小売業界2019年業界展望(1) 郡司昇さん<前編>

Amazon Goによって小売業の「常識」がひっくりかえった2018年

小売業に一家言あるコンサルタント・実務家の方々に、2018年を振り返り、2019年の展望を語っていただく特集企画「小売業界2019年業界展望」。第1回目は店舗のICT活用研究所の郡司昇さん。大手ドラッグストアでマーケティングとECの責任者を務めたのち、現在はコンサルタントとして企業の外部からマーケティングやEC事業、経営戦略などに関するアドバイスを提供していらっしゃいます。(聞き手:MD NEXT編集長 鹿野恵子)

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Amazon Goでは商品を購入する際に値段を見なくなった

――2018年の小売業界を振り返って、郡司さんにとって興味深かったことをお聞かせください。

郡司:やはりAmazon Goの衝撃は大きかったと思います。

Amazon Goは2018年1月に一般公開されましたが、あれを抜きにしては2018年の小売業は語れません。Amazon Goに実際に訪れてみて感じたのが、「レジは接客の要という小売業の常識」は嘘だったということでした。

――概念が変わるほどの体験だったんですね。

郡司:変わりましたね。そもそも店舗小売業で一番多いクレームはレジでの接客なんです。商品を袋にどう入れるかとか、挨拶だとか。つまり我々は、レジでは決して良い顧客体験を提供できていないということなのだと思います。

ーーでは、店舗小売業は顧客体験をどこで提供しているのでしょう?

郡司:先日、たまたまあるお店をのぞいた時のことです。店員さんから商品の説明を受けてるうちに、それがつい欲しくなって買ってしまったんですね。つまり、顧客体験が起きているのはレジではなくて「売場」なのだと感じました。

ではAmazon Goのようにレジがない店ではどうなるかというと、最初はやはりレジが無いので違和感があります。それが2回目はだいぶ薄らいで、3回目ぐらいからはすいすい買い物できるようになるんです。

私はシアトル滞在中、Amazon Goで11回買物をしたのですが、回数を繰り返すごとに何が起きたかというと、商品を購入する際に値段を見なくなりました。これは驚異的なことで、値段によって買う・買わないを決めるという概念がなくなるということは、純粋に商品を選ぶことに集中できるということです。

Amazon Goでは買物して店舗から出た後にアプリにレシートが届くのですが、ほぼ100%の精度で精算されていました。それだけ正確に精算がされるとどうなるかというと、今度はレシートも見なくなります。「このサンドイッチを何円で買おう」と店舗で吟味するのではなくて、あたかも自宅の冷蔵庫にあるサンドイッチを「今日はこれでも食べるか」という、そんな感覚になるんですよ。

――日本でも、トライアルさんがタブレットカートを導入してお客様が商品を購入しやすくしたりしていますね。

郡司:トライアルさんの取り組みは、Amazon Goとはまったく違います。

トライアルさんはまさに「値段」に着目しているんですよ。タブレットカートのいいところは何かというと、カートを使うところです。カートを使うと自然と客単価が上がります。もう1つは、カートについているタブレットで商品をスキャンすると、関連商品やポイント○倍商品が表示される。ここでアップセル(より高いものを買ってもらうこと) になるレコメンドやクーポンを表示する可能性があります。クーポンがきっかけになってブランドスイッチが起きれば、メーカーさんが喜びます。メーカーさんの販促費も期待できるようになるでしょう。

一方、効果が出にくい買物体験と考えるのが、ローソンさん等でテストが行われているスマートフォンでお客様自身がスキャンしてお支払いをする方法です。

そもそもコンビニの平均買上点数は2.5点といわれていますが、スマートフォンで商品をスキャンするということは、必然的に片手が埋まってしまいますよね。ですので、あの方法では平均買上点数が減って、売上も下がるのではないかと思います。

Amazon Goに話を戻すと、お客様が価格を意識しなくなるので、商品を選ぶことだけに集中できるようになりますし、店側も純粋に商品の魅力だけを伝えればいいことになります。

Amazon Goの売場の店員に、商品について質問すると、とてもにこやかに答えてくれます。レジにお客様が並ぶと、店舗従業員にとっては大きなストレスになるのですが、それがなくて、品出しと品質管理、そして接客に集中すればいい。とても楽しそうに働いています。

DgSの好調・不調を分けた「食品」と「調剤」

――Amazon Go以外では何か気になる動きはありましたか?

郡司:そうですね。2018年は業界・業態の垣根がなくなっていくのを強く感じた1年でした。典型的なのが無印良品さんの堺北花田店です。

――無印良品とスーパーマーケットが一体となった店舗ですね。

郡司:はい。これだけ本格的にスーパーと無印良品が一体となった店が出てきたことは驚きました。スーパー売場の運営は外部に委託していますが、業態とは何かを考えるうえで、この動きは大きいですね。

ドラッグストア(DgS)は、インバウンドは堅調だし、食品も強化していて、基本的には好調です。しかし、食品に関しては強いところと弱いところで勝敗が出てきていますね。

――食品が強いDgSといえば、コスモス薬品さんの堅調ぶりが目立ちます。

郡司:そうですね。コスモス薬品さんやアオキさんのような食品強化型のDgSは順調に伸びています。食品スーパーは、商圏が狭くなってきていますが、そこに食品を強化したDgSが出店してくると、食品スーパーにとっては脅威でしかありません。

食品スーパー側ではグローサラント(※)のような動きが出てきています。知り合いに聴いた話ですが、フランスのプランタンという百貨店では、食品売場が一番眺めのいい最上階にあるということです。これを聞くと、食品売場は地下というような常識にとらわれる必要はないのだと思いますね。

※グローサラント:グロサリーとレストランを合わせた言葉。食品スーパーマーケットで売られている食材を調理し、店内のイートインスペースで食べる飲食業態のこと。

それから、興味深いのはホームセンターです。ホームセンターは長らく停滞している業態ですが、PBを強化したりモノ消費からコト消費へシフトする流れが生まれつつあります。カインズさんがDIY FACTORYさんと提携しているような動きは、その一端なのかなと感じますね。

保険(調剤)薬局ですが、これからはじまる遠隔調剤の動きに乗れないところは厳しいと思います今年の調剤報酬改定は業績に与えた影響が非常に大きかった。例えばアイン薬局、クオール薬局では、売上は前年とあまり変わらないのですが、営業利益ベースで3割ほど落ちています。日本調剤は調剤事業だけで43%営業利益が落ちています。

当然個人薬局も苦しくなりますので、それを買収しましょうという話になりますが、買う側も厳しいという状況です。なかなか今調剤は厳しいです。

DgSで不調な企業の原因は、調剤比率の高いところがこのあおりを受けています。ですから、調剤比率が高いココカラファインやスギ薬局は痛いと思いますよ。このように、DgSは全体的には好調ですが、調剤部門にとっては厳しい1年でした。

後編に続きます。