小売業界2019年業界展望(2) 鈴木康弘さん<後編>

2019年は「デジタルと人間の役割分担」が見えてくる年になる

小売業に一家言あるコンサルタント・実務家の方々に、2018年を振り返りつつ、2019年の展望を語っていただく特集企画「小売業界2019年業界展望」。デジタルシフトウェーブ社長の鈴木康弘さん後編です。デジタルシフトのためには創業トップが作った王国を法治国家に変える必要があると言います。(聞き手:MD NEXT編集長 鹿野恵子)

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サラリーマンは小売企業変革のリーダーには向かない

——デジタルシフトに取り組むうえで大切なことはどのようなことでしょうか。

鈴木:経営者の意識が変わらないとどうしようもありません。

もう1つ大事なことは、経営者がすべてことを分かるわけではないので、どのように推進体制を構築し、プロジェクトを作り、社員の教育をしていくかということです。

また、業務プロセスというものは現場から生まれますので、現場の人たちがボトムアップで改革を推進できるような体制にしていかなければなりません。それから、ほとんどの企業はシステムの開発を外部の企業に委託していますが、少なくともプロジェクトマネジメントは社内で行うべきでしょう。

体制さえ立ち上げられれば、あとはトライアンドエラーで改革を推進することができます。それと、誰がリーダーをするかということも重要です。

――本来であればどういう方がどういうリーダーにおかれるべきだと思いますか。

鈴木:欲をいえば次の3つを経験している人ですね。デジタルをある程度分かっている。小売の現場も分かっている。最後に会社をつくったことがある。

――ゼロベースで何かを立ち上げた経験がある人であればなおよいということでしょうか。

鈴木:そうです。新しいことをやろうとすると、必ず抵抗勢力が出てくるんですよ。その抵抗勢力を抑え込みながら進めていくためには、実績を積み上げていくしかないのですが、これはなかなか…言葉が悪いかも知れませんが、サラリーマン育ちだとできないのではないかと思いますね。一般論として、反骨精神がある人は課長ぐらいで切られてしまうケースが多く、権限のある部長クラスまで上がってこないんです。

創業トップが作った「王国」を「法治国家」に変える

――組織の変革において大切なこととはなんでしょう。

鈴木: 小売業や外食業の企業は、トップの方が真剣に変革したいと思っていらっしゃることが多いので、やりやすいのではないかと思います。

ただ、そのような企業さんは、トップダウンで成長してきたのですが、デジタルシフトをするときは、ルールがないといけません。トップの「勘」はデジタル化することができないのです。

いわば創業トップの方は、みごとな王国を作ってこられたのですが、その王国を、法治国家に変えていかなければならない、ということです。

そして、ルールは真ん中に置いていただいて、何かを指示するときはルールを変えるように指示するのです。現場からの意見も、このルールのここを変えたいと言えるようにしてあげるのですね。

ーーつくったルールに誰でもアクセスできるような状況をつくっていくということですね。

鈴木:はい。ただ、ルールというものは5年も経つと陳腐化してしまいますから、これを変え続けていく風土が大事になってきます。

例えば、GMSは今業績が厳しい状況ですが、それは70年代、80年代の、その業態がよかったころのルールが固定化してしまって苦しくなっているんだと思います。

――柔軟にルールを変えていくことが大切なのですね。

鈴木:そうですね。それと今はもう1つ、デジタルの波がきているから大変ですよね。

ITというと小売業の方は苦手意識を持たれる方が多いのですが、ITは1か0のデジタルの世界ですから、失敗しないようなマネジメント手法も確立されているので安心していただきたいなと思います。

2019年以降、消費税の増税、オリンピックなど、日本経済は激動の時代になるでしょう。大阪万博や外国人受け入れというプラスの要素はあるものの、1回は落ちるでしょうね。そうなると、今までの常識は通用しなくなります。リーマンショックで景気が下がったときに欧米がカスタマーファーストに代わっていったように、日本でも同じことが起きるのではないでしょうか。

2019年から2020年にかけては、企業の未来を見据えた準備をしていくことが必要となります。ここに踏み込む会社と踏み込めないかで、ウォルマートになるかシアーズになるかが決まるのです。

2017年には、アメリカのトイザらスが破綻しました。トイザらスはもともとAmazonに出店していたのですが、気づいたらAmazonに顧客を奪われていたわけですよ。自分でも一生懸命ECを展開していたのですが、彼らのECは中途半端だったのですよね。デジタルには規模や地域の優位性がありません。スピードと知恵の勝負です。

人件費削減のために省人レジ導入する日本 VS カスタマーファースト目指すAmazon

鈴木:2019年のポイントの一つはAmazon Goだと思っています。2021年に3,000店舗を展開するということですが、これまでに数店舗を出店するごとに毎回レベルアップしています。私も実際に体験してみましたが、レジがないと本当にストレスがなくなります。日本の小売業は人件費削減のために無人レジやセルフレジを導入しようとしていますが、Amazonが目指すのはカスタマーファーストなんです。

仮に日本にAmazon Goが1万店舗できたとすると、他のコンビニには行かなくなることでしょう。

日本の小売業がスーパーやコンビニのレジを無くそうという発想にならない理由は、レジが接客のポイントだと思っているからです。しかし、レジでいらっしゃいませと元気に言うことは接客なのでしょうか?

ーー小売の決済方法を含めた今後の潮流として、RFIDですとか、セルフレジですとか、いろいろ規格が乱立していますが、その中でもAmazon Go方式が一般的になるということでしょうか。

鈴木:物流についてはRFIDでもいけると思いますが、人の動きは激しいので店舗での移動はRFIDでは捉えきれないはずです。でも日本は基礎技術が高いですから、カメラの技術、センサーの技術を使って何かしようというところが出てくるとおもしろいですね。

先ほどのルールの話になるのですが、チェーンストアオペレーションによって統一化されている部分のデジタル化は進むと思うのですが、地域や客層によって品ぞろえが異なるという部分をどう変えるかが重要です。ここはIT技術だけではなくて、「人」の介在がものすごく大事になってくると思います。

2019年は、その「デジタルと人間の役割分担」が見えてくる年になるのかなと思いますね。ここに気づいている企業は、ウォルマートのように自社でIT人材を確保し、教育もしていくことになるのではないかと思います。

ーー先ほどからお話を伺っていますと、ITシステムに関しては外部ベンダーの活用という話が多かったのですが、本来的には日本企業も内部に開発体制をもっていかないと、ビジネスの変化についていけないのではないでしょうか?

鈴木:そうですね。昔は会計システム、POSシステムを5年に1度作り替えれば十分でした。しかし今や日々更新をしていかなければなりません。それを外部ベンダーに依頼すると非常に高くつきます。

それならば、自社内で現場を見ながらシステムを変えていくことができる人材を育成していかなければなりません。2020年から小学校でのプログラミングの授業がはじまりますが、15年後を待っていては遅いですよね。

何度も言っているように、2019年は、人や組織の意識変革の必要性に気づくのではないかと思います。金融は2018年年末ぐらいからフィンテックやブロックチェーンに意識が向いてきていて、リストラもスタートしています。少し遅れて流通、さらに遅れてメーカーさんで意識変革がはじまり、同時に人の争奪戦がはじまることでしょう。

ーー2019年は意識変革と人材育成の元年になりそうですね。本日は、ありがとうございました。