リアル小売業DX強化書

NRF2022 ”ACCELERATE" レポート

日米DXトレンドは「お客さま中心」へと回帰する

2022年1月、NRF2022–RetailʼsBigShowがアメリカ・ニューヨーク市で開催された。このイベントは全米小売業協会(NRF)が主催する世界最大級の小売業の展示会で、リアル会場では2年ぶりの開催。ウォルマートCEOやターゲットCEOなど全米を代表する小売、ICT企業の重鎮が一堂に会した。今回はアメリカ在住のR×RInnovationInitiativeの近藤典弘氏が大会に参加して感じた日米の現状や課題を5つのポイントに分け解説。サイバーエージェント 藤田氏、CA無人店舗 平川氏と共に語ってもらった。(月刊マーチャンダイジング2022年4月号より抜粋)

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パンデミックで加速したお客さま中心の技術

藤田 2年ぶりの会場開催となったNRF2022ですが、現場の雰囲気や熱気はどのようなものでしたか。

近藤 大手ベンダーのなかには出展を控えた企業もあったのですが、ウォルマート、ターゲット、クローガーといった一流大手企業のCEOクラスの方の参加もあり、会場は2020年より混んでいた印象です。

とくに、基調講演、特別有料セッションは2,000〜3,000ドルを支払うのですが、非常に盛況でした。

2021年はM&Aや技術に多額の投資が行われた年なので、それら先駆者たちの取り組みがどのように機能しているかを参加者たちは知りたかったのだと思います。

基調講演、各セッションに参加して強く印象を受けたのは、多くの講演者が「お客さまをすべての中心に据える」ということを反省も含めて述べていたことです。コロナ前からたくさんの先進的な技術を導入していましたが、それが果たしてお客さまに真摯に向き合った上での技術なのか、時代から取り残されたくないというモチベーションによる技術導入ではなかったか、こうした考えが今回の大きなポイントだったかと思います。

パンデミック下、小売業は今まで経験することのなかった様々な課題に直面し、どのような戦略を取るべきかの解が見いだせない状況が長く続きました。そこで起点になったのが「お客さまは何を求めているか」、店舗に来るのは何がモチベーションになっているのか、そこに真摯に向き合わざるを得なくなったのです。ウォルマートUSのCEOジョン・ファーナーはこんなことを言ってました。

NRF2022で講演を行ったジョン・ファーナーは、同社のEC、デジタル事業を推進した立役者の一人

「ある意味パンデミックが小売業の甘やかされた体質を変えてくれた。あのままの体質では新しい業態で乗り込んでくる新規競合企業に勝てなくなっていただろう。たとえば、ウーバーイーツはレストランやファストフードの宅配サービス事業者だが、彼らが物流倉庫に在庫を持って食品や生活必需品を宅配するようになったとき、中小の食品スーパーとの競争が必ず発生する。店に来てもらう意味は何か、そもそも店に来てもらったほうがよいのか、パンデミックで変わったお客さまの買物行動に私たちは真摯に向き合うようになった」といったことです。

大会スローガンの「ACCELE-RATE」には、パンデミックで小売業の変化に加速がついたという背景があります。

ファーナー氏の論法で考えれば、お客様に店舗にお越しいただくのではなく、商品がお客様に向かって動く宅配サービスが、まさに顧客を中心に据えたサービスの良い例だと思います。

各社がデリバリーを強化してこれが普及すると、次の段階として30分以内、15分以内というようにより速く届ける競争になってきました。また。配達する商品のカテゴリーも増えていきました。

宅配サービスは配達時間の短縮競争が限界まで来ていて次はどこで差別化するのか、岐路に立たされています。宅配と並ぶようなお客さま中心のサービスが模索されています。

藤田 宅配に関して言えば、日本における配達の文化は飲食店の出前や宅配便に見られるように、欧米より発達していたように思います。

日本での配達は時間指定とか再配達とか丁寧でキメ細かなサービスが特徴的です。一方で、BOPIS(BuyOnlinePickupInstore=ネット注文店舗受取)に取り組む日本の小売業も出てきていますが、それに関連して店内のピックアップの態勢が十分でない、アプリの使い勝手が悪い、そもそもアプリを開発していないなどの問題があります。取り組んでいない企業もまだ多いです。こういった点は「お客さまを中心に」考えた、利便性を上げるためのチャレンジでしょう。

アメリカで来店と配送の比率、現状はどうなっていますか。

近藤 地域によってまったく異なります。同じ州でも人口の少ない地域では来店してまとめ買いする習慣はまだ根強いですし、都市部に行けば配達やBOPISの比重は高いです。

企業によっても異なる様相を呈しています。ウォルマートは従来どおりのキャッシャー精算もありますし、自動精算機もあり、BOPISのためのピックアップの場所もある。買い方が非常に多彩でレジ周りの風景が他の企業と違います。

また、アメリカでは昨年末、百貨店の客数、売上が伸びました。配達とは違うお客さま心理が働いています。リアル店舗はショールーム化していくという考えがありますが逆の流れですね。この辺りにもお客さまを中心に据えたサービス開発のヒントがあります。

採用難の影響もあり従業員の待遇は改善方向へ

近藤 お客さまを中心に据えるためのひとつの課題が人手不足です。いまアメリカではいくつかの理由で雇用の確保が難しくなっています。ひとつは賃金の高騰です。従来時給13ドルで採用できていたのに、20ドル以上でないと応募がないとか、人件費問題は相当深刻です。

もうひとつは「燃え尽き症候群(BurnOut)」です。トランプ政権ではパンデミック対策のために行った外出禁止、企業の営業停止の救済手段として多額の予算を付けて現金給付が行われました。日本円にして月に15万〜20万円といった金額を受け取っていた労働層が勤労意欲を失ってしまったという現象です。

3番目は若い人を中心に企業の正義や社会貢献性を厳しくチェックする人が増えたことです。環境、人権、地域などに関して問題があると思うとその企業で働くどころか批判の的にされます。こうした観点で小売業からIT業界へ転職する人もいます。

従業員のマネジメントでは、いろいろな例が挙げられていましたが、記憶に残っているのはピザハットやケンタッキーフライドチキンを展開するヤム・ブランズの教育プログラムです。

同社は統計的な手法で、「ある属性」を持つ人たちは成果を出さなければいけないという思いが強過ぎて、下からの意見をあまり聞かないという傾向を発見しました。そういう人たちのために部下から意見や評価をもらう教育プログラムをつくって受けさせたところ成果を挙げたそうです。気づきを与える能力開発には有効だと思います。ちなみに「ある属性」というのは人種やジェンダーに関するもので、アメリカ的な難しさをはらんだ問題でもあります。

また、アメリカには交通費を支払わない企業が多いのですが、それを支給するように改めたとか、子どもがメンタル系の病気になったとき治療費の補助を出すとか福利厚生を改善した事例も多数ありました。

平川 日本でも従業員と向き合うこと、ES(従業員満足)は重要なのに、あまり多くが語られることのなかったテーマだと思います。これがアメリカで大きく取り上げられているのは新しい発見です。

日本ではコロナ禍で保育園や学校が閉鎖されると親が働きに行けないなどの問題が起こっています。リモートワークが定着したのに社会制度やインフラが追いついていないという問題です。勤務実態と現実の乖離といってもいいでしょう。ここはテクノロジーも使って埋めていくべきです。

たとえば、非常に興味深く読んだニュースですが、JR東日本がある駅のホームに今年4月に診療所を開設すると発表しました。内科は対面で、皮膚科、耳鼻科、婦人科はオンラインブースで提携する医師の診療を受けられるそうです。これは現状、医療機関の開院時間と勤務時間が重なっているので多くの日中働いている人が平日診察を受けられないという患者側の問題だけでなく、従業員である医師側にとっても課題解決につながる取り組みだと思っています。

育児や子育て中の医師は、働ける時間や場所が限られるため働きにくいという医師側の課題がありました。こうした状況をオンライン診療という技術も使って、患者側・医師側双方の視点にとってより便利な形に解消していく。法的にもオンライン診療は使いやすい形に向かっていますので、勤労者が諦めていた不便なことが技術や法改正によって解消されていくよい事例だと思いました。

こういった分野はまだまだたくさんあるでしょう。インフラ整備や法改正以外にも、企業の側でも従業員の労働環境を改善する余地はあると思います。

近藤 平川さんの挙げた例に関連していうと、ニューヨークの大きなターミナル駅に特設のワクチン接種会場ができたのですが、そのうちいくつかは常設の診療所として残してオンライン診療を導入する、そういう動きがあります。

また、アメリカの大手銀行バンクオブアメリカなどは、予約を取った上で相談ブースでオンラインによる資産管理や投資の相談ができる無人型の店舗をつくっています。労働環境の改善にもリモートでできることはありそうです。

平川 私もこれまで広告運用支援を行う子会社の経営を行っていましたが、「従業員が創造性のある仕事に取り組むことができる」というのも、従業員の働き方を今後考える上でポイントになるのではないかと思っています。標準化すべき業務に関してはソリューションによって、無人化・省人化し、従業員はより自分の創造性を発揮できる接客などの業務に従事しやすくすると言ったような、「従業員との向き合い方」も一つなのかもしれません。

クローガーが移動販売に進出。自動運転による移動販売も登場

近藤 アメリカの大手食品スーパークローガーは小規模なトラックに商品を載せて地域に出て行くサービスを始めています。公園などに止めてそこで販売しながらお客さんと会話してそれを品揃えに生かすという仕組みです。

また、西海岸のスタートアップ企業が運営する「ロボマート」という移動販売はミニバンに500個程の商品を積み込み自動運転で移動しながら販売するという仕組みです。利用にはあらかじめ専用アプリをダウンロードする必要があり、クレジットカードなどの登録が必要です。

自動運転で商品を運ぶロボマート

アプリ上で近くにいるロボマートを探して指定の場所まで呼ぶというシステムです。地域限定で実験的に運用されていて、完全な自動運転まではまだ至っていません。私が実際に見たロボマートは人間が運転していました。富裕層が住む住宅街をターゲットエリアにしています。

[写真A]韓国企業新世界の無人店舗
写真Aは韓国の新世界(シンセガエ)による無人店舗「SPHAROS(スファロス)」です。AmazonGoのようにカメラと重量センサーを組み合わせて購入した商品を特定して自動精算することで、お客さんはそのまま出て行くシステムです。唯一違うのは店舗を出ると大きなスクリーンがあり、そこに購入した商品のリストが出るところです。

こういう無人店舗や移動型店舗、エコ重視の店舗など「お客さまを中心に据える」ことの方法論として、多数の新しいスタイルの店舗が展示されていました。

平川 確かに、日本国内でも「お客さま中心」に据えた店作りは今後更に増加してくると考えられます。「とにかく過疎化が進んで出店が難しいエリアに、無人店舗を出せないか?」といった相談を受けることが非常に多いです。

移動スーパーの領域では「とくし丸」さんが、各地の小売業と連携しながら移動店舗での生鮮食品の販売を始めていますが、過疎化により出店が難しいエリア等では、「商品数や接客などの面が多少不足していても、とにかくそのとき最低限必要なものをすぐに買える環境をつくる」ことがより重要になる、と考えています。

ECに人系要素をプラス。ライブコマースには大きな可能性

これは、弊社の事業パートナーであるコアサイトリサーチ社のデボラ・ウェインズウィッグが参加したセッションで取り上げたテーマです。彼女は日本や中国の動きも見ながら、動画配信=「ライブストリーミング」や動画配信を起点にした物販=「ライブコマース」の可能性の高さを指摘しています。これがアメリカでも主流になってくると予想しています。

いままでリアル小売業ではECに大きくシフトできなかった。なぜなら、リアル小売業が得意とする接客や商品説明がECではできなかったからです。それを可能にするのがライブストリーミングでありライブコマースなのです。

いまメタバース(Metaverse)という世界があります。これは仮想空間にデジタル的な自分の分身が入り込むことで、もうひとつの世界での生活が生まれることを意味します。旧Facebook社はこの可能性にかけて社名をMetaに変更したほどです。ある調査会社では2026年までに全世界の25%の人が1日1時間以上メタバースで過ごすだろうと予想しています。ライブコマースはメタバースとの相性もよいと考えられています。

アメリカで100年以上続く化粧品の訪問販売エイボン社は全米の田舎町まで至る所を訪問して泥臭い営業を展開することで有名ですが、こうした人系の営業もライブコマースならできるとウェインズウィッグは語っています。

実利的なメリットとして、普通のECと比較して人がオンラインで説明販売するライブコマースは返品率が50%減ったというデータもあります。デジタルに人系の要素を入れる、これも大きなテーマとして取り上げられていました。

ライブコマースによる返品削減効果(イメージ図)

新しい血と伝統的なDNAを融合させた経営を進める

ウォルマート外観

近藤 日本の皆さんが注目されているウォルマートの最近の動きですが、一番の話題はM&A、テック企業を含む買収です。ジョン・ファーナーが基調講演で話していたのは、新しい血を積極的に入れる。同時にウォルマートが長年培ってきたDNAを体現する人材も育成する。この2つのバランスを取っていくということです。

この2軸をいかにコントロールしていくか非常に難しいが、そこは経営者冥利に尽きるといったことも発言していました。ウォルマートの具体的な動きは今回の大会では発表されませんでした。

ネット注文した商品を専用の受け渡し場所でピックアップするカーブサイドピックアップ
ウォルマートのセルフレジスキャンアンドゴー

藤田 ファーナーの視点はそのとおりですね。コストカット、標準化といったチェーンストアが重視するDNAと、投資や自由な発想というDXに必要な要素を人レベル、組織レベルでいかに融合させるかは至難の技で、それができた企業が次のステージにいくのでしょう。

直近のウォルマートにおける大きな動きでいうと、元Jet.comCEOでウォルマートのEコマース責任者だったマーク・ロア氏が退任し、ウォルマートCEOのジョン・ファーナー氏がリアルにおける店舗とEコマース両方を見ることになっています。マーク氏はウォルマートDXの最高責任者でもあったので結構大きな影響があるように見えますが、近藤さんはこのあたりどのように捉えておられますか?

近藤 ファーナー氏は、同社の決算発表会で店舗から店舗へのフルフィルメントが増えており、店舗自体がフルフィルメントセンターの役割も果たしていると述べています。これは、今までのデジタルと店舗の融合というDXの流れから、店舗自体が新しい事業モデルの“主体者”としてDX化を図ってきている大きな潮流だと考えます。マーク・ロア氏が顧客エクスペリエンスをEコマースという業務の中で高めたのと同じように、今後は、事業トップであるファーナー氏が、Eコマースや店舗の垣根を超え、全ての顧客エクスペリエンスに関連する業務のDXについて旗振りをするのは、とても自然な流れのように思います。

藤田 確かに、トップ自らがDXを先導していく動きは今後もさらに加速していくのかもしれないですね。今回近藤さんからお話を聞き、発露の仕方、ソリューションは違うのですが、アメリカと日本は改めて同じような課題に直面していると感じました。本日はありがとうございました。

 

〈取材協力〉

Falkon Team社
代表
近藤 典弘氏
株式会社CA無人店舗
取締役
平川 義修氏
サイバーエージェント
Al事業本部DX本部統括 経営戦略部長
藤田 和司氏