授乳婦のOTC服用に関する合意が形成されていないDgS業界
ドラッグストア勤務者の頭を悩ますお客さんからの薬の問い合わせといえば、授乳中に飲んでよい薬の相談だと思います。私は今年6月にTwitter上でフォロワーのみなさんに、授乳中のお客さんから質問を受けた場合の対応を訊ねてみました。
まずはそちらの結果をご覧ください。
いかがでしょうか?有効回答総数は350名程、回答者は薬剤師と登録販売者が混在しています。
「医師にご相談くださいと伝える」の回答数が少ない印象ですが、概ね現実に近い妥当な回答結果だと思われます。国内外の薬学情報をもとにいえば、正解は「基本的には大丈夫と伝える(時間を空ける必要なし)」が妥当となりますが、会社・店舗の方針や、資格者自身の勉強不足、「万が一」のトラブルを懸念して、そのほかの選択肢を選ぶ方も少なくないでしょう。
このアンケート結果の興味深い点は、3つ選択肢の回答数に極端な偏りが見られず、どれもまんべんなく一定の回答数を得ているということです。これでは、消費者は相談先の店によって、得られる回答がまるで変わってくることになります。「一般的にはこういう対応するよね」といった業界の常識のようなものがなく、会社・店舗・個人の方針や知識レベルに任されている。授乳婦とイブプロフェンの関係についての合意形成が、ドラッグストア業界に存在しないことは否定できないでしょう。
合意形成がない理由の一つは、薬の説明書である添付文書に、授乳中の服用に関する明記がないことだと思われます。
案外ざっくりとしか書かれていない「添付文書」
国の調査によると、添付文書をほとんど読まない人は購入者のわずか1割だそうです(※1)。熟読するのか、さらっと読むのか、程度の差こそあれ9割の人が添付文書に目を通しているようです。
そのような添付文書ですが、ちゃんと読むのはけっこう難しいもの。薬剤師としての立場から言わせていただくと、健康に直結するわりにはずいぶん不親切だなと思う代物です。
具体例を紹介します。
胃腸薬としておなじみのキャベジン。授乳中はこの薬を飲んではいけないことになっています。以下は、添付文書からの引用です。
してはいけないこと
(守らないと現在の症状が悪化したり、副作用が起こりやすくなります)
②授乳中の人は本剤を服用しないか、本剤を服用する場合は授乳を避けてください
(母乳に移行して乳児の脈が速くなることがあります。)
キャベジンを飲むと母乳に移行して乳児の脈が速くなるという理由も丁寧に書かれています。授乳中は服用を避けた方がいいことが腑に落ちやすいでしょう。
では、他の薬はどうでしょうか。頭痛・生理痛の薬、イブの添付文書を見ます。
相談すること
次の人は服用前に医師、歯科医師、薬剤師又は登録販売者に相談してください
(3)授乳中の人。
授乳中の人はイブを飲む時は医師や薬剤師たちに相談することになっています。キャベジンと比べると簡潔な記載です。表現も「してはいけないこと」ではなく「相談すること」となっています。
実際に薬剤師に相談すると、どんな回答が返ってくるのでしょうか。飲む人の状態や、相談を受けた薬剤師によって回答は異なるので一概にはいえませんが、「万が一母乳に移行しても極めて微量なので、健康上の影響はほぼないと考えられています」「心配なら時間をずらして飲むのがよろしいと思います」と説明する薬剤師が多いと思われます。あとは飲む人の納得感と判断に任されます。
キャベジンもイブも母乳に移行するという点では同じです。ただ、それが赤ちゃんに与える影響は一言では表せません。添付文書を読んでも詳しいことが書いてあるとは限らないのです。
もう一例紹介します。今年発売された「ベリチーム」という消化酵素のお薬です。添付文書にはこうあります。
相談すること
次の人は服用前に医師、薬剤師または登録販売者にご相談ください
(2)薬などによりアレルギー症状をおこしたことがある人
ベリチームは酵素なので比較的安心して使える薬です。「相談すること」の欄にアレルギーの注意喚起が書かれていますが、これは大抵の薬に書かれている決まり文句です。全体としてみると、他の薬と比べると副作用のリスクがかなり低いといえます。
ところが、ベリチームには気をつけるべき意外なアレルギーがあります。ブタ・ウシのたんぱく質アレルギーです。ベリチームに含まれるパンクレアチンという酵素はブタの膵臓から作っています。そのため、ブタ・ウシのたんぱく質アレルギーの人がベリチームを飲むと、くしゃみ、涙が出る、肌が赤くなるといった症状が現れる可能性があるのです。
市販薬と同じ成分でできている医療用のベリチームの添付文書には、ウシ・ブタのたんぱく質に過敏症がある人は飲んではいけない(禁忌)ことが書かれています。
医療用の添付文書にははっきりと書かれていることが、ベリチームの市販薬の方には薬剤師か登録販売者に相談してくださいという表現で済まされているわけです。
市販薬の説明書は、こんなふうに案外ザックリとしか書かれていないものなのです。
外箱を読むだけでは情報が足りないことも
購入者の1割は添付文書をほとんど読まないらしい、ということを冒頭で紹介しました。その理由は、私の想像になりますが、飲む時に最低限知りたい重要な情報(1回何錠、1日何回飲むかなど)が外箱に書いてあるからだと思います。添付文書を読まなくても、外箱を読めばだいたいは事足りるのです。
ただ、添付文書を読む必要がないかといえば、そうではありません。
せき止めを例に見ます。アネトンせき止め液という咳止めがあります。添付文書の注意書きにはこう書かれています。
してはいけないこと【守らないと現在の症状が悪化したり,副作用・事故が起こりやすくなります】
2.本剤を服用している間は,次のいずれの医薬品も使用しないでください
他の鎮咳去痰薬,かぜ薬,鎮静薬,抗ヒスタミン剤を含有する内服薬等(鼻炎用内服薬,乗物酔い薬,アレルギー用薬等)
アネトンを飲んでいる間は、他の咳止めは飲んではいけません。これはアネトンに限ったことではなく、ほとんどの市販薬は類似薬を一緒に飲んではいけないと書かれています。
でも、この文言は外箱には書いてありません。購入して、箱を開けて、説明書を読んで、初めて他の咳止めと一緒に飲んではいけないことがわかります。
外箱に書いてある文章は、添付文書のあくまで一部。外箱を読めば添付文書を読む必要はないとはいえません。
添付文書がもっとわかりやすくあるべきという議論が必要ではないか
どうでしょうか。市販薬の添付文書は、薬のことを知らない一般消費者向けに書かれた薬の説明書ですが、意外とややこしく作られています。
これは市販薬の添付文書に限ったことではありません。病院で処方される医療用医薬品の添付文書も、医療従事者からは度々批判の的になっています。そこで、医療用の添付文書の中身は改善の動きが進んでいます。
ですが、市販薬の添付文書に関しては「もっと消費者がわかりやすい表記にしよう」「もっとリスクの程度が分かるようにしよう」といった議論を、私は寡聞にして知りません。あったとしてもまったく盛り上がってないでしょう。
資格者なら目の前のお客さんの役に立ちたい、力になりたいという強い気持ちを抱いていることも間違いないと思います。しかし、お客の立場を思えば思うほど、使い勝手が悪いと感じるのが、いまの添付文書ではないでしょうか?
市販薬の添付文書に最も接しているのは、ドラッグストアで働く資格者(薬剤師、登録販売者)です。まずは私たち自身が問題意識を持つことから始めてはどうでしょうか?
※編集部注)本記事は、以下ブログより転載させていただきました。
追記:
※編集部注)本記事はドラッグストア勤務者を中心とした医療従事