レジ前に立つだけで購入商品が一覧に
「KINOKUNIYA Sutto目白駅店」は約12坪の小さな店舗だ。店内には弁当、総菜、飲料、菓子などが品揃えされており、ひっきりなしに通勤途中のビジネスマンや地元の住民が訪れる。一見普通の店舗だが、天井を見上げると無数のカメラに驚かされるだろう。このカメラが店内のお客の動きを読み取り「だれがどの商品を手に取ったか」を自動で判別する。
会計の方法は非常に簡単。入り口の入場ゲートを通過し、商品を手に取り、2台あるレジの前に立てば、その瞬間画面に自分が購入しようとしている商品がディスプレーに映し出される。その内容を確認し、レジ袋が必要か不要を選択した後、交通系ICカードかクレジットカードかという決済種別を選択、会計すればそれで買物は完了。スマートフォンを取り出したりする必要もなく、直感的に買物を済ませることができる仕様になっている。
この店舗に導入されているのが、JR東日本のCVC(コーポレート・ベンチャー・キャピタル事業会社が自社の戦略目的のために行うベンチャー投資のこと)であるJR東日本スタートアップと無人レジシステム「ワンダーレジ」を開発していたサインポスト社の合弁会社であるTOUCH TO GOの無人決済システムだ。
2017年、「JR東日本スタートアッププログラム」の最優秀賞受賞企業であったサインポスト社は、同社が開発した無人AI決済システム「スーパーワンダーレジ」の実証実験をJR東日本スタートアップの支援の下、JR大宮駅で実施。さらに2018年にはJR赤羽駅のホーム内店舗で実証実験を展開した。
2019年には、無人AI決済店舗の開発をさらに加速するため、JR東日本スタートアップとサインポストが合弁で株式会社TOUCH TO GO(以下TTG)を設立。2020年3月、JR山手線の高輪ゲートウェイ駅構内において、無人AI決済店舗の第1号店となる「TOUCH TO GO」を開業した。そして、2020年11月に開店したKINOKUNIYASutto目白駅店は、同システムの外部導入第1号店となる。
同時入店10人 認識率95%
赤羽での実証実験のときは入店制限が約3人で認識精度も高くはなく、コンセプトが先行している印象だったTTGの無人AI決済システム。KINOKUNIYA Sutto目白駅店では10名前後の同時来店に対応でき、認識率は約95%になるまで進化を遂げた。天井に設置されたカメラ台数もTTG高輪ゲートウェイ駅店が50台であるのに対し、KINOKUNIYA Sutto目白店は30台で済んでいる(ただしこれはTTG高輪ゲートウェイ駅店は18坪、KINOKUNIYA Sutto目白店は12坪という売場面積の違いも関係あろう)。
なお、どのお客がどの商品を手に取ったかについては、カメラ以外にもさまざまなセンサー類を使用し、総合して判断しているとのこと。
また技術力向上による精度アップだけでなく、アルバイト1人でも店舗運営ができるレベルにまで使いやすさも磨いているそうだ。
「ソフトウェアをバージョンアップする場合には、まず実験店である高輪ゲートウェイ駅店でテストを行い、実用に耐え得ると判断できたら、ほかの店舗にも展開するという形を取っています。(アメリカの電気自動車会社大手の)テスラの自動車のように、ハードウエアはそのままでも、ソフトウェアがどんどんアップデートされていくような運用です」と阿久津さんはいう。今後、決済種別に現金を加えるなども検討しているそうだ。
KINOKUNIYA Sutto目白駅店はオープン後の手ごたえも上々だ。
「もともと有人店舗だったときと比較して、無人化してからも売上は維持できています。もっとも売上の高い朝の時間帯はビジネスマンの方がぱっと買物を済ませてお帰りになります。日中来店する女性のお客さまは、まだ利用に対して迷いがある方もいますが、一回使っていただけると、次回以降は抵抗なく利用してもらえる印象です」(阿久津さん)
ちなみにKINOKUNIYA Sutto目白駅店の大まかな売上構成比は菓子2割、飲料2割、米飯2割、アルコール1.5割という割合で、食品スーパーよりもコンビニに近い構成になっている。
なお紀ノ国屋は、2010年よりJR東日本グループ入りしており、これまでもエキナカ店舗を運営していたという縁で今回の導入に至った。TTGの無人AI決済システムを導入することで、省人化による店舗オペレーションコストの低減を目指す。
実店舗運営の背景持つテック企業のトップ
TTG代表の阿久津さんは、JR東日本に入社後、駅ナカコンビニNewDaysの店長や、JR東日本ウォータービジネスでのバイヤー、青森でのシードル工房事業、ポイント統合事業の担当などを経て、JR東日本スタートアップの立ち上げに参画、2019年7月にTTGの社長になるという経歴の持ち主。テックスタートアップの代表者でありながら、実店舗運営のバックグラウンドを持つ。
阿久津さんがCVCを立ち上げた背景には、JR東日本という超大企業で感じた「歯がゆさ」があった。「大企業は大きすぎて、スピード感ある意思決定ができません。予算取りで1年かかるようなことは往々にしてありますし、システム発注の仕様決定にも時間がかかる。PoC(Proof of Concept新しい技術や理論が実現可能か、目的の効果や効能が得られるか、などを確認するための検証工程のこと)すら進めることができません」。しかし環境変化のスピードは日に日に早まっている。物事を決定してから数ヵ月以内に着手しないと、世の中の流れ自体が変わってしまいかねない。
「そうであれば、外部の人や企業と連携するのが一番手軽であると考えました。スタートアップ企業も、最後は大企業と組まないとスケール(規模拡大)することができません。そこで、JRがある程度出資して、スタートアップ企業をサポートし、自社にとってもメリットが得られるような体制をつくりたいと考え、CVCを立ち上げたんです」(阿久津さん)
狙うは採算が合わない「マイクロマーケット」
TTGは今後この無人AI決済システムを、月額サブスクリプションモデルで提供していく予定だ。2020年度中にあと数店舗出店の予定もあるという。
JRグループだからといって、エキチカ、エキナカにこだわるわけではなく、「マイクロマーケットで人手不足に悩んでいるようなところをターゲットとしている」と阿久津さんはいう。広い店舗で、従業員が常駐していても採算が合うようなところはターゲットから外している。
過疎化が進み買物難民の悩みを抱える地域、高速道路のサービスエリア内店舗、道の駅のような、商品を買う場所のニーズはあっても、人件費をかけると成立しないような立地への出店を、テクノロジーの力でサポートする。
さらに、非接触がウリの無人AI決済システムは、このコロナ禍で一気にニーズが高まった。
TTGの無人AI決済システムは、もともと省人化のために開発されたもので、現在のような状況はまったく想定していなかった。しかしコロナ禍によって、病院内のコンビニからの引き合いが増えているという。病院内コンビニは、もともと立地的に人を集めにくいうえ、感染対策などを考えると、無人化のニーズは非常に高いからだ。
また、コロナ禍で、アルバイトが集めやすいという話も聞かれる一方、売上が下がっている店舗も少なくはなく、採算を合わせるのが難しくなっている業態も多い。無人決済レジの実用化・一般化は、省人化によるコストダウンで、売上の減少に悩む企業にとっても恩恵を受けることになり得る。現在は、TTG高輪ゲートウェイ駅店、KINOKUNIYA Sutto目白駅店、いずれも従業員1人での運営態勢となっている。米飯や乳製品などは食品販売管理者が常駐していないと販売することができないための措置だが、そういった商品を扱わない場合は、完全無人での運営も不可能ではない。配送トラックが複数店舗を巡回して商品の納品と品出しを行う、「自動販売機」と「コンビニ」の中間のような店舗オペレーションが現実となる日も近い。
重要なのは既存の買物のUIを変えないこと
注目度が高まる一方の無人AI決済システム。阿久津さんは一番の競合をAmazonだと考えているが、Amazonが既存小売業をディスラプト(破壊)してすべてをEC化しようとしている一方、TTGはあくまでも実店舗小売業をサポートするためのシステムでありたいと言う。
「日本の小売業は海外に比較すると現金比率が高く、POSレジとのつなぎ込みが必要であるなど障壁が多い。海外から簡単に参入できる市場ではありません。そういう意味で私たちはかなり先行していると考えています。
駅の中というのは本当にいろいろなお客さまがいらっしゃっていて、6割の方が現金決済を求めるような場所です。モバイルアプリをダウンロードしないと使えないような店舗では、一般のお客さまにはまったく受け入れられません。既存の買物のUI(ユーザーインターフェース、利用者と製品やサービスとの接点のこと)を変えないことが重要です」
2020年11月、TGGはコンビニエンスストアのファミリーマートと無人決済システムを活用した無人決済コンビニ実用化に向けて業務提携を行った。1号店のオープンは2021年春ころに予定されている。
〈取材協力〉