社会的課題のお手伝い それを事業の中核にする
──2017年3月にスギ薬局の社長に就任されて1年がたちますが、率直ないまのご感想はいかがでしょう?
杉浦 最終的に何で評価されるかは、私が社長に就任して店がどうなったか、人も含めて店のありようだとおもっています。それがすべてだと理解した上で個人的な感想を申し上げると、1年がたち、会社を挙げて発信すること、事業の領域を決めること、社員のベクトルを揃えることなどが、仕事の中心になってきたと感じています。
多くの方に支えられ、育てていただいたからこそ今があります。ジョンソン・エンド・ジョンソン時代のプレジデントをはじめ、入社後は外部からお招きした前スギホールディングス社長の下で約7年間、組織づくり、売上規模に応じた企業運営など、経営に関する世界を教えていただき、現場の視点、現場感覚は、創業者のお二人から入社以来ずっと学んできました。
経営者としての基本的な知識や振る舞いを身に付け、現場の感覚、考え方を踏まえて、いままでの1年は、これからスギ薬局社長として何をすべきかを打ち出していく時期であったと思っています。中期経営計画で2020年までに自力成長で売上高5,400億円、提携、M&Aを含めて8,000億円という数字を発表しています。数字は当然重要ですが、その目標のためにどういう世界をつくっていくのか、中期経営計画を単年度ごとにどう進めるのか、それらがいまの大きな関心事になってきました。
──いま一番強くおもっていらっしゃること、やりたいことはなんでしょうか。
杉浦 私たちの会社は地域にどれだけ貢献できるかが存在理由だとおもっています。社会的な課題を解決することが地域貢献だとおもうのですが、いまの社会の最大の課題は「少子高齢化」です。医療費や雇用などさまざまな問題がそこに紐付けられており、従来の仕組み、社会システムのままでは時代に対応していくことが難しくなってきています。これを少しでも解決するためにわれわれに何ができるのか、そこに大きな関心があります。
私たちの仕事にも関係のある、健康、医療の領域で考えれば、これまでのように病気になれば病院にすべておまかせというやり方では財政も人材も持ちません。病院は必要な治療に専念し、治療が終わったら病院ではなく、住まいや施設で生活を支える。国は今後さらに増える高齢者の医療に対してこのような態勢、「地域包括ケアシステム」で対応するという方針を立てています。これをどのようにお手伝いしていけるか、ここが当社の事業領域と大きく重なると考えています。
在宅医療に必要な訪問看護事業を行っているスギメディカルというグループ会社がありますが、2018年3月1日に私はその会社の副社長に就任しました。処方せん調剤、OTC医薬品の販売といった事業に加えて、在宅医療に関する領域も視野にいれて、より総合的に地域包括ケアシステムをお手伝いする体制をとっていきます。
健康の維持、未病・予防のためにはウェルネスという領域で事業やサービスを展開します。血圧、血管年齢、骨強度など健康状態を店舗でセルフチェックしてもらったり、ウォーキングなどの軽い運動を推奨したり、サプリメントや健康食品販売、減塩、低糖質、有機原料など健康を考えた一般食品販売などがこの領域に入ります。
健康維持、未病・予防のためのウェルネス、OTC医薬品を使ったヘルスケア、調剤処方せんによる治療、加えて在宅医療の支援、これらの領域を効果的、有機的に組み合わせて少子高齢化により発生する問題の解決を少しでもお手伝いする。これを事業と結び付けて成長していくというのが大きな構想です。
医療系企業と業務資本提携 質の高い地域貢献を目指す
──その構想をさらに拡大、強化させる目的だとおもいますが、医療系の企業との業務資本提携を発表されました。
杉浦 当社グループとメドピアグループとの業務資本提携を3月5日に発表させていただきました。
メドピアグループは全国の多くの医師が参加する医師専用コミュニティサイトの運営など、医療分野でITを活用した事業展開や、予防医療事業として医師によるオンライン相談サービスなどの遠隔医療事業。そのほか、管理栄養士による食生活コーディネイトサービス等の生活改善支援事業を展開されています。
両社グループが互いの経営資源を活用して協業することにより、健康・医療・介護領域におけるネットとリアルを融合した統合型プラットフォームを創出すること、そして「IT×地域密着」を軸とした独自の予防・医療サービスを開発・提供することを目指してまいります。
──具体的にはどのようなことに取り組まれるのですか。
杉浦 具体的な業務提携の内容を一部ご紹介しますと、お客さまに向けて、アプリと店舗を通じた医療・栄養相談、食生活改善プログラム等のセルフケアサービスを提供する事業を展開します。このサービスでは医師や当社の薬剤師・管理栄養士にアプリを通じて相談したり、店舗で健康改善プログラムに参加することが可能になります。
また、メドピアグループがもつ医師10万人の会員基盤と当社がもつ開業用地を活用し、在宅医療開業希望の医師に向けたオンライン上の開業支援プラットフォームを構築・提供していきます。
さらに前述の医師が登録するコミュニティプラットフォームと当社グループがもつ400を超える訪問薬局、訪問看護ステーションを活用した、在宅医療従事者向けコミュニティ事業や、在宅医療開業希望医師への開業支援、薬剤師等の専門家に対する求人サービス等を提供する事業も展開します。
健康によいPBの食品は企業の独自性、優位性を生み出す
──DgS業界、あるいは流通業全体を見渡してどのような認識をお持ちでしょうか。
杉浦 DgSでいえば、価格訴求と食品強化といったように、利便性、ディスカウントに特化したグループと、未病・予防から調剤までヘルスケア、専門性に特化したグループ、2つの集団による二極化が今後ますます進むのではないかとおもいます。
もうひとつは寡占化の進行です。一企業で売上高7,000億円に迫る企業が出てきましたが、今後は1兆円、2兆円という規模の企業も出て2025年、DgS業界全体はいまの6.5兆円から10兆円といった規模になるのではないでしょうか。
流通業全体でいえば、扱い商品を見るとDgS、食品スーパー、ホームセンターといった業態の垣根がどんどん下がってきて、これまでの業態論では捉えきれなくなっています。ライバルはDgSだけではなく、他業態も見なければいけないし、ネットもあります。
──商品軸で差別化が難しい時代には、御社の理念をベースにしたウェルネス、地域包括ケアシステム支援といったサービスや事業で独自性、優位性が生まれますね。
杉浦 おっしゃるとおりです。しかし、商品でも独自性、優位性を持つ余地はあります。たとえば、健康食品やサプリメントだけでなく、日常使いで健康に資する食品、われわれが「ウェルネスフーズ」と呼んでいる領域には可能性があります。
冷凍食品のカテゴリーで、単に空腹を満たすだけでなく、そこにオンかオフのある商品を自社で開発製造する。オンは健康によい栄養成分を加えること、オフは健康によくないものを減らす、なくすという意味です。こうした商品開発には今後取り組んでいこうとおもっています。
少子高齢化の後に来る世界では機械と人間の仕事の分担が進む
──少子高齢化がさらに進むと高齢層が徐々に減っていき少子の部分が先鋭化するとおもいますが、少子高齢化の後の世界をどうお考えでしょうか。
杉浦 長期的なトレンドとしては、高齢層が多くて若い世代が少ないという人口構成はこの先しばらく続きます。そこから生まれる課題の解決をお手伝いするという基本姿勢は変わりません。
その後は人口減になって、これまで人がやっていた仕事をロボットやAIがやるというように省力化や無人化などの技術がもっと発達していくでしょう。
AMAZONが実用化しているスマホひとつでレジを通さなくてもすべての決済ができてしまうという店が増えていけば、これまでのように店舗運営に人手をかける必要がありません。IT技術、機械ができる仕事、人間しかできない仕事にわかれる。そういう時代が来るのでしょう。
規制緩和の問題とも関係しますが、いまある技術を使えば、医師がモニター越しで患者さんを診察する遠隔診療も可能で、その後、処方された薬を私たち薬局が自宅までお届けできれば高齢者や忙しい方には便利です。
こうした時代になったときに薬剤師の職能をどこで発揮するかが問われます。薬剤を調合する、指定された薬品を間違いなく選んで袋に入れるといったいまの薬剤師の多くの仕事は機械でもできるでしょう。
とはいえ、薬剤師の役割や使命は明確にあって、在宅調剤を含む人と人との関わり合い、コミュニケーションがその核にならなければいけません。目指すべき絵を見せてそこに向かって職能を磨いていきます。
志を同じくする者同士で非効率なシステムを変えていきたい
──規制緩和という言葉が出ましたが、いまの法規制や医療システムの中で社会保障費、医療費がふくれあがって財政を圧迫しています。今後これを改善していく方向性はあるのでしょうか。
杉浦 国も後発医薬品、いわゆるジェネリックを推進するなど、対応策を考えています。しかし、処方せん調剤ひとつとっても現状、非常に非効率なことが多いと感じます。
医療をもっと効率化できる遠隔医療や電子処方せんといった分野で、共通となるプラットフォームを社会インフラのような形でつくって、そこに各社が参加するのも一つの方法だとおもいます。企業がバラバラにやるよりも効率的です。今回のメドピアグループとの業務資本提携は、その具現化のための第一歩です。
──いまおっしゃったインフラ的なプラットフォームの構築も含め、もっと効率のよい方法を探るべく、大同団結する道はあるのでしょうか。
杉浦 冒頭申し上げたように少子高齢化の問題は深刻です。DgSや調剤薬局がその中でどのような価値を発揮できるかは商圏内のお客さまや患者さまに対して何ができるかということになります。
今後DgSが寡占化して、1兆円企業、2兆円企業ができたとき、この業界の使命として地域社会の少子高齢化に対応し、課題解決に向けた役割を果さなければいけません。志を同じくする者が大同団結して関係各所とも協力をしながら良い流れをつくっていく必要があります。
──社会インフラとしての共通のフォーマットづくりとか、規制の枠組みを変えるという話にしても、企業間の競争は当然ありますが、大きな目的に向かって共通の理念を持つ者同士が手を組むほうが効率的かもしれませんね。
杉浦 そうだとおもいます。
マスの消費者を画一的に見る販促、マーケティングには限界が
──物流業界では、センター内でロボットやAIを使って省人化、自動化を進めるなどの動きがあります。最新のテクノロジーで流通業は変わるとおもいますか。
杉浦 変わるとおもいます。テクノロジーによる効率化の前提条件として費用対効果の判断があります。その業務を自動化、機械化することでトータルのコストは下がるかをまず計算しなくてはいけません。物流センターや発注業務では機械化も含めて当社も進化させる方向で考えています。
ITや情報技術ということでいえば、最近取り組んでいるのが販売データの活用です。POSデータにカード会員の年齢や性別といった個人情報を付けたものがID付きのPOSデータです。さらに、そこに処方せん調剤のデータを加える。このことにより、疾病と買物、性別・年齢といった各条件の関係性を示すデータが取れる。それぞれの条件によるさまざまな傾向がわかって価値を生み出すのです。
従来のようにお客さまをひとつの層として捉えて、全体に向かって同じチラシを打つといったマーケティングではなく、個人に向けて提案するという一対一のマーケティングがデジタルによって可能になりつつあります。
小売の持つデータを使って小売り主導でマーケティングしていく時代が来るとおもいます。ただ、一足飛びにカード会員500万人とか600万人を相手に一対一のマーケティングをする訳にはいかないので、条件を絞ってフィルターをかけ共通するグループごとに分けていくことが現実的でしょう。その際にAIを使ってどういうグループに分類できるかを分析していくのがよいのだとおもいます。そういう販促の実現に向け現在模索している段階です。
福井県を新たな商勢圏に 東名阪の出店は継続強化
──福井県を新たなドミナントエリアにすることを発表されています。
杉浦 中学校の学区程度のエリアに1店舗、これを10店舗ほど出店してその中にカウンセリング機能やヘルスケア商品を強化した核店舗を1店設けるという出店パターンでドミナントエリアづくりを進めます。
加えて、一貫して出店を続けている、人口集中エリアである関東、中部、関西の各エリアへは今後もドミナント策を深耕していきます。
──お膝元の岐阜県、愛知県へ出店する企業が増えています。迎え撃つ格好になりますが、どういう対抗策をお持ちでしょうか。
杉浦 スギ薬局の未病・予防の段階から健康を守るウェルネス事業、地域包括ケアをお手伝いしていくという方針は他企業との優位性になるかとおもいます。
高頻度で来店していただき、われわれの提案している商品をご購入いただけるように、売場のカテゴリーを再編したり、古くなった店は時代に合わせて改装したり、新店を出したり、売場、店舗政策でも競合優位を図っています。
それから、買物目的でなくても気軽に来店していただいて健康測定していただく、そして管理栄養士や薬剤師に健康相談していただく。こういうカウンセリングや健康相談に特化した特色のある店を中部中心につくっています。
競合店は価格に優位性を持たせた企業も多いので主要な商品では負けないような売価を付けていくということも実践しています。
──最近の上場DgSの決算を見ると、食品強化で低価格志向のDgS企業の中には、売上は増えているものの利益率を落としている企業が現れています。こうした状況をどうご覧になりますか。
杉浦 その状況は承知しています。ただ、事業をやる上でさまざまな変動要因もありますし、構造的な問題というよりは単年度のブレの範囲内だとおもいます。
その一方で、商勢圏を拡大してくるとそれまで成功していたエリアとは客層ですとか地代・家賃、人件費などのコスト条件が異なることもあるので、出店エリアを急激に広げている企業は、商勢圏の拡大による足踏み、後退ということも今後起こってくる可能性はあるとおもいます。
マスが効きにくい時代の戦略 BAインフルエンサー化計画
──社会の変化にともない、これまでのメーカーマーケティングが揺らいでいるようにおもいますが、これに関してどうお考えでしょう。
杉浦 画一的な従来の販促は通用しなくなっています。先ほど申し上げたように、お客さまを一層と見なしてチラシ販促を打つという手法が効かなくなっているように、テレビCMの効果もこれまでよりは下がっています。手元にスマホがあれば、新聞も、折り込みチラシもテレビCMも要らない。そういう方が増えているように思えます。
大手メーカーもこういう状況を理解していて、日本人すべての消費を対象にしたマス市場ではなく、マス市場よりも小さいけれど一定の規模を持つスモールマス市場を重視するといった見解を示しています。趣味嗜好が多様化してひとつのフィルターでは捉えきれない時代になっているのです。
こうしたトレンドを背景に、スギ薬局でも売り方や販促の方向性を変える必要があるとおもっています。たとえば、化粧品販売を担当するビューティアドバイザー(BA)の役割や機能も時代に適合させていきたいと考えています。
これまでBAは化粧品のカウンセリングを通じて商品を販売することが主な役割でした。新たな役割としては、BAが化粧品の情報をSNSやインターネットで発信することで、憧れの存在、共感を促す存在になる。「BAさんがしているメイクを私もしてみたい」「BAさんみたいにかわいくなりたい」などとおもわれる存在になってもらう。従来のおすすめ軸から、憧れ軸、共感軸にBAの機能を変化させれば、いまの若いお客さまの価値観やライフスタイルに合うのではないかとおもいます。
構想段階ではありますが、憧れの存在であるBAがSNSやネットで使っていた商品が売場にある。店に行けばBAに会える。こうした店づくり、売場づくりができればリアル店舗の強みが出せます。
──そうすると、画一的に大手メーカーから商品調達をするのではなく、トレンドに合わせて目利きのバイヤーが多品種小ロットで仕入れるといった体制も必要になりますね。
杉浦 トレンドに合った商品、これから流行りそうな商品を仕入れる提案型のバイヤー集団がいれば強みは出るでしょう。以前よりマス販促が効かない時代、商品調達にも何らかの修正が必要なのでしょう。その辺は模索の段階です。
──最後に10年後の会社、ご自身をどのようにイメージされているでしょう。
杉浦 繰り返しになりますが、少子高齢化が引き起こす課題に対応できる企業になっていたいとおもいます。そして地域に貢献していければいいですね。
DgSが社会の課題解決に貢献し、当社並びに自分もその一翼を担う。時代が進むべき方向を指し示せる経営者になっていたいです。
志は高いですが、大事なのは各店舗が地域にどれだけ貢献できるか、お客さまに笑顔になっていただけるかだとおもいます。
──本日はありがとうございました。