レジ後ろのサイネージで「現金が使えない」訴求
ドラッグ新生堂スマートスタイル香椎駅前店は福岡市東区の西鉄香椎駅ならびにJR香椎駅の徒歩圏にオープンした。駅前とはいえ周辺には住宅地が広がる郊外立地だ。売場面積は約40坪で、新生堂薬局の郊外標準店が250坪前後であるのと比べるとかなり規模が小さく、コンビニエンスストアのような使われ方を想定している店舗である。また、駅前であるがインバウンドを志向しているわけではなく、日常生活に沿った商品のみが品揃えされている。
一歩入店すると、レジの後ろの大型サイネージに赤地に白文字で「当店のレジでは現金が使えません」と大きく表示されているのが目に付く。入口付近には現金のチャージ機も3台並んでいる。この店舗は現金での決済は対応していない代わりに、クレジットカードはもちろん、各種電子マネーや交通系電子マネーでの支払いに応じる「キャッシュレス店舗」だ。
そのため、利用できる決済手段は幅広い。新生堂が提供するプリペイドマネーの「ハッピーカード」をはじめnanaco、WAON、楽天Edy、Apple Payなどの電子マネーや、nimoca、SUGOCA、はやかけん、Suicaなどの交通系電子マネーにも対応。d払い、LINE Pay、Origami Pay、楽天ペイ、PayPay、YOKA!Payなど、スマホ(QRコード)決済まで、多様な支払い手段を受け入れる。
同社が「現金利用不可」という思い切った店舗を出店した背景には、福岡市の「キャッシュレスFUKUOKA」という取り組みがある。福岡市では「キャッシュレス FUKUOKA」というキャッチコピーのもと、消費者の支払い簡易化、民間企業の業務効率化、インバウンド消費の取り組み活動として、キャッシュレス化を推進している。この活動に賛同し、新生堂は完全キャッシュレス店舗としてこのドラッグ新生堂スマートスタイル香椎駅前店をオープンした。2019年1月に福岡市が開催する発表会で実験の結果を報告する予定になっている。
利用率はプリペイド35%、交通系電子マネー23%
新生堂は2013年4月からハウス型プリペイドカード「ハッピーカード」を導入している。店頭にある専用端末で現金をカードに入金して利用するもので、入金時と使用時にそれぞれポイントが貯まるので、お客にとってもお得な仕組みと人気だ。同社はもともとこのハッピーカードやクレジットカードの利用を推進していたため、既存店でも現金対それ以外の決済の比率が6:4と、他の小売業と比べてキャッシュレス比率が高い方だった。
取材時は香椎駅前店オープンから数カ月で、使われている決済手段の傾向も見えてきた。最も使われている決済手段はハウス型プリペイドカードの35%、次いで交通系電子マネーが23%、クレジットカードが15%、WAONが10%、nanacoが5%。QRコード決済は各種合わせて5%程度にとどまる。
「誤差が無い」ことで、プレッシャーが無くなる
キャッシュレス店舗を運営してみて、一番大きなメリットと感じたのは「現金の誤差が無いこと」だと、同社の代表取締役副社長兼COOの水田怜さんは語る。現金を扱っているという社員の心理的プレッシャーが軽減されるのは大きい。レジ締めをしてみて誤差が発覚すると、その原因を追求するのに膨大な時間が必要になるが、それも不要になる。従業員満足度向上のために、キャッシュレス化は一役買うというわけだ。
もちろん、店舗作業を大幅に削減できるのもキャッシュレスの大きなメリットだ。まだ実験の結果は出ていないが導入前の試算によると、それまで現金を取り扱っていたことにより、開店準備や精算、レジ点検、両替、レジ締めなどの作業に84分かかっていたところを、キャッシュレスにすることで34分にまで短縮できるという。レジにはマルチ端末を配備している。POSと連動しているため、お客様に決済手段を伺ったあと、決済手段を選択するボタンを押すだけでよいので、オペレーションも容易だ。
カードへのチャージ機があるため店内から現金がなくなったわけではないが、釣銭準備や現金管理コスト削減への影響は大きい。
キャッシュレスの説明から、接客につながる副次効果も
新生堂薬局によれば、レジ応対のスピードを、現金と現金以外の決済手段で比較したところ、一人当たり平均31秒ほど短くなったという。お客にとっても、いちいちレジで財布の中のお札や小銭を出す必要もなくなるので、レジ待ち時間が短縮され、顧客満足度向上につながる。自分の支払いが早く済むのもうれしいが、レジで自分の後ろに並んでいる他のお客を待たせずに済むというのもありがたい。
「5年半年前、ハウス型プリペイドカードを導入した際に、ご高齢の方はあまり利用されないのではないかと考えていたのですが、意外とご高齢の方のほうが利用率が高いという結果になりました。小銭を出さずに済むのが便利という理由からのようです。いつもここの店で買物をするのであれば、1万円や5,000円をチャージ機やレジでチャージしたあとは、現金を使わずにスピーディーにレジを通過することができる。一度便利さを味わうと、もう後戻りはできません」(ドラッグストア事業部部長 馬場大輔さん)
また、キャッシュレス店舗というこれまでにないオペレーションを店舗に導入したことにより、お客に使い方などを説明するための接客の時間が増えたという。
「キャッシュレスというと、店舗が機械的になるというイメージがありますが、説明をするためお客様とお話をする機会が増え、その流れでお悩みを伺うこともできるようになりました。逆に温かみのある接客ができるようになったように思います。精算業務の時間も減り、作業効率もよくなっています」と同店店長の山原雄太さんは語る。
「キャッシュレスは全く世間に浸透していない」
完全キャッシュレス店舗を運営したことで、気づかされたことは多い。その一つが、「キャッシュレス」の世間での浸透度の低さである。「キャッシュレスというものが、全く世の中に浸透していないということがわかりました」と水田さんは語る。
オープン日に「キャッシュレス店舗です」とお伝えすると面倒くさいと断られる。しかし、SUGOCAやnimoca、はやかけんなどの交通系電子マネーも使えることをお伝えすると一転して「それも使えるの?」と驚かれることが多いのだという。
「キャッシュレス」=「現金が使えない」=「ハウス型プリペイドカードを作らされる」と思い込んでいる人は多い。「交通系電子マネー」で店舗の支払いができるとは思っていない人が大半なのである。
さらに中国のようにキャッシュレスの決済手段がAlipayとWeChatPayが大半というような状況であればいいのだが、日本は決済手段が乱立していてわかりにくいというのもお客が混乱する一因となっているようだ。
「キャッシュレス」をお客にいかに伝えるか
ちなみに、同社がキャッシュレス店舗を出店するのに香椎駅前という立地を選んだのは、大学が近くにあるため若者が多く、60歳以上の人口が20.8%と他の地域と比較して高齢者が少ないことから、お客様の多くがキャッシュレスという新しい概念に親しみやすいだろうと考えてのことだった。しかし実際は高齢者でも交通系電子マネーの保有率は高く、一度利用さえしてもらえれば、継続利用に支障はないようだ。
順調にスタートしたように見える完全キャッシュレス店舗であるが、現在のところ新生堂は今後の水平展開を考えていない。今でも1日5名程度は「現金が使えない」と聞いて買物を途中でやめて帰るという。まだまだ現金だけでお買い物をしたいというお客様のニーズは根強い。将来的にキャッシュレス比率は50%程度まで引き上げたいと考えているものの、完全キャッシュレスへの道は遠い。
なお、意外なことにお客へキャッシュレスであることを伝えるための手段としては、レジ上や店頭のサイネージでの「現金は使えません」という訴求が中心で、店頭を見ただけではこの店舗がキャッシュレス店舗であるということはわからないようになっている。
「オープン時には、九州発のキャッシュレス店舗オープン!と銘打って店頭で訴求していたのですが、それを見て『私とは関係のない店だ』と思われたお客様も少なくなかった。我々はキャッシュレスという言葉はネガティブワードだと思っており、お客様に対してはなるべく出さないようにしています」(水田さん)。
キャッシュレス店舗の水平展開こそ行わないものの、この店舗で得られた経験は、他の店舗に波及させる予定だ。お客様への説明をどのようにすべきなのか、レジのオペレーションはどうするのかなど、様々な方面から検討し、現在展開している49店舗に広げて、キャッシュレス比率を上げていきたいと考えている。
今後キャッシュレス比率を高めるためには、お客にキャッシュレスであることをどう伝えていくか、どのような決済手段を選ぶべきなのかなどについて実験を続け、検討を重ねる必要がある。小売業の自己満足にならない店頭コミュニケーションを設計することに注力すべきだろう。
ドラッグストア事業部部長
馬場大輔さん
店長
山原雄太さん