価格勝負ではなく、医療の一端を担うモデルを追求
─大手の寡占が進むドラッグストア(DgS)ですが、業界全体をどうご覧になっているでしょう。
德廣 海外の事例や小売業の歴史を見ても大手が規模を拡大させながら寡占化していくという流れは止められないと思います。DgSの戦いが実店舗同士で終わるのか、ネットも含めた空中戦になってくるのアマゾンがホールフーズを買収したように、ネット、リアル含め業態の垣根が低くなっています。
DgSをどう定義づけるかという問題もあると思います。ディスカウントを追求するのか、食品を強化するのか、私たちは創業以来一貫して医療の一端を担えるような小売業になろうという理念を掲げ、社会インフラになれるよう努力を重ねています。そこは一貫して今後もぶれることはありません。
─規模の大きな小売業に対して、仕入れ、調達のコストがかかるという実感や危機感はありますか。
德廣 それは当然あります。安さで勝負するなら規模が必要で、当社も決して規模を追わないわけではありません。しかし、一足飛びに何千億という売上規模を目指すのではなく、医療の一端を担うという強みで勝負したい、それが生き残りの方策だとおもっています。店舗の商品の8割が価格勝負ということなら、規模がないと競争には勝てません。しかし、そういう領域で勝負するわけではありません。バイヤーには仕入れる商品で迷ったら調剤につながる商品にしようと言っています。
─生き残りというお言葉が出ましたが、ウォルマートが日本事業から撤退するという報道があります。これを、どうご覧になるでしょう。小売業界に与える影響はあるでしょうか。
德廣 当社も西友系の朝日メディックスを統合した経緯もあって、西友の人材の優秀さはよく知っています。実情はわかりませんが、ウォルマートがアメリカで得意としている物流や仕入れの効率化でコストを下げ競争力のある売価でEDLPをやるというモデルが日本ではつくりにくかったのではないでしょうか。
もし西友が売りに出されるのなら、どの企業が買うかで日本の小売業への影響が決まるとおもいます。
人事制度を改革、教育部の新設で人材育成強化
─2016年6月の社長就任から2年が経ちました。現在もっとも社内で注力していることはなんでしょうか。
徳廣 人材育成、教育に力を入れています。社長に就任してから人事制度改革のプロジェクトを立ち上げ1年で新人事制度への移行ができるとおもったのですが、2年かかりました。
当社の企業理念はここに書いてある通りです(図表1)。トモズの求める人材は「1.明るく 2.素直で 3.謙虚で 4.思いやりのある」という4項目。企業理念、求める人材の全従業員への徹底は愚直にやり続けます。そのための人事制度改革です。
─4項目の中で特に重視するもの、難易度が高いものなどあるのでしょうか。
德廣 意識すれば、どれもそれほど難しいものではないでしょう。薬剤師なら元々人の健康に貢献したい、病気の人を助けたいという意識が高い。日々の仕事でそれがおろそかになっているようなら、そこを深掘りすれば「思いやり」につながります。バイヤーなら取引企業に対して高圧的になっていないか、今一度襟を正せば「謙虚」になれる。新入社員は「素直」でしょうし。役割や状況によって重要なもの、難易度は変わってきます。どれも絶対できませんという要素ではありません。トモズに限らず、こういう人材がいれば会社はよくなります。
希望に添ったキャリアを選択、多様な働き方を実現させる
─人事制度改革の具体的な内容を教えてください。
德廣 今年4月から制度を変えました。一番大きな変更は教育部という新しい部署をつくったことです。知識や技術の教育だけでなく社員のケアを人事部まかせにせず教育部が行う。どういう教育、育成方法がよいか模索しているところです。
当社はいくつかの企業と合併を繰り返しています。あまり細かくルールを決めると元の企業によって合う合わないが出てくるので、これまでは比較的メッシュの粗い人事制度でした。今回の改革で細かいところまで制度化しました。
また、以前はみんなが店長、ブロック長を目指して、その役職に就いたら給与はいくら、就けなかったらここまでといったように、昇進を前提にした選択肢の少ない一本道でした。最近では店長になりたくないという人もいるし、化粧品のカウンセリングが好きで技術も高い、ずっとその職でいきたいという人もいます。そういう希望にも添えるようにしました。
また、店長経験者で育児に忙しいのでパートに戻りたいという人がいれば、一度戻って子育てが一段落した後で店長やバイヤーなど元の職に戻ることもできます。希望に添ったキャリアを歩めるような制度に変えました。
定着率を上げることでコスト削減、売上アップを狙う
德廣 「働き方改革」が叫ばれる以前に小売業では定着率が上がらないという問題が顕在化していました。勤務年数が1年の人と10年の人では知識や販売力、企業文化の理解度が全然違います。1年で辞められたら採用コストがかかる、経験は蓄積されないなど、デメリットが大きい。定着率を上げ従業員の価値を上げるための改革です。
定年制度も見直し中です。これまでのように60才になったら定年、あるいは給与を下げて再雇用ということではなく、パフォーマンスがそのままで本人が希望するなら60才を超えても同じ待遇で店長を続けてもらいます。現在、そういう店長が何人かいます。まだ制度的に変えるまでには至っていませんが、事例が増えて会社として当然のことになれば正式に制度を変えるつもりです。
この4月から多様な働き方を認める制度に改めたら2億6,000万円のコスト増になりました。この数字は社内で公表していてこれをカバーするために「どうする?」と全社員に呼びかけています。みんなでアイデアを出し合って5億円くらい利益を上げれば逆に給料が増える。そういう発想をしています。利益が上がらなかったら、どこかで考えないといけない。
長い目で見れば定着率が上がれば採用コストが削減できて、従業員の販売力も上がって売上増になる。会社が大きくなってからの改革では10億円かかったかもしれない。ここ1、2年は我慢のしどころと腹を括っています。
─いまは我慢のしどころですが、制度改革が軌道に乗ればES(従業員満足)が向上し、それがCS(顧客満足)にも波及してすべての歯車が好転し出す、そういう状況になりそうですか。
德廣 そうなることを願っていますが、こればっかりは時間が経たないとわからない。4月から始めたばかりです。会社としての主要な数字は店長とも共有しています。改革のためのコストで厳しい状況だけどみんなで声を掛け合って、みんなが納得できる制度を一緒につくろうと呼び掛けています。
納得できる制度というのは、再チャレンジできる制度でもあります。店長、ブロック長をやったが、うまくいかなかった。それなら、一度退いてまたチャレンジすればいいのです。男性の育児も支援したい、店長やっているから育児はできませんというふうにはしたくありません。
どうすれば、長く安心して働けるか、その方法を模索しています。
「主体的に挑戦」ベストを尽くせば失敗の責任は問わない
─どの小売業もアマゾンが競合になってきています。実店舗がECと差別化するためにはカウンセリングが重要になりますが強化策などありますか。
德廣 新設した教育部が担当して強化を図っています。部長は昨年まで店舗運営部長で現場、会社の歴史を知り尽くしています。シニアマネジャーも店舗運営部長、商品部長を歴任した人物です。2人とも池尻大橋の1号店の店長経験者です。
ECに勝つためには「人」しかありません。それ以外は全部ECが低コストでできます。できるところは機械化、自動化で効率を上げますが、人にしかできない部分にこだわる。泥臭く人を前に出すことでECや他企業との差別化を図ります。
会議などでよく言うのは「ひと手間掛ける」ということです。売場づくりでも接客でも手間を惜しまず、もうひと手間掛ける。お客さまが何を望んでいるか、どういう売場を好むのか、もう一歩深く考えて、手間を掛ける。
今期のスローガンは「having ago」、日本語でいうとサントリー創業者の鳥井信治郎さんの有名な言葉「やってみなはれ」に近い、挑戦しなさいという意味です。サブタイトルに「主体的に挑戦」と入れています。主体的にという部分が大事です。ですから、社長である私のひと手間は主体性を引き出すために我慢することです。
周りからは青臭いといわれますが、失敗を恐れずに挑戦することで人も会社も成長します。失敗を恐れるなというのは簡単ですが、実際に失敗したとき、社長からコテンパンにやられるなら誰も挑戦しないでしょう。十分な準備もなく挑戦だけして失敗を繰り返したなら叱りますが、やることをやってベストを尽くして失敗したなら何もいいません。店長やブロック長が予算に届かずに、うなだれて「すいません」と言ったりします。すいませんと言うな、その時間がもったいない、やることをやったのはわかっている。どうすればそれを取り返せるかそれを考えようと私は言います。
推奨販売のノルマ撤廃、結果ではなく過程を重視する
─従業員の方が何かに挑戦するときに、それを許可する基準などあるのでしょうか。
德廣 誰が聞いてもやめたほうがいいと思うような案件なら別ですが、何かをやりたいといってきたら基本OKです。ルールも変えていい、そのマニュアルに意味がないと思えばやめてもいいと言っています。
私がたばこの販売をやめようと提案したときも店長たちからの猛反対に合いました。しかし、地域医療の一端を担うといいながら、医学的に健康によくないと証明されているたばこの販売をするのは矛盾している。タバコがないと予算に行かないというなら、それは仕方ない。他で補おうと説明したらわかってくれました。社長発案だから通ったということではなく、ある意味極端な提案でも、深い議論の結果認められるという事例です。
重点商品を決めて、推奨販売もやっています。今期からノルマはありません。各自どれくらい販売するかを自己申告してもらって、それを集計するという形で予算を組みました。結果を求めるのではなく、過程の努力をしてほしいです。ホームランを何本打つか、それは相手があることなので自分では決められない。しかし、素振りを毎日10回するという目標を立てれば、それは実行できます。それをやってくれとお願いをしています。
私に対して意見をいう従業員も増えたし、久しぶりに来社した方が、以前に比べて会社が活気づいたと言われるとうれしいですね。
チャレンジ精神があって活気があるボトムアップ型の組織を目指しています。当社ではお互い名前を呼ぶとき○○さんと呼ぶように徹底しています。私も社長と呼ばれたことがない、「徳廣さん」と呼ばれています。これも貴重な企業文化でこれからも継続させます。
─本日はありがとうございました。
<トモズのプライベートブランドAPS>
<DgS初「ポンタ」を導入>