二次流通が引き起こした消費者の行動パターンの変化
——2018年、長谷川さんがメルカリに転職されたことは業界内では話題になりました。メルカリではどのようなことに取り組みたいとお考えでしょうか?
長谷川:私はメルカリにCIO職として入社しました。「世界最高の働きやすい環境を構築する」ことが役割です。個人的には、小売業からの転職なので、小売業とメルカリがもっと融合していくことも仕掛けていきたいなと思っています。
たとえば最近、新品を買うときに「メルカリならいくらで売れるんだろう」とスマホを片手に、差額を計算した上で洋服などを購入するという消費者行動が登場しています。このように二次流通が引き起こした消費者の行動パターンの変化に驚かされているところです。
——今までと違う、びっくりするような売り買いのしかたが登場していますね。
長谷川:そうですね。これまで化粧品は、テスターがないと売りにくいものでしたが、メルカリが登場して二次流通が一般的になったことで、「まずは買ってみて自分に合わなければすぐに売る」という消費者行動が現れてきました。2,500円の化粧品を購入して、自分に合わない場合、2,300円でメルカリに出品したら、1分以内に売れたという例もあります。
また、メルカリのお客様には、「中古品と新品の区別をあまりしない」という方もいらっしゃいます。あるお客様になぜメルカリで買うのかと伺ったところ「安いから」という答えでした。他にもアマゾンなどでも購入すると言います。我々大人は、メルカリを「フリマアプリ」と区分するわけですが、一部のお客様は、フリマアプリと言うことよりも、お店に売っていないものが安く手に入るアプリという認識を持っているわけです。このように新品と中古が融合している感覚が進むと小売業はもっと面白くなるはずです。
また、社会全体としては「捨てる」ことをなるべく減らしていくことが理想だと思いますが、メルカリというプラットフォーム上では「自分にとって不要なものが、人にとっては価値がある」という状況を実現することができます。
総合スーパー業態の方と話していると、メルカリで販売されている商品のうち、小売店で売っているものの割合が何%くらいあるのか、見てみたいとおっしゃいます。メルカリで販売されているものと、小売店が販売しているものの間に乖離があるのであれば、もしかすると小売業側が(消費者のニーズを)見誤っているのかもしれないということです。
たとえば消費者が、工作の材料としてトイレットペーパーの芯を購入したいと考えているのであれば、トイレットペーパーの芯を小売店が商品として販売してもいいわけです。
——東急ハンズで売っていてもおかしくなさそうです(笑)。
長谷川:そうですね(笑)。もう1つ、メルカリはお客様の方にとって「第二の収益源」という意味もあるんですよ。買い物をする際に、商品を購入すれば、手元の資金は減るわけですが、メルカリで何かを販売すると、それがまた収入になり、そしてまた次の消費につながります。
家の中に眠る不要品の 2 次流通価格の総額である”かくれ資産”の総額は、約37兆円あるという調査結果もあります。
食品スーパー登場以来の衝撃だったAmazon Go
——2018年の出来事として印象に残っていることを教えてください。
長谷川: Amazon Goが店舗数3,000軒を目指すと宣言したことです。Amazon Goは、スーパーマーケットという業態が登場し、魚や野菜をワンストップで購入がワンストップでそろうようになったとき以来の衝撃かなと思っています。2018年はそれが実験段階から一方進んだことがとても印象的でした。
——Amazon Goのようなカメラやセンサーでお客様、商品の動きを認識する方式はROI(投資した資本に対して得られた利益のこと)に合わないという意見もありますがいかがでしょうか?
長谷川:勝つ見込みがないようなことをAmazon社はしないだろうと思います。店内に設置されているカメラやセンサーの数をみてROIが合わないと言っているのだとしたら、第二世代といわれている最近のAmazon Goは、カメラの数がどんどん減っていっています。今後さらにカメラが減っていくのは間違いないですし、同じシステムを水平展開するのは可能なはずです。(商品管理のための技術として期待されている技術である)RFIDは1980年頃から標準になると言われ続けていますが、まだ実用には至っていません。Amazon Goは開発スピードも速いですしね。
——あっという間に現実になって、水平展開されるようになりましたね。
長谷川:これまでの小売業界は、「お客さまが買いやすいように」「商品の補充をしやすいように」という観点で店舗のレイアウトを決めていましたが、これからはAmazon Goのように、仕組みやテクノロジーを活用することを前提にした上で、什器なども含めてゼロから店づくりをしないとダメだと思います。店舗の、「箱」のつくりかたを再設計しないといけません。
PLの構造から作り変えたEC化率50%の「riso」
長谷川:店の再設計という話でいえば、中国の「riso」の店舗を見てきました。日本でいうとイオンのような老舗小売業がEC化率を50%にしたというのです。
EC化率50%というので、どれだけ物流やピッキング効率を考え抜いた店舗なのだろうかと楽しみにしていたのですが、ピッキングや梱包は普通でしたし、イートイン用の机と椅子があったり、このチーズはイタリアから直輸入のオーガニック商品で…というように商品の説明は丁寧なのですが、EC化率50%を目指して設計された店にはまったく見えなかったのです。
でも、話を聞いてみて、2つほど驚いた点があります。
1点目は、価格と品揃えに関する考え方です。今までの小売業では、コストを削減して、売価を競合より下げて、お客様に少しでも安く商品を提供しようというのが常識でした。一方、risoの価格帯は若干高めです。ECは実店舗よりも価格の比較がされやすいというので、価格の比較をしにくい輸入商品を中心に品揃えしています。それまでとはがらっと品揃えを変えたそうです。
2つ目が、収益構造の考え方です。日本の小売業は通常、商品の価格を「商品原価」+「粗利」で設定していて、「物流費」は粗利のなかから「販管費」として捻出しています。だから、通常セルフサービスで購入してもらっている店舗がネットスーパーをはじめると、販管費が高くなり、物流コストの分だけ粗利が減ることになります。だから日本のネットスーパーは、やればやるほど赤字という状況です。
ですが、risoは、物流コストの分だけ粗利を上乗せして価格を設定しているというのです。私たち日本の小売業は、必死に努力をして30%の粗利で運営するのが当たり前だと考えています。だから、粗利を上げるということをDNAが許しません。ラグジュアリー商品なら別ですが、食品スーパーにおいて粗利を上げるなんてお客さまに失礼だというDNAが働いて、配送費分の物流コストを粗利に上乗せするなんてことはできないと思うんですよね。
ですが、risoが扱っているインポートものであれば他社と価格比較されることはありませんし、インポートものだから少し高くても良い物なのではないか、という感じで買っていただけている。単価が高くて粗利幅もあり、そこに物流コストも載せているという話を聞いて、なるほどなと思いました。
何より、このような仕組みをアリババのような新興企業が進めたのではなく、老舗の小売業さんがゼロから再設計をして仕組みをつくったという点は、驚かずにはいられませんでした。
これまで我々は、新しいテクノロジーを導入するときに、前提条件をパッチワークのように組み合わせてきましたが、システムを入れるところは全てリプレイスして、店舗のPL構造から、品ぞろえ、接客に至るまで、ゼロから設計し直したらこんなビジネスができるぞ、ということを、各社が考える時期にきたのではないかと思います。
「接客」だけは機械化できない
——2019年は日本の小売業が大転換する可能性はありそうでしょうか?個人的にはテック企業がリテールに進出するというような気がしていますが。
長谷川:そうかも知れないですね。例えばアットコスメさんがアットコスメストアを運営しているように、テック企業が何か全く違うものを仕掛けてくる可能性はありますよね。
——ロボティクスが店舗に近づいてくるのではないかなという気もしています。
長谷川:そうですね。明らかに倉庫の技術のほうが進んでいますから、機械に任せてローコストになるのであれば倉庫を無人化してしまうほうがいいですよね。
店舗の4つの業務である「発注」、「品出し」、「レジ」、「接客」の中で、人間が行う意味があるのは接客です。このうち、発注は自動化されて、レジはAmazon Go化されて、品出しはロボットがするようになり、接客が残るでしょう。接客ももしかしたら、どの商品がどこにあるのかということや、在庫の確認などは、機械が対応したほうがよいかもしれません。
ーーさまざまな技術を活用し、新しいビジネスに挑戦する小売業が日本にも登場してくることに期待したいですね。本日はありがとうございました。