薬局を経営したからこそ気づいた問題点
全国に約5万6,000店舗あるとされる調剤薬局。医療機関が発行する処方せんに基づき調剤を行い、患者に服薬の指導を行うことでQOL(quality of life、生活の質)を向上させることを目的とする小売業態である。
調剤薬局は主に病院の近隣に形成される「門前型」、ドラッグストア内に設置する「併設型」の2つに分けられるが、他の小売業態と大きく異なるのは、10店舗以下の小規模チェーンが圧倒的に多い点にある。
例えばコンビニエンスストアの場合、セブン‐イレブン・ジャパン、ユニー・ファミリーマート、ローソンの大手3社で売上シェアの約9割を占めるが、調剤薬局の場合、アインファーマシーズ、日本調剤、クラフト、クオールなど、調剤専業チェーン大手10社を合わせてもシェア15%にも満たない。全体の約7割が家族など1~2名で経営する個人商店で形成された低寡占マーケットである。
2006年の薬学部教育6年制導入やドラッグストアの店舗数増加、女性薬剤師の出産・育児による休業などの影響から薬剤師は常に売り手市場であり、調剤薬局の薬剤師不足は長年の課題だ。煩雑な調剤薬局内での作業効率化は、人手不足に悩む同業態にとって最も求められている要素である。
ファーマクラウドはITを活用し薬局内の作業効率向上に役立つサービスを開発・提供している創業1年半の新興企業である。
代表を務める山口洋介氏は九州大学薬学部を卒業後、製薬メーカーに勤務。元々独立志向が強く、7年間勤務した後、薬剤師として働きながら筑波大学主催の公開講座「サービスカイゼン研修コース」に参加し、起業に関するアイデアを練っていた。
「トヨタのカンバン方式のような製造業での業務効率化を、サービス業にも導入できることを実践的に学ぶコースだった。ここで学んだサービスサイエンスの概念を、自身が身を置く調剤薬局業界にも生かしたいと思ったのがサービス開発の原点」と山口氏は語る。
2012年に満足度調査を行う企業『ファーサス』を設立。薬局特化型SaaS『PHARSAS』を開設し、2014年に『空飛ぶ処方せん』というサービスをスタートさせている。これはかかりつけ薬局のための処方せん送受信システムであり、スマートフォンのカメラで撮影した処方せん画像を薬局に送ることで、患者の待ち時間短縮と薬剤師のストレス軽減を実現するためのものだ。
山口氏は2016年、『ファーサス』社内で自分の薬局『御茶ノ水ファーマシー』をスタート。自ら薬局を経営することで、現場ならではの問題点を発見したという。
山口氏は「薬局は在庫管理について常に問題を抱えている。薬局勤めだった頃、経営者から『在庫を過剰に持つな』と言われてきた。通常、薬局は医療用医薬品を薬卸から9掛けで仕入れているが、元々の価格が高いこともあり、棚卸の際、期限切れによって数十万円分の薬を廃棄することもある。チェーン展開している薬局やドラッグストア企業であれば微々たる金額でも、個人経営の薬局にとっては大きな痛手だ。とはいえ調剤薬局は病院や患者とのやりとりの中で、品揃えを決める部分がある。通常の小売業のように、単にアイテム数を絞り込めばいいというものではないため、ある程度の在庫を抱えることが避けられない点があるのも事実。実際に自分で薬局を運営する立場になり、在庫コントロールの難しさを自身の問題として改めて感じるようになった」と当時を振り返る。
不動在庫をマッチング。薬局同士で売買
不動在庫を作らないためには日頃から在庫状況を把握し、周辺の薬局と情報を共有して、余っている時は他店と協力し消化する必要がある。しかし現状、多くの薬局ではこれを手作業で行っているため現場のカン頼みな部分があり、決して正確さを期するものではない。
そこで山口氏がこの問題を解決するため企画したのが、不動在庫のシェアリングエコノミー『Med Share(メドシェア)』(2017年1月リリース)だ。
山口氏は起業以前の2014年ごろから、現在シェアリングサービスのトップをひた走る『メルカリ』を興味深くウォッチしていたという。
「なぜ多くの生活者が『ヤフオク』ではなく『メルカリ』を利用するのかを考えた時、需要と供給を超効率的にマッチングしているCtoCのサービスと気づいた。このイノベーションを薬局業界にも取り入れたいと試行錯誤して開発したのが『Med Share』。薬局はインフラ的な側面もあるため、地域包括ケアシステムが求める広範囲からの処方せんにも使命感を持って対応しているが、幅広い在庫を抱えることによるデッドストックのリスクは、個人商店の経営者にとって厳しい面もある。そのため安心して処方せんを受け入れられるよう、過剰在庫があれば買い取ってもらえるような仕組み作りが必要だと感じ、このシステムを作った」(山口氏)
薬局の不動在庫を売るサービスを提供する競合は何社か存在するが、どちらかというと消費期限が近い商品の投げ売りが主であり、自店舗の在庫回転率に合った商品は探しにくい。それと比較し『Med Share』はマッチング精度が高く、最終調剤日からの推計処方人数や自店での回転数に加えて、値引き率や利益につながる薬価差も表示されるため、より購入がしやすくなっている。
山口氏は薬剤師とエンジニアという二つの顔を持っている。現在、『Med Share』利用店数は約170店舗。個店経営、大きくても20店舗程度の小規模チェーンが中心だ。利用は無料だが将来的には後述する『ファーマシストオンライン』を利用手数料によるマネタイズを検討している。
スマートスピーカーを活用した薬剤師の作業時間短縮
ファーマクラウドの最新サービスがスマートスピーカー「Google Home」による薬剤師アシスタントAI『ファーマシストオンライン』だ。
『Med Share』でデッドストックの発見と処分は可能になったが、そ
『ファーマシストオンライン』では、薬剤師からの口頭の質問にスマートスピーカーが回答する。ある処方薬が、何人分、何錠処方されているのか、あるいはある薬がどの棚にあるか?といった初歩的な質問から、処方薬の過去の動き、今後、その薬がどれくらい処方されそうかといった予測、同グループ内での他店舗への在庫問い合わせ、不動在庫のリストアップ・FAXによるプリントアウトなど、使用シーンも幅広い。
薬局のアイテム数は小さいところでも約600、大学病院や大型総合病院などの門前薬局では1,000を超えるため、経験則によるカンに頼るのにも限界がある。
『ファーマシストオンライン』を活用することで、従来の在庫
薬剤師かつ薬局経営者ならではの視点が生かされた同社のプロダクツ。ファーマクラウドでは2年以内に『Med Share』導入数を全国約5,000店舗まで拡大し、『ファーマシストオンライン』と共に、同社のメインコンテンツとして販売網を広げていきたいとしている。