AI、デジタルを活用すれば個人に合った提案が可能
以下の記事で紹介したように、世界最大の小売業であるウォルマートは出店による成長からDXを駆使した商圏の深掘り、個人の買物予算のシェア拡大に成長戦略のかじを切っている。
一度つながったお客(新規客)にベストとおもわれる商品提案、価格や時間を含む快適な買物体験を提供し続けることで、長期にわたり関係を継続しLTV(生涯顧客価値)を上げていこうという戦略である。LTVの考えは古くからあり、顧客の買物動向を知り、顧客に合った商品やサービスを提供するために、ID-POS(顧客情報付き購買データ)を使うことが主流だった。
現在、アメリカの小売業ではこの段階をはるかに超え、多額の投資をしてDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進し、快適な買物体験の提供、顧客分析に基づく商品提案、集客、販促、在庫管理などあらゆる施策をデジタルによって最適化、効率化し成果を挙げている。こうした海外、あるいは今後進むであろう国内小売業のDXのポイントはどこにあるのだろうか。
「小売におけるDXのあるべき姿は、『生活者の買物体験をより便利にすること』だとおもいます。たとえば、一口に30代女性といっても生活スタイル、購買傾向はさまざまです。子育て中でなるべく時間をかけずに必要最低限のものを買い揃えたいという人もいれば、健康意識が高く、少し高級でもいいから健康を気使った商品を購入したい、という方もいらっしゃいます。
いままでは性年代やお客さまからご提供いただいた情報を基に商品や販促の案内を送ることしかできませんでしたが、AIを活用すれば普段の購入傾向や来店頻度、位置情報などを統合して、買物に対する価値観、ライフスタイルまで推定することが可能です。AIによる顧客分析の結果、同じ日用品でも『お得な大容量パック』を『お届け』するのか、『いま話題の高品質な商品』を『店舗でピックアップ』してもらうのか、顧客に合った商品、買物方法が導き出されるのです」(宮田氏)
いま、ライフスタイルや価値観は多様化しており、大多数、マジョリティ、マスといった概念は相対的に小さくなっている。「大多数の人」に向けたつもりの販促が、だれにもハマらなかったということも起こり得る時代だ(図表1)。
お客に、より快適な買物体験を提供するためには「パーソナルユース」を見極め、最適とおもわれるパターンを導き出すことが求められる。そのために、デジタル、AIが有効で、それを実現できれば、「新規客の獲得」「既存客の深掘り」の可能性が格段に高まり、地域シェアを上げられるのだ。繰り返しになるが、ウォルマートはじめいくつかのアメリカ小売企業は大胆な投資によりそれを実現させ、常にレベルアップを図っている。
DXに投資してスマホアプリを店舗にする
AI、デジタルによる「パーソナルユース」の抽出で重要かつゴールとなるのが「1to1マーケティング」である。性年代や学生、既婚者といった大まかなグループ分けではなく、個人の属性を類推して文字どおり「一人にひとつの提案」という対象を絞ったマーケティングである。
その事例として、アメリカのウォルマートではネットスーパー上でAIによる代替品推奨システムを稼働させている。コロナ禍の影響もありネットスーパーのニーズが飛躍的に高まったことで欠品問題も浮上した。これを解消するためウォルマートでは希望の商品の在庫がない場合、過去の注文履歴や代替品の返品率など100近い項目をAIで学習することで「お客さまが満足できる可能性の高い代替品」を提案できるシステムを構築。このシステムの活用で代替品の返品率を5%以下にまで下げることに成功している。
在庫管理、欠品アラートといった業務レベルを超えAIを使うことで、在庫がなければお客さまの好みに合わせて最適な代替品を提案するという買物体験を第一に考えた対策に進化している。
顧客目線のアプリ開発で既存店の深掘りが実現する
アプリ活用の際、もっとも重要なことを藤田氏は次のように語る。
「ウォルマートのAIを使った代替品の提案に見られるように、アプリの活用でもっとも重要なのは、店舗同様『徹底した顧客目線での運用改善』です。ウォルマートやクローガー、ウォルグリーンといったアメリカの主要な小売業は週一回程度の高い頻度でアプリに見直しをかけ、細かい運用改善を繰り返しています。その結果アプリの評価も5点満点で4.5を超えるものが多く、使いやすくお客さまに支持されているのです。
アプリをより便利に、お客さまに継続して使って頂ける『もっとも身近な店舗』に育てることで1to1マーケティングに必要なデータの収集にもつながります。また、アプリから来店促進することもできます。その第一歩が『アプリへの投資強化』であり、その意識が非常に高いことがアメリカの小売DXが成功している大きな理由のひとつです(図表2)」
前の原稿で見たようにウォルマートの2021年の国内設備投資額は78.3億ドル(約8,613億円)、そのうちの72.6%がデジタルへの投資で、次いで改装、新規出店への投資は微々たるものだ。
年次報告書によれば、米国ウォルマートとサムズクラブ(会員制ホールセールクラブ/コストコのようなもの)の合計店舗数は、2021年(1月末時点)が5,342店、2020年(同)が5,355店なので、出店どころか前期より13店舗削減している。これは、アプリ、デジタルを使った既存店、既存商圏の深掘りが成長路線に乗っていることを示している。
デジタルを使って1to1マーケティングを実現
サイバーエージェントでは2017年「販促革命センター」という部署を創設。これまでの紙やアナログの販促をデジタルに置き換えることで、お客の買物体験を「革命的」に向上させることを目指している。サービス提供の対象は小売業だが、商品を絡めた販促ではメーカーとコラボすることもある。
また、同社ではLINEやPayPayといったコミュニケーション・決済のプラットフォーム企業(社会インフラともいえる程、大規模にサービスを提供している企業)と組んでさまざまなデジタル販促の企画、実施、運用を一貫して行っている。LINEに至っては全代理店売上の約25%を占めるほどで、いずれの企業とも豊富な取引量があり、その分さまざまなノウハウが蓄積されている。
小売企業のアプリに機能集約して店舗化するのはひとつのゴールだが、LINEを使っても1to1マーケティングは可能だ。LINEを使った販促で120%売上を上げるなど成功事例も豊富にある。
「今後もっとも重要になるのは、企業アプリやLINEを使った1to1マーケティングの実現です。LINEはインフラといっていい程、生活に密着したアプリで販促手段としても非常に有効です。最近の例でいえば、LINE上に自社独自のアプリを構築できる『LINEミニアプリ』という機能も登場しており、これを使ってクーポン配信や処方せん受け付けを行っている企業さまも出てきました。
現状、世代によっては企業アプリよりもLINE公式アカウント(企業のメッセージ送信やクーポン配信などが行えるサービス。無料と有料のプランあり)の方を利用しているというアンケート結果も取れており、今後はお客さまのライフスタイルや志向に合わせ、ツールを選んで情報発信、サービス提供をすることが大事になります」(藤田氏)
設計、開発から運用、集客までデジタル販促を総合的にサポート
販促革命センターを設けて小売業のDX、デジタル販促の領域に本格参入した同社だが、その理由のひとつは、生活インフラ、そして広告媒体としての小売業の可能性に注目したことにある。
「時代の流れで、ライフスタイルも関心事も分散しているなか、リアル小売業は店舗を構え、集客し一定の売上を挙げ続けています。コロナ禍でも感染防止のルールを設け、これだけの人を集めることができる店舗は地域にとってはなくてはならない存在ですし、媒体としても可能性があります。デジタル販促やDXを進めることでお客さまの買物体験はもっともっとよくできる、それに合わせて小売業さまも成長できるとおもっています」(宮田氏)
一方、藤田氏は自社のデジタル販促、小売業のDX支援事業の強みを次のように語る。
「ひとことで言えば『徹底的に効果に向き合う運用力』に自信があります。弊社では、営業、コンサル、研究開発組織が一体となって『設計』『開発』『運用』まで一気通貫で小売業さまを支援します。この体制は弊社の規模、経験がなければ実現できないでしょう。
DXによる大きなメリットのひとつは、データを用いた分析を基に、運用改善できる点にあります。いままでの販促物やアプリでは一度つくったらそれでおしまいということが多かったのではないでしょうか。弊社ではインターネット広告でお客さまの効果を最大化するために構築してきた運用体制やノウハウ、自社のサービスを成長させるために行ってきたアプリの改善ノウハウが膨大に蓄積されています。そのノウハウを活用しながら、小売業のDXが成功するまで徹底的に運用と改善を行っていきます。効果が出るところまで伴走することができるのが、弊社の強みだと考えています」(図表3)。
DXの波をいかに捉えるか 今後10年の成長を決める
率直にいって、小売業はローコストオペレーションを重視するあまり、販促やDXに投資するという概念が弱い。DXに関しても、できることならメーカーやベンダーの販促費用を使って無償でできるスキームを好む傾向がある。
一方で、ネット、デジタルの世界は日進月歩ではなく秒進分歩といわれるほどにニーズが目まぐるしく変化し、日次、長くても週次でシステムや施策を見直す必要がある、大量の対象に働き掛け、短いスパンでニーズの変化に対応する分、大きなリターンも期待できる。このような世界で小売単独で成果を挙げていくのは困難だろう。
まず、デジタルのノウハウを持ち、一気通貫してスピーディーに対応できるパートナーを選択し、適正な投資をしてパートナーとプロセスやゴールを共有しながらDXを推進することが重要だ。小売業はまだ知らないが、取組み次第では着実に成果が挙がるというデジタル施策は豊富にあるだろう。
出店による成長を基盤にしながら、変化に備えてDXを使った既存店の強化策も同時に進めていくべきだ。
コロナ禍はライフスタイルを変え、ECやデリバリーの習慣は一気に前進した。販売や販促以外にも在庫管理や教育などDXが効果を挙げる領域はあり、将来的にはDXの導入が業績を左右するとおもわれる。アメリカや中国などDX先進国は既にその世界に突入している。
ドラッグストア(DgS)に身近な例でいえば、オンライン診療やオンライン服薬指導は規制緩和され、厚労省はこれを後押しする構えだ。調剤事業に出遅れている大手DgSがDXの力を借りて、比較的少ない設備や人材への投資で大きな成果を挙げられるという時代が来るかも知れない。常にイノベーションは起こっている。
サイバーエージェントではAI技術の研究開発組織も社内に持っており、特に経済学を実ビジネスで積極的に取り入れている数少ない国内企業である。同社が現在積極的に取り組みたいとしているのは「データと経済学を活用した価格の最適化」。無駄な値下げによるロスは意外に多い。1品5円のムダな値下げでも、1日10個売れて2,000店で365日営業すればなんと年間3,650万円のロスになる。
こうした課題をデータ分析と経済学理論で解決していこうという取組みで、一部企業では既に導入しているとのことだ。第一線で活躍する経済学者を社内で複数雇用している。
10年前には多くの人が映画や漫画の世界だと思っていた車の自動運転は、いまやほぼ現実のものだ。小売業にも同様のDXの波が押し寄せており、これにいかに乗るかが今後10年の成長を分けるだろう。
〈取材協力〉