広がるBOPISで変わる売り方

「つまみ食い的」なデジタル施策の失敗を認め、オンラインID獲得へ動け

にわかに注目を集める「BOPIS」。「Buy Online Pick-up In Store」の頭文字を取ったもので、スマートフォンなどからインターネット経由で注文した商品をお客が店舗で受け取るというもの。モバイルオーダーとも呼ばれる。この「新しい売り方」に私たちはどのように向き合うべきなのか? その現状と課題を分析する。(月刊マーチャンダイジング2019年10月号より転載)

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ネットで注文、店舗で受け取り
店もお客もハッピーに

国内小売業ではヨドバシカメラやビックカメラなどの大型家電量販店、カインズなどのホームセンターの一部が導入しているBOPIS。

全体の仕組みを解説すると以下のようになる。

(1)お客はスマートフォンやPCを通じて、店舗の在庫状況や受け取り可能時間を参考に、自分の欲しい商品を選択してインターネットを通じ店舗に注文する。
(2)注文を受け取った店舗は、お客の来店時間に合わせて商品を製造したり、店内の商品をピックアップして梱包する。
(3)来店したお客は、商品を受け取る。このとき、アカウントIDに紐付けられたカードなどから自動で決済されるため、店頭で支払いをする必要はない。

受け取り方法はカウンター、ロッカーなどが一般的だが、アメリカではカーブサイドピックアップという、店舗に入らずに駐車場で受け取る方法も人気だ。

[図表1] BOPIS(Buy Online Pick-up In Store)

物販におけるBOPIS導入のお客のメリットとしては、大きく以下の5点を挙げることができるだろう。

(1)店内を歩き回り、商品を探す手間がかからない。レジの順番待ちも不要。
(2)注文時に在庫を確保できるので、店舗に行って品切れという心配がない。
(3)送料の負担がない。とくに単価が低い食品や日用雑貨は配送料の方が高くなってしまうので、家への宅配を選ぶ人は少ないが、店舗受け取りであれば送料を気にすることなくネットから注文できる。
(4)店舗に受け取りに行く日時を指定できる。ネットで商品を購入すると、家で商品の受け取りを待つ必要があり、忙しい人にとってはかなり面倒だ。
(5)生鮮食品やDIYの素材など、画一的でない商品は受け取り時にお客が商品をチェックして、気に入らなければ返品することも可能である。

一方の店舗側のメリットは(1)配送コストの削減、(2)レジ精算の省力化、(3)お客の囲い込み、などが考えられる。同時に(1)システム改修費用、(2)ピックアップのための作業工数増、などのコストを見込んでおく必要がある。

正確な在庫状況を公開できるか
リードタイムは短いか

BOPISの仕組みを導入する際にまず重要となるのが、アプリやウェブサイト上で店舗の在庫状況を正しくお客に開示できるかどうかだ。在庫データが正確でないと、在庫引き当てができずトラブルのもとになる。

また、インターネット経由だと、理論的には上限なしに注文を受けることができてしまうので、シーズン性の高い商品や、人気の商品などを取り扱う場合、注文をさばききれずにお客を待たせるようなことにもなりかねない。注文に対応する従業員の状況を把握し、増減する注文を処理する態勢をつくれるかどうかも鍵となる。

注文から受け取りまでのリードタイムをどれだけ短く、自由に設定できるかもサービスレベルに直結する。いま必要な商品が数日後にしか受け取れない、ということであれば、お客は即座にほかの店舗を選択するだろう。また、自分が希望する店舗訪問時間に商品を受け取ることができないと、利便性も一気に下がってしまう。

図表2は、現在大手小売業で「ネットで注文した商品の店舗受け取りサービス」を行っている一部の事業者の状況を編集部がまとめたものである。

[図表2] 国内でBOPISサービスを提供している主な小売業

ヨドバシカメラ、ビックカメラは、在庫があれば30分で受け取りが可能。会社帰りに駅前の店舗に立ち寄って、欲しいものをピックアップして帰ろうというお客のニーズにも対応できるサービスレベルだ。ヨドバシカメラの大型店は、閉店後もネット注文商品を別窓口で受け取ることができる。大都会に立地する店舗ならではのサービスであるが、きわめて高いサービスレベルの提供を目指していると考えられる。

カインズは2018年12月に、在庫がある商品であれば注文から55分以内に準備完了とする「55-DASH PRO」をスタート。2019年4月現在、5店舗で実施している。

そのほかの企業はオンラインショップの商品を店舗で受け取るというシステムになっているようで、注文から受け取りまで数日以上かかる企業も少なくないし、商品受け取り可能日時を注文時に確定できず、あとからメールなどで連絡が来るという不便なやりとりも発生している。

システム連携に不備があり、店舗の在庫をお客向けに表示できず、ネット用倉庫に在庫されている商品を引き当てているために起きている現象といえよう。このように日本の小売業のBOPISの状況はかなりお粗末なものだ。

対Amazonでネットに投資したから
米国小売業は成功した

日本国内ではまだ発展途上のBOPISだが、アメリカでは一足先に普及が進む。世界最大の小売業であるウォルマートでは店頭に大型のピックアップタワーを配置し、ネットから注文した商品をお客が受け取っている光景が当たり前のものになった。これまで700店舗に設置していたこのピックアップタワーを、同社は今後全店に設置する予定だ。

そのほか大手チェーンストアがこぞって店内の目立つところにピックアップカウンターの設置を進めている。米国では2017年に11.6%だったEC化率が2018年には14.3%にまで高まったが、これをけん引したのがBOPISであるという。

飲食業や小売業向けにモバイルオーダーのシステムを提供しており、各国のBOPISの状況に詳しいShowcase Gigの新田剛史氏はアメリカのBOPISの発達について次のように分析している。

「Amazonの脅威に対抗するため、アメリカの小売業は2000年代にはECの強化を始めていました。ECの肝となるのはお客の決済情報が紐付いたオンラインIDをいかに増やすかです。そのためにありとあらゆる手段でお客の手元に商品を届けようと投資を続けました」

しかしアメリカは人家がまばらな地方も少なくない。隣の家まで車で2時間かかるというような場所も多く、配送コストは割高だ。そのため日本よりも配送料金が高く設定されていることが一般的だった。そこで普及したのが「オンラインで注文したものをお客が店舗に取りに行く」という行動なのだ。

さらに店舗が広すぎて商品の買い回りが大変であることも、ウォルマートやホームデポでのBOPIS拡大を後押しした。ホームセンターに関しては、大型の木材など配送が難しい商品が多く、さらに商品が画一的ではなく、商品を見て買いたいというニーズが高いことなども店舗受け取りを選択する理由となった。ホームデポでは、すでに売上の半分以上はオンライン関与になっている。店頭の目立つ位置にピックアップ専用のロッカーも配置されるようになっている。

ウォルマートのピックアップタワー。ひっきりなしにお客が商品を受け取りに訪れる
ホームデポの宅配ロッカー。日本と違って目立つ位置にある
駐車場で商品が受け取れる「カーブサイドピックアップ」も人気

ピックアップカウンター登場で
変わる売場レイアウト

現在国内の小売業におけるBOPISは、家電量販店やホームセンターなど、高単価の商品や低単価商品の複数購買というシーンで活用されているが、この先はもっと少ない商品点数、低単価の購買行動もBOPIS化していくことが見込まれる。仕事帰りにちょっとした雑貨や医薬品を電車の中からスマートフォンで注文して、店舗に寄ってピックアップしていくという買物行動は、この先拡大していきそうだ。

BOPISの普及は実店舗の景色も変えつつある。ウォルマートで導入されているピックアップタワーの開発元であるクレベロン社(イスラエル)によると、商品をピックアップして帰るお客向けに、ガムやキャンディなどのお菓子やドリンクなどついで買いを誘発する商材をピックアップタワー周辺に展開する店舗が増えてきているという。BOPISによって売場の在り方も徐々に変化している。

在庫データとPOS連動
しないことが足かせに

だが実際にBOPISを導入するとなると、システム面、オペレーション面で越えなければならない課題がある。一番大きいのが在庫データ一元化の問題だ。本来であれば、店舗にある在庫がきちんとデータとして整備されていて、ネットからの注文に対してもここから在庫引き当てを行うという仕組みでなければならない。

しかし店舗のデータはPOS経由でしか取り扱うことができず、そのPOSにBOPISの仕組みをつなぎ込むことができないため、店舗の在庫データとは別にネット用の在庫データを持っている企業はいまなお少なくない。

(オンラインから店舗受け取りの注文を含めた)売上の全数はPOSを通り抜けるような設計になっているべきです。アメリカの小売業はそこのつくり込みができているのですが、日本の場合、既存のPOS事業者とのしがらみが大きく、POSと新規システムのつなぎ込みが難しいという状況です。しばらくはPOSとは別にBOPISのシステムデータを持つような、在庫非連動型の仕組みで動かさざるを得ないのではないかとおもいます」と新田氏は状況を分析する。

「オムニチャネル」への誤解が
日本小売業に影響を与えた

今後、小売業においては、個人の決済手段・配送情報と紐付いたオンラインIDを確保することが最重要課題であることは間違いない。オンラインIDの囲い込みの意味でも、今後日本でもBOPISは間違いなく進むはずだ。

しかし現状の日本の小売業はその投資に後ろ向きな企業が多そうだ。その背景には間違ったオムニチャネルの理解があったのではないかと新田氏はいう。

アメリカの場合、消費者が店舗受け取りを選ぶようになった理由は、自宅に商品を配送してもらって配送料を支払うよりも、お客自身が店舗にピックアップに行った方が安価だという合理性が背景にあった。

またEC強化についても、対Amazonを旗印に、オンラインIDを獲得しようとアメリカの小売業は日本とは比べ物にならないぐらいの投資を行った。このように、オムニチャネル発展の流れの中で、自然にBOPISが成長した。

一方日本でオムニチャネルという言葉が登場したのは、2013年ころ。セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長(当時)の号令によって、トップダウンでオムニチャネルが推進された。他企業も追従してはいるが、なぜ導入すべきなのかという議論は後回しで、本質的な意味は理解されていない。これではどんなに逆立ちしてもアメリカの小売業には太刀打ちできない。

環境としてはオンラインからの注文が花開く状況になってきているのに、定義そのものが間違っている。だからオンラインに関わる部門がお荷物扱いになっている小売業が多い。オンラインからの注文件数が少ないからサービスレベルに自信がなく、ピックアップカウンターを置いている小売業の店頭でも、こぢんまりとしかピックアップカウンターを展開していない。ウェブやアプリでも、サービスがお客の目につくような動線設計になっておらず、これでは利用者が増えるわけがないのである。

このように小売業のチェーンストアではなかなか前進しないBOPISだが、チェーン系の飲食店や百貨店の食品部門などでは成功事例が登場しているという。

「去年は懐疑的だった小売業が多かったが、いま感覚的にかなりの数の企業が『BOPISをやらないと話にならない』と考えているようにおもいます。来年はもっと多くの企業さんがそう考えるでしょう」(新田氏)

まだまだ課題が山積しているBOPISだが、いま問題解決に着手し過去の膿を出し切らなければ、次の時代に生き残る小売業になれるはずがない。これまで自社が行ってきたデジタル施策を一度振り返り、間違いを再確認し、過去の負債を清算すべきタイミングなのではないだろうか。求められているのは、勇気ある決断だ。