口まで効率的に水が流れる仕組みづくりを、私ども卸売業が担わせていただければと思います。たとえば災害のときに、小売業様にお客様が待っていても、ものが届かなくて店が開けられない。そんなときに商品を運んで店舗再開の手伝いをして、とても喜んでいただくことがあります」(嶋田氏)

電気・水道・ガス・インターネットのように、流通業も重要な生活のインフラでありライフラインだ。本来であればありがたいもののはずなのに、同時に「あって当然のもの」と多くの人は認識している。今回のコロナ禍では、エッセンシャルワーカーとして医療従事者や小売業従事者に注目が集まったが、卸売業も当然のことながらエッセンシャルな仕事なのである。

サプライチェーン効率化におけるふたつの課題

ここまでパルタックの取り組みから卸売業の未来について検討してみたが、筆者が考える現在のサプライチェーンが抱える課題を2点提示したい。「返品」と「リベート」だ。

・サプライチェーンの効率を下げる「返品」

ひとつは日本独特の商習慣である「返品」だ。製造業から卸売業を経由して小売業へ販売された商品は、一定期間が過ぎると返品してもよいという特約を付されているものが多い。

日本には四季があり、季節ごとに売れる商品も変化する。春夏にカイロは売れず、秋冬に蚊取線香も売れない。小売業は売れないものは陳列しておきたくないし、製造業も売れないものを陳列しておくぐらいであれば、季節にあった商品を販売してほしいというニーズもある。そのためシーズン終了時の返品はお互いにとってメリットがあると考えられており、商慣習として長らく容認されてきた。

しかし、製造業に返品された商品は、再度市場に出回ることは少なく、廃棄処分されることが多い。店舗から卸売業、小売業へ返品される輸送コストも馬鹿にならない。製造業は商品を開発する際、返品量もあらかじめ織り込んだうえで製品の利益構造を設計する。返品が認められていることによる作業コスト、環境負荷は大きい。返品前提で多めに発注する小売業も存在するが、過剰な発注と、それに応じるための過剰な製造はサプライチェーン全体の効率を引き下げる。

返品を削減しようという風潮は、震災を機にこの5年ほど小売業でも徐々に強まってきているという。たとえば液体蚊取線香には、30日、60日、90日と使用期間によって種類があるが、小売業が精査せず8月後半に「90日」の商品を追加発注すればシーズン終盤にはほぼ売れ残り返品になってしまう。そこで卸が製造業と小売業の間を取り持ちながら、5月、6月には「90日」など長期の商品を中心に展開し、徐々に60日、30日と発注アイテムをずらし、ある日をもってそのシーズンの発注を終了する……というような細やかな取り決めをつくるような動きも出てきているという。そうした動きにより、ある卸売業では返品が以前より30%ほど減少したともいう。現在、世界的に注目を浴びているSDGsの観点から、またサプライチェーン全体のコスト削減の見地からも、業界全体で返品を減らす努力を続けなければならない。

・正しい原価の把握を阻害する「リベート」

もうひとつ筆者が業界の健全な成長を阻害している要因と感じるのは、販促金などのリベートのありかただ。

リベートとは、主に製造業が小売業での販売を促進するため、一定期間の売上をもとに支払う報奨金や販促金のことを指す。このリベートは代金回収後、金額に応じて製造業から卸売業や小売業、あるいは卸売業から小売業へ支払われる。

リベートは、その支払いルールも金額も会計的な分類や計上の時期も企業ごとに異なり、その管理コストは膨大だ。結果、製造業も卸売業も小売業も驚くべきことに「正しい商品原価がわからない」という状況に陥っている。

冒頭で400円のシャンプーの売上についてどう卸売業・小売業・製造業で分け合っているか記載したが、実はそこではあえてリベートについてはまったく触れなかった。それを勘案すると「実際のところどうなのかはよくわからなくなってしまう」からだ。

販促金などのリベートそのものは、小売業のチラシなどでの商品の露出や、新商品導入時の店頭での陳列、ロジスティクスの効率化など、様々な施策を実現するために支払われる正当な対価である。そのため一部外資メーカーでは、きちんとルール化したうえで、適正な販促金管理を実現している。だがその本質が日本の流通業界内で共有されているとは言いがたい。メーカーによっては営業担当者が押し込み営業をするために、自分の持つ予算内で思いつきで販促金を支払うというようなことが横行している。小売業側も、単なる値下げの原資としてこれを使用し、付け焼刃的な廉価特売ばかりを行なうことで、商品が値崩れをおこし、ブランド価値が破壊されてしまうという事例は枚挙にいとまがない。

この返品とリベートの存在が、実質的な取引価格を隠蔽し、ひいてはデータにもとづく根拠のある商談・取引を阻害する遠巻きな要因のように筆者は考える。今後人口が減少し、さらなる高効率化が求められる社会環境において、なんの根拠もない発注、販促金の付与、値引き……というような勘と経験に頼った取引関係に存続の余地はなかろう。

昨今、小売業においてはSPA企業に好業績な企業が多くみられる。それら好調な企業に共通しているのは、自社のデータを分析し、その結果をもって次の施策につなげているという点だ。SPA企業は製造業とともに商品を開発して販売しており、リベートや返品に左右されない、きれいなデータを持つことが比較的容易で(原価計算の難しさなどはあろうが)、それがゆえにデータドリブン経営への早期移行が図れたのではないか。今後サプライチェーンのなかで、どのようにきれいなデータをつくり、取得し、エビデンスベースドマーチャンダイジングを実現していくかはNB業界全体の課題のように思える。

帳合ビジネスから機能ビジネスへ

卸売業の人の言葉の端々には「途切れさせない」という強い意志、そしてインフラとしての自負を感じる。先述のパルタックではコロナ禍において、主に関東圏でのマスクや殺菌消毒剤の受注が3~10倍程度跳ね上がったが、その際とにかく流通を止めないために、物流センターでの感染防止の取り組みを行なった。全国の物流センターで働く約6,000名のパートタイマーに対し、消毒やマスク着用を徹底し、現在(2020年11月時点)のところ関係者の社内感染は1件も出ていないという。決めたことをきちんとルールどおりに遂行するという企業文化が大きかったのではないかと嶋田氏は振り返る。パルタックではコロナ禍で受注が急激に伸びた際に、前述したようにロボット化された物流倉庫を含めほぼ24時間稼働させたり、普段は顧客の対応をしている営業の担当者が倉庫作業を行なうようなこともあったそうだ。「あたりまえの日常」を提供するというプロ意識が社内に浸透しているからこそ、全社を挙げてコロナ禍に挑むことができた。

パルタックの『PALTAC 120年史』を読んでみると、1998年(新生パルタックとして現在につながる取り組みをスタートさせた年)の社内報『プラザ』276号の記載として「卸も代理店や帳合権などの利権型ビジネスから、適正売場プランニングや高い売場生産性、店内作業提言を可能にする総合物流など、求められる機能に対応する問題解決型ビジネスに変革することが経営戦略上必要不可欠である」と書かれている。これからすると、パルタックは20年以上にわたって機能ビジネスに取り組んできたといえるだろう。

確かに「帳合」ということばが、利権のにおいを感じさせることは否めない。事実「この帳合をとおさなければあの小売には入れられない」という言い方があるように、帳合には利権としての側面もあったのだろう。しかし先進的な卸売業は、単なる権利ビジネスから機能ビジネスへと変革を遂げている。言い換えれば、卸の仕事が量から質の仕事へ変革を果たしたということでもある。

あたりまえの日常を提供するために、高度な技術力で生産性を高め、同時にサプライチェーン全体の調整役を担う卸売業。今後も流通業界において期待される役割は大きい。

参考記事

 

日本の小売業が直取より卸売業を活用すべき理由

中間流通業の「つなげる力」を活用して売上最大化を実現しよう

 

参考文献
『PALTAC 120年史 : 1898→2018』(PALTAC、2018年)
『地域卸売企業ダイカの展開』(佐々木聡、ミネルヴァ書房、2015年)
『月刊マーチャンダイジング』特集「店頭起点のSCMを構築せよ」 (ニュー・フォーマット研究所、2014年9月号)
「資生堂のマーケティングと流通」(岸本秀一、2014年)
「花王の競争力と販社制度についての研究」(ピュー・シン・モー、2013年)
「マーケティング&マニュアル・ゼミ」(小林隆一、「マーケティング&マニュアル・ゼミ」ウェブサイト、2019年)