イトーヨーカドーが導入。開発不要で小売業のDXを推進

小売業のDXを推進するネットスーパーシステム「Stailer」

ネットスーパーを展開しつつも、採算割れに悩む食品スーパーマーケット(SM)は多い。また、ネットスーパーに新規参入を検討する地域SMも多いが、立ち上げのハードルは高い。これらの課題を解決するのが、株式会社10X(テンエックス)が提供するサービス「Stailer(ステイラー)」だ。開発不要でネットスーパーアプリを立ち上げられるという「Stailer」について、同社代表取締役CEOの矢本真丈さんに話を聞いた。(取材:MD NEXT 鹿野 恵子/構成:宮原 智子/月刊マーチャンダイジング2020年12月号より転載)

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ネットスーパーアプリの垂直立ち上げを可能に

「Stailer」は、ネットスーパーアプリの立ち上げをサポートするサービスだ。小売企業は、各種商品データをStailerへ連携することで、簡単にネットスーパーのスマートフォンアプリを公開することができる。

すでにネットスーパーを展開している事業者も、Stailerを導入すれば既存のネットスーパーシステムを改修することなく、モバイルアプリの展開が可能になる。システムやソフトウエア開発の知見がなくともデジタルトランスファーメーション(DX)を実現することができるのは小売業者にとって大きな魅力だ。2020年6月には、イトーヨーカドーがこのStailerを使ったネットスーパーアプリの提供を開始した。

もともと、献立提案アプリ「タベリー」を展開していた10X。

「小売業でもDXの重要性が提唱されるようになりましたが、技術的な壁があり実現までの道のりはそう容易ではありません。一方、私たちは独自でネットスーパーを立ち上げることができないかと試行錯誤したことがあるのですが、商流も物流もない自分たちが日本中に展開するなんて無理だという結論に至りました。そこで、自分たちがタベリーで培った資産を小売業の皆さんに提供し、各社が理想のネットスーパーを作っていただくことで、お互いを補完し新たな価値を生み出すことができるのではないかと考えたんです」同社代表取締役の矢本さんはStailerの構想が生まれた背景についてこう語る。

新型コロナにより急増したネットスーパーの需要

折からのコロナ禍は、小売業の事業環境に大きな影響をもたらした。非接触購買のニーズが急増し、アメリカのウォルマートでは2020年4月5日の食品買物アプリのダウンロード数が2020年1月と比較して460%増となった。

コロナ禍の影響でネットスーパーへの注目が集まったのは日本も同様だ。

「Googleなどの検索エンジンで『ネットスーパー』という言葉の検索回数が急激に伸びているということからも、非接触購買におけるネットスーパーへの期待値の高さがうかがえます。新型コロナをはじめとするさまざまな感染症のリスクがあるなかで、非接触のインフラ自体は今後ますます必要性が増していくのではないかとおもいます」(矢本さん)

コロナ禍ではネットスーパー各社のアクセス数が大きく跳ね上がったが、日本はアメリカや中国といった国々と比べ、需要がうまく吸収できなかったと矢本さんは指摘する。急増するトラフィックに供給が追いつかずサーバーがダウンしたり、商品を供給するために必要なピッキング・パッキングの処理能力や配送力が確保できない、といったトラブルが散見されたのだ。

なぜこうしたことが起こったのか。背景には、次の2つのネットスーパーの難しさがある。

1点目が、ネットスーパーは難易度が高いビジネスモデルであるという点だ。アパレルのECであれば、1,000点の商品の中から2、3点を選ぶという購買行動になるが、これが食品SMとなると、何万点ものSKUの中から平均十数点を選択し、購入するという行動を取る。それに応じたUX(user experience=ユーザー体験)を提供する必要があるが、これはそう簡単なことではない。また、それに対応するためのピッキングやパッキングにかかるコストは数倍となるが、その数倍のコストを食品の少ない粗利の中からひねり出さなければならない。非常にシビアなビジネスといえる。

2点目が、そうしたシステムをつくる専門の開発会社がない点だ。小売業における各システムごとに開発会社が異なるため、新たにシステムを開発しようとすると、初期費用やコストが膨らんでしまう。複数のベンダーが参画することにより、システムの設計が複雑化し、運用にも手間がかかっていた。

これら2つの要因が根底にあり、ネットスーパーのシステムはレガシーなものが多い状況だった。スタートアップ企業のように、新しい技術を柔軟に採用する開発体制を取ることができれば、コロナ禍でネットスーパーのニーズが急増し、サーバーが落ちるという問題に対しても、自動的に処理能力を拡張するオートスケールという方法で対応することができたかもしれない。

だが、レガシーな技術と開発体制では、調整と技術の導入のために半年かかる…というようなことがあり得る。コロナ禍はネットスーパーのシステムの脆弱さを浮き彫りしたといえるだろう。

食品SMの課題を解決するビジネスモデル

[図表1]Stailerのシステム全体像

Stailerはネットスーパーを一気通貫して立ち上げることができる。複数のベンダーを横断する必要がなく、ネットスーパーを迅速に立ち上げられる。システムはAPIで連携しており、拡張性も高い。システムを入れておしまいではなく、Stailerを導入した事業者が継続的に事業や利益を成長させられるよう、10X社がデータ分析の代行やサプライチェーン上の課題解決などにも対応する。

ビジネスモデルも特徴的だ。Stailerはサービス導入時の初期費用を抑えられるよう、定額の月額利用料+売上に連動した従量課金という仕組みを採用。初期費用を低く抑え、プロダクト開発のリスクを10X社が取ることで、事業者との関係を継続的に築いていく。

現状、ネットスーパーを運営している企業のほとんどは赤字だ。収益構造を変えていかに黒字化するかが課題であるが、Stailerの導入によってこれまでほとんど手を付けられていなかったロジスティクスやバックヤード作業を改善できる余地は大きいと、矢本さんはいう。

また、単品の売れ個数を増やすのではなく、ライフタイムバリューを伸ばすことに着目。それまでイトーヨーカドーネットスーパーはブラウザだけで展開されていたが、アプリでも買物ができるように拡張したことで、ユーザーの買物体験の質が向上し、購買頻度と客単価が向上した。

なお、新規にネットスーパーに参入する事業者については「むしろやりやすい」(矢本さん)そうで、そのような企業に対しても、1回目の買物から黒字が出るよう、10Xは事業計画レベルにまで踏み込んで伴走していくという。

Stailerを採用したイトーヨーカドーネットスーパーのアプリ画面。シンプルで使い勝手のいいUX

 

効率化を追求した店舗用アプリ

Stailerで構築されたネットスーパーは、WEBブラウザやスマートフォンアプリから利用できる。商品を探しやすいUXを志向し、ユーザーインタビューやデータからフィードバックを得て常に改善が加えられる。レシピコーナーで毎日提案されるレシピから「まとめて食材を購入」するという動線も非常に使い勝手がいい。

一方、Stailerはユーザーが使うアプリだけでなく、店舗側の作業に必要なアプリケーションも開発中だが、店舗側のアプリの主な特徴として以下の4点を挙げることができる。

1点目は、各売場の担当者がアプリ上で商品の表示・非表示を選択できる点だ。食品SMは、ドラッグストア(DgS)とは異なり、商品の店頭在庫の実数をシステムで把握していない企業が多い。いまなお定期的な目検での店頭在庫のチェックが必須であるという。Stailerでは、店頭在庫が少なくなったことに売場担当者が気付いたタイミングで、ネットスーパーの棚から商品を外すことができる。

 

従業員向け画面では、表示・非表示を売場担当者が手動で切り替えられる

2点目はピッキングルートの最適化だ。棚ごとに付いたプロダクトIDをもとにピッキングリストを最適な順番に並び替え、ピッキングがスムーズにいくよう工夫している。10Xが「バスケットレーンピック」と呼ぶこの方法は、店内を数エリアに分割し、それぞれの売場担当者が自分の担当エリアの商品をピッキング。最後にバックヤードで各担当者がピッキングしたカートを組み合わせることで、ピッキングリストの商品がすべて揃うというもの。売場を熟知した担当者がピッキングをすることで、ピックミスを減らし、スピードアップを狙う。

[図表2]バスケットレーンピックの仕組み

3点目は、バーコード読み取りによりピックミスを防ぐための機能だ。1回ピッキングをミスすると、そのミスに対応するために10分をロスすることになる。ミスが起きないよう、従業員は作業用のスマホで商品バーコードをスキャンし、合致した場合のみピックするという仕組みになっている。

最後は商品の受け渡し時にQRコードを利用し、ミスのない引き渡しを行う機能である。配送員または商品を受け取りに来たお客のスマホアプリ端末上に表示されたQRコードを読み取り、対応する商品を渡す。

ピッキングの画面。バーコードをスキャンしながら作業を進めることでミスを排除する

DgSへの導入も予定

現在、イトーヨーカドーとの連携で実績を挙げる同社。今後の方針について、矢本さんは次のように語る。

「店舗だけでのビジネスが伸びなくなってきているのが自明ななかで、次の展開となるのがネットスーパーです。しかし、システム開発会社に見積もりを出すと何億円もの初期費用が必要となってしまいます。それがネックでネットスーパーを展開できないということがないよう、私たちはSMにとってのShopify(カナダで創業されたネットショップ開設のためのプラットフォーム)のようなプロダクトでありたいと考えています」

今後は地方食品SMへの進出も視野に入れながら、DgSとの連携も推進していきたいという矢本さん。DgSが食品SMと異なるのは、他業態よりも商品情報を正確に伝える側面が強いという点だ。

この医薬品が自分の症状に合っているのか?この化粧品は自分の悩みに効果があるのか?単にボタンをクリックして購入するだけでは、不安があるこれらの商材について「どのようなサービスがお客さまにとって一番なのか、まだだれも答えを持っていない状態だとおもいます。DgSのネットでの商売がどうあるべきか。私たちがそれをつくっていきたいです」と矢本さんは語る。

ネットスーパー市場は現在1,500億円。食品SM市場全体が13兆円あるうちのたった1%ほどの金額である。今後この比率が10%、20%と成長するころ、Stailerがどのような存在になっているのか。期待したい。

〈取材協力〉

株式会社10X 代表取締役CEO
矢本 真丈さん