「リテールメディアカオスマップ」解説①

リテールメディアの全体像と押さえておくべきトレンド

株式会社unerry(ウネリー/東京都港区、代表取締役CEO 内山 英俊氏)と株式会社CARTAHOLDINGS(東京都港区、代表取締役社長 執行役員 宇佐美 進典氏)は「リテールメディアカオスマップ2024年版」を作成した。今回は作成当事者の一人である内山 英俊氏とサイバーエージェント社 藤田 和司氏の対談を通じて、作成目的や特筆すべき最近の傾向について解説する。(月刊マーチャンダイジング2024年7月号より転載)

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リテールメディア関連プレーヤーを5つに分類。実績ある企業を明示

藤田 まず、「リテールメディアカオスマップ」を作成した背景などを教えて頂けますか。

内山 2022年から2023年にかけてリテールメディアというテーマで非常に多くの企業がこの分野へ参入しました。あまりに多くの企業が乱立して、だれが何をやっているのかよくわからなくなったというのが2023年の事象でした。アメリカでのAmazon、ウォルマートの成功事例が大きく取り上げられたことも背景にあると思います。

このような状況下、多くの企業の間で様々な取組みがありましたが、そこでひとつ問題となったのが、多くの小売業がどの支援事業者と組めばよいのか、わからなくなったことです。

結果として、“筋の良くない”取組みも生まれ、リテールメディアがうまくいかないという事態も散見されました。例えば、小売から購買データは預かったものの、広告出稿するメーカーが見つからない、そうするとバイヤーが動かざるを得なくなり、結果としてリベートと広告費の違いがわからなくなるという例も多かったように思います。

どのような事業者がどのような価値を提供しているかを整理して、一定の実績や信頼度のある固有の企業名も出して、リテールメディアの全体感を示すことが重要だろうと考えたのが作成の背景です。

藤田 たしかに様々な事業者が出てきたものの、外から見ると何をやっているかわかりづらい、市場として期待も含めて盛り上がっているのに、プレイヤーが整理されていない感じはありましたね。そこを関係各者が思いをひとつにして、どのような企業が何に取り組んでいるかを一覧で皆さんに理解して頂くという初の試みが「リテールメディアカオスマップ」ですね(図表1)。このマップの見方と最近のトレンドなどあれば教えてください。

[図表1]リテールメディアカオスマップ
調査概要

内山 構成する部門は「メーカー」、「小売」、「消費者」の3つです。これは、小売がメーカーから商品を仕入れて消費者に販売するという商流と同じ構図です。ただし、小売事業者が単独でリテールメディアに必要なものをすべて揃えるのは難しいです。従って、それを支援するために様々な事業者が小売部門に参画するという構図になりエコシステム(相互協力関係)が形成されています。それを分解しているのがカオスマップとなります。ここを大きく5つの領域に分けています。

[図表2]リテールメディア関連プレーヤーの領域ごとのトレンド

まず、「小売事業者オウンドメディア」の領域ですが、各社が相当な投資を行いアプリ、店舗サイネージ、ショッピングカート、SNSなどに注力してユーザー基盤が拡大されました。これがリテールメディアの本丸中の本丸で、一定のボリュームの配信が可能になったことが一番特筆すべき点だと思います。

一方で、規模を獲得できない中小の小売事業者は一番右にある広告ネットワークに参入することで規模の問題を解消しています。店舗サイネージ、自社アプリのネットワーク化が進んだと言えます。大手は積極的な投資を行い自社でユーザー数を拡大し、中小はネットワーク化していく、これが合わせて進んでいるのが小売で起きているトレンドです。

次に、左下にある「総合サービス」です。文字どおり、小売事業者に対して、リテールメディアに必要なことを総合的に支援する企業群です。広告代理店やサイバーエージェント様などに加えて総合商社が参画したことで、規模を追求する企業が本丸に加わったことになり、市場拡大には大きな意味があります。これは特筆すべき流れです。

3番目が「データ」です。リテールメディアの核になる仕組みは、消費者から何らかのデータを同意を得た後に取得して、それを小売が持つオウンドメディアや各種広告メディアに流していくことで、しっかりターゲティングや効果計測ができることです。従ってデータプロバイダーは非常に重要です。

こうした事情もあり、データの領域には購買データ、カメラを使った画像データ、位置情報、ビーコンなど実に多くのプレイヤーが乱立しており、サービスの内容や質も様々でした。それらが相当に集約されてきたというのがトレンドです。

4番目が「広告メディア」。元々はプラットフォーマーにおけるオフサイト配信(自社のアプリやECサイト以外の外部サイトへの広告配信)が一定量あったのですが、本丸であるテレビ、CTV(コネクテッドテレビ/インターネット接続テレビ、Netflix、AmazonPrime Video、TVer等々)をどう活用していくのかがひとつのトレンドです。

もうひとつ押さえておきたいのは、決済、およびポイントのプラットフォーマーの存在感が高まってきたことです。

5番目が「ソリューション」。小売事業者が自力で構築が難しい機能についてはデータ整備企業、コンテンツ・クリエイティブ制作会社、UX支援事業者などがサービスを提供しています。ここも相当に玉石混淆の状態でしたが、サービスレベルの高い事業者が選別されてきた感があります。

アプリ、サイネージ、効果計測、配信など、中小企業も多いなかで、リテールメディアとしての条件を兼ね備えたソリューションができてきました。加えて、それらが多様化されているので、この領域では小売事業者から見ても、様々な価値を受けられる企業が増えてきたと思います。

日本のオフラインリテールメディアには高い競争力がある

藤田 リテールメディアカオスマップの作成背景で、支援事業者が小売からデータを預かったのはいいが広告出稿するメーカーが見つからずに小売バイヤーが関与せざるを得なくなった。このようなケースが散見されて、うまく事業が前進しなかったというお話がありました。

もうひとつは、小売が自ら主導してリテールメディア事業を展開する場合、商談の力関係で媒体の売買が成立するというケースも見られたと思います。本来、小売とメーカーが協業しながらつくり上げて、お互いが成果を受けるべきなのに、メーカー側の利益が十分確保できないという状況もありました。

この反省を踏まえて、例えば、支援事業者にいきなり効果を期待するのではなく、効果の定義からまず話しましょうといった、中期的視点で取り組もうという機運が、この1、2年で醸成してきたように思います。

とくにメーカーのなかでは、リテールメディアの担当者を決めるのも難しいことでした。広告なのか、販促なのか、という議論が行われているように思いますが、リテールメディアは両方の特性を持った新しいメディアです。広告として認知を取り、販促として購買につなげる。これが一気通貫でできます。ただ、予算の組み方が広告か販促か決まっておらず、どちらかというとメーカーの営業部が対応することが多く、そうなるとリベートとの違いが曖昧になってきます。

ここ1、2年でメーカーがリテールメディアの部署をつくり始めて、新しい予算を執行するケースが間違いなく増えてきました。

内山 アメリカでは、広告費、販促費、リテールメディア費と予算を3つに分けているメーカーが非常に多くあります。外資系のメーカーは同じような考えを持っているので、日本メーカーもそれに学びつつあるのではないでしょうか。

藤田 日米比較で言うと、リテールメディアを展開している領域もアメリカはオンライン中心で日本ではオフラインが中心です。成熟度という観点から見れば、アメリカの進捗状況の半分程度でしょうか。ようやく効果計測が始まった段階です。この完成度が上がると市場成長には勢いがつくでしょうが、短期的な売上だけでよしあしを判断すべきではないと思います。

内山 おっしゃるようにアメリカはオンライン主流で広がっていき、オフラインも1兆円くらいの市場になっています。日本には正確な市場の定義はまだありませんが、恐らく1,000億円くらいで、市場規模で1桁違います。経済規模で考えてもまだ半分弱くらいの感じでしょう。

ただ、オフラインのコミュニケーション手法としてアメリカと日本でどちらが優れているかというと、日本が相当に優れていると感じます。この分野においてアメリカに展開可能なものもたくさんあると思っています。

オフラインの効果計測の仕組みだとか、オフラインで実際にユーザーに配信する、ショッピングカート、デジタルサイネージの置き方、一つひとつを見ても、かなり洗練されています。非常に細やかで、その辺りには大きな競争力があります。

藤田 本当にそのとおりだと思います。日本のおもてなし、接客文化をデジタルに載せたときに、この競争力は国内だけにとどまらないでしょう。このソリューションを持ってアジアや欧米へ輸出していく可能性は十分にあります。

購買データの共有意識に大きなずれがある

藤田 リテールメディアカオスマップの中にもあるデータが、リテールメディアの中心的な役割を果たす部分だと思います。データを集めて活用するにあたって、unerry様がどのような取組み、役割を果たしているかを教えてください。

内山 私たちは、本質的には“メジャーメント”のプレイヤーであると自らを位置づけています。unerryでは提携する100以上のスマホアプリを通じて位置情報に基づく人流データを取得しています。これと連携して、例えば、自社アプリだけでは得られない、他店での購買データも取得できる仕組みを整えることができます。人流データと購買データの両方があれば、小売アプリを持っていないユーザーの購買状況を捕捉できます。ターゲティングのボリュームを大きくすることが可能になり、それに伴う効果計測ができます。

藤田 リテールメディアに限らず、デジタルを使った施策は効果を可視化して、改善することが大前提です。そこが一番の持ち味だと思います。unerry様のようなプレイヤーが客観的に効果を可視化してくれることは重要な役割です。

データを活用して計測して、次にもっとよくしていくという機運が業界全体で盛り上がっています。一方でデータを活用したいが、思いが空回りする、なかなかうまくいかないといった相談もあるかと思います。内山さんから見て、データ活用のボトルネック、ここは気を付けた方がいいという点はありますか。

内山 いろいろなレベルの話があると思いますが、一番ずれているものがあるとすると、小売各社のデータを活用するにあたっての意識だと思います。メーカーのリテールメディア予算は特定の小売業だけを対象にしたものではありません。本来、小売各社のデータ横断で、商品の売れ行きや購買行動を計測すべきものですが、小売企業からすると自社データをいかに活用するかがテーマになっており、横断的に使うためのデータ整備や許諾が難しい。この状態が続くと、リテールメディアの効果計測は限定的になるので、これを育てたい小売事業者にとっても好ましいことではありません。

unerryの人流データは、独自のIDに基づいて全小売の一定のボリュームを来店計測しているので、モバイルIDがなくても購買データが取得でき、小売業横断の仕組みがつくれます。それを小売が許諾するかが大きな問題なのです。

〜次号へ続く〜

この後、リテールメディアにおけるデータ活用のポイント、活用するために許諾を得るうえでの注意点などを、月刊マーチャンダイジング2024年8月号ならびにMD NEXTにて引き続き内山氏と藤田氏の対談のなかで紹介します。

 

《取材協力》

株式会社unerry
代表取締役社長CEO
内山 英俊氏
サイバーエージェント
協業リテールメディア部門統括
藤田 和司氏