経済産業省 商務情報政策局 商務・サービスグループ 林揚哲氏 ロングインタビュー

データの利活用が小売業変革の鍵になる

変革を迫られる流通小売業。世界を見渡せばAmazonやAlibabaをはじめとする新しいプレイヤーが次々と頭角を現し、日本企業もその影響を無視できなくなりつつある。「コンビニ電子タグ1000億枚宣言」や「ドラッグストア スマート化宣言」などの小売業のIT化政策に携わってきた経済産業省の林揚哲氏は、今、日本の小売業が取り組むべきテーマは「データの利活用」であると言う。ビジネスモデル大転換の時代、生き残るために日本の小売業がとるべき打ち手は何か。(文:MD NEXT 鹿野恵子/撮影:曽根田元)

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話し手:経済産業省 商務情報政策局 商務・サービスグループ 消費・流通政策課長 林揚哲氏/係長 加藤彰二氏
聞き手:MD NEXT編集長 鹿野恵子

「店舗に集客し利益を稼ぐ」モデルの終焉

――日本の小売業の現在の課題をどうとらえられていますか?

林:実店舗を出店してお客さまを集め、マージンを稼ぐモデルの小売業は変革を迫られています。これまでの小売業のビジネスモデルでは、70円でチョコレートを仕入れ、30%の粗利を乗せて100円で売っていたのですが、商品を売っても利益が出ない、場合によってはマイナスになってしまうという構造になりつつあるのです。

そこで現れたのが、マージンを限りなくゼロに近い価格で商品を販売し、その購買データを使って他のビジネスを展開するという動きです。さまざまな購入データ、決済データを集めて新しいビジネスにつなげるということを、AmazonやAlibabaがどんどんやっています。

昨年の秋に我々は中国の深センを訪問したのですが、ほぼ無料で利用できるシェアバイク(※編集部注:Mobikeなど)をたくさんの方が利用していました。自転車の利用者の「どこからどこまで移動した」というような行動パターンや、他から集めてきた購買データなどを合わせて分析し、金融サービスや不動産サービスなどの新しいビジネスにつなげるという流れができています。

AmazonやAlibabaはデータが欲しいので、データを集めるにあたってはマージンをどんどん削り、マージンゼロ、場合によってはネガティブ(マイナスの利益)で勝負してきます。そのとき、日本の小売業が利益をいかに確保していくかということと、いかにデータを利活用していくかということを考えていく必要があります。

海外勢は採算度外視で面白いことをしようとしている

――データの利活用が重要ということですが、日本の小売業はITシステムに関する理解や取り組みが海外の企業に比べて非常に後手に回っている印象があります。

林:そこはやはり意識の問題だと思います。我々もSIMフリーの携帯の方が月額利用料が安いとわかっていながらも、メジャーキャリアから変えることはなかなかできませんよね。同じように小売業のみなさんもIoTやITの可能性については、分かってはいるのだけれども、それに対応する手間を考えると、着手できないのではないかと思うのです。

経済産業省 商務情報政策局 商務・サービスグループ 消費・流通政策課 課長 林揚哲氏

ただ、一方でAmazonやAlibabaは、世界中の超有名大学からトップ5%のデータサイエンティストたちをどんどん集めて、彼らの知見を使って、どうしたらお客さまに喜んでもらえるか…つまり「ユーザエクスペリエンス」を一生懸命考えているのですね。超理系の人たちが、採算度外視でさまざまな「おもしろいこと」を考えている。これは、日本の小売事業者にとって脅威であると認識しなければなりません。

―― 日本の小売業は、おもしろくするということが二の次になってしまっているような気がします。

林:おもしろさを追求する貪欲さとチャレンジ精神、失敗してもいいからやってしまえという気概が、今の日本の小売流通業には欠けているのかなと感じます。

Amazonに「too crazy」と言わしめた日本の電子タグ

―― 加藤さん(今回取材に同席していただいた経済産業省の加藤彰二氏)は世界中のスマートストアをご覧になられているということですが、どちらのお店におもしろみを感じられましたか?

加藤:やはり一番はAmazon Goです。完成されたものをつくりあげ、そこに集客して、「やはりAmazonはおもしろい」という、話題の中心になっているように思いました。

一方で、中国のあるスマートストアでは商品が読み込まれなかったり、お店に閉じ込められてしまったりというトラブルがあるのですが、それが許される文化もありました。まずやってみて、うまくいかなかったらすぐ諦める。逆にうまくいったらそれを拡大する。そうした意思決定がすごく早いですし、正直羨ましいなと思う部分がたくさんあります。

もちろん日本でも先進的な企業はありますが、数という意味ではやはり中国のほうが多いですし、何よりも中国がおもしろいのは、スタートアップの方々が新しい技術をもって「これがしたい」というと、たくさんお金が集まるという点です。ベンチャーに対する投資熱が高いということもあるのですが、新しい人が新しい技術でお金を集めてのし上がるというストーリーが渦巻いていて、中国に行くと熱気を感じます。

経済産業省 商務情報政策局 商務・サービスグループ 消費・流通政策課 係長 加藤彰二氏

今からそのようなことを日本でやるのは難しいと思っていますが、日本のいいところとしては、真似るのがうまいということが挙げられます。ですから、新しい技術を日本でどう活用すべきかということについて、事業者の方と一緒に考えられたらと感じています。

林:今、経産省では電子タグを用いたサプライチェーン情報共有システムの実験を行っていて、コンビニやドラッグストアの商材にRFIDタグをつけていこうと取り組んでいるのですが、実はまだ世界には(トラッキングや決済システムの)スタンダードがないのですね。

実際にAmazonの本社に行って日本の電子タグの取り組みに関する話をしたら「君たちはtoo crazyだ!おもしろいから一緒にやらないか」と言われたのですよ。それだけ今回のプロジェクトは日本が最先端で世の中を引っ張っていくものなのです。

―― RFIDに関しては、コンビニ、ドラッグストアの商品点数ならともかく、ディスカウントストアやホームセンターほどの規模感になった時に、どこまでメーカーさんが対応できるのかなというところは気になるところです。

林:まずはアパレルからはじまり、コンビニ、ドラッグストア、百貨店と検討していただいています。世の中の流れの中でこれが便利だと思えば、みなさんも対応していくと、我々は信じています。

――歴史を紐解けば、昔は商品にバーコードがついていない時代がありました。それが便利ということで、長い時間をかけてほぼすべての商品についたという流れがあります。

加藤:それと一緒で、電子タグが世の中にとって便利だったら普及していきますし、ダメだったら普及しないという話です。

林: Amazon Goは素晴らしいとは思いますが、我々が目指している方向とは少し違います。Amazon Goは、店内の顧客の消費動向を可視化するのにはよいかもしれませんが、我々はサプライチェーン全体のデータを取ろうと考えていて、それにはRFIDが一番有効ではないかという結論に達しました。

「人材の底上げ」という課題をどう解消するか

―― 電子レシートの実証実験などもされていますが、進捗はいかがでしょうか。

林:データのフォーマットの標準化は一応できました。これをどのように消費者、あるいは事業者に使っていただけるかという部分で、ビジネスモデルのあり方を検証しているところです。

――電子レシートに関しては、お客さまにとっては大きなメリットがあると思うのですが、小売業者にとってはいかがでしょうか。

林:小売業者にとっても、お客様の買い回り状況などがよくわかりますので、それを活用して、商品の売り方や提案の仕方を検討することができます。また、メーカーにとっては、新商品開発などのヒントがいろいろありますので、メリットは大きいと思いますね。

――電子レシートの採用により、小売業にもメリットがあるということですね。

林:そうですね。

経済産業省では2018年4月11日に「キャッシュレスビジョン」を策定し、キャッシュレス社会実現のため、加盟店側・消費者側双方の課題解消に資する取組の方向性および方策を提言しました。日本のキャッシュレス比率は現状2割なのですが、韓国では9割、中国では6割、うち中国の沿岸部、都市部に行くとほぼキャッシュレスです。そこで私たちは、日本でも2025年までには4割、最終的には8割までキャッシュレスに持って行いこうという取り組みをしています。

日本のキャッシュレスの比率を引き上げる理由は2つありまして、1つは店舗の効率化、もう1つがデータの蓄積です。

キャッシュレス化に至るにはさまざまな壁があります。例えば手数料の率です。日本は他国と比較すると決済手数料3%、4%と非常にクレジットカードの手数料が高いのですが、Alibabaなどは0.5%程度の低い決済手数料でサービスを提供しています。

なぜそれほど低い手数料が成立するかというと、1つはシステムです。中国の場合は専用端末は使わずスマートフォンのQRコードを使い、インターネットを経由しているので、低コストで決済の仕組みを提供できるのですが、日本ではCAFISという日本独自のカード決済ネットワークを経由することと、カード用の端末が高価であるということが手数料の高さにつながっています。

また、中国は決済から得られたデータを利活用して収益を上げていることも、決済手数料を低く抑えられている理由のひとつです。

―― 特に小売業界の課題は人材です。経営トップがデータ利活用を検討したとしても、それを実現できる人材がいないという状況の企業は少なくありません。小売業の人材の底上げは大きな課題だと思いますが、どのようにお考えでしょうか。

林:今意思決定をされている方は、僕も含めてバブル世代で成功体験を持っているので、なかなか変革することができません。若い世代にチャンスを与えてチャレンジをさせる、失敗したときは、我々意思決定をする世代がフォローするというようなことをしていかないと、小売業だけでなく、日本の産業界全体の活力が失われていくのではないかと思っています。

中国と比較しても、日本のクオリティや正確性は非常に高いのだけども、新しいことをやるとなると、中国は失敗してもいいからどんどんマーケットをとっていこうとするのですが、日本は石橋を叩いてもなかなか渡らない。いつまでもパワーポイントばかりをつくっている。そのスピード感をなんとか変えていかないと、世界の中で生き残っていくのは非常に厳しいではないでしょうか?

店に必要なのはセクシーさ。失ったチャレンジ精神を取り戻せ

―― 先日トライアルさんのスマートストアを取材してきました。700台のカメラでお客様の動きを完全に捕捉している。ああいうびっくりするようなことをやれる小売業さんがもっと日本にも増えてくればいいのにと思っています。もともと小売はそういう場所だったと思うんですよね。

林:そうですね。ダイエーの中内功さんも、イオンの岡田卓也さんも、イトーヨーカドーの伊藤雅俊さんも、セブンの鈴木敏文さんも革新的な方でした。

もともと小売業は、とてもイノベーティブな業界で、いかにお客さまの心をつかむかということを一生懸命やってきたはずなんです。ところが現在は非常に硬直化してしまっていて、教科書的に売上と利益を確保する方向になってしまっている。しかしそれで小売として本当にいいのでしょうか?店はチャレンジの場で、お客さまにサプライズや感動、喜び、セクシーさを提供するのが小売業ではないだろうかと思うんです。

――店には色気が必要です。ドン・キホーテがこれだけ多くの方に支持されているのも、売り場にセクシーさや怪しさがあるからではないかと感じます。

林:教科書通りの売場を作れば、それなりに安定した売上も利益も確保できるのですが、それではつまらない。私の自宅の近所の食品スーパーにはとんでもないものを売っていたりして、面白みがあります。

繰り返しになりますが、Amazon.comでネットショッピングをするのは楽しいですよね。それは彼らがお客さまを楽しませようとして、ユーザーズエクスペリエンスを考え抜いているからです。

実店舗に集客して粗利を稼ぐという、今までの小売業の枠組みは今後消滅していく。だから、小売業にはデータを利活用しつつエンターテインメントの方向へ向かうようなチャレンジをしていただきたいと私は思っています。

ーー本日は興味深いお話をありがとうございました。