大手消費材卸売業が進めた泥くさい「営業DX」林 拓人氏インタビュー

「業務効率化以上に重要なのは改革を推進する人材育成だ」

至る所からDX(デジタルトランスフォーメーション)推進の掛け声が聞こえてくるようになったものの、実際に業務改善や新規事業創出につなげることができず、暗中模索のままプロジェクトが迷走している…という話をよく耳にする。そこで今回は、大手消費財卸売業で営業部門のDXプロジェクトに関わり、30%の業務時間削減を推進した林拓人氏にお話を伺う。現在はコンサルタントとして流通業各社でDXのサポートをする林氏が語るDXの要諦とは。(月刊マーチャンダイジング2022年9月号より抜粋)

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DXは「泥くさい」ものである

DX推進というと、デジタルだから効率的でスマートに進むものというイメージを持たれがちですが、内実は非常に泥くさいものです。私自身大手消費財卸売業に勤務していたときから、コンサルタントとして流通業のDX推進に携わるようになった現在まで、その「泥臭いところ」に突っ込み、課題を解決することに喜びを見いだしてきました。

日本企業が「DX」に本格的に興味を持ちだしたのは、コロナ禍の始まる2020年からと感じています。

[図表1]デジタルトランスフォーメーションのトレンド推移

図表1は、Googleトレンドで調べた「デジタルトランスフォーメーション」という用語の検索回数の推移です。2020年2月から徐々に検索回数が増え、2021年7月ころまでは上昇基調でしたが、その後下降に転じています。DXという言葉がなぜ衰退してきたのかというと、未来に向かって業務改革を行うより、「既存のビジネス」を進めるのに精いっぱいという状況になってしまっているからではないかと私は分析しています。

ここでいう「既存のビジネス」とは、今、目の前にあるビジネスです。消費財流通でいうと、商品を仕入れ販売するという永く培われてきた、消費者に商品が届くまでの全てのプロセスのことを指します。お客様の満足度向上や、日々の売上目標達成に向け、流通業に関わる方たちは、全身全霊で業務に携わられているはずです。

一方、テクノロジーは急激に進化を遂げています。その進化のスピードと比較すると、既存ビジネスは、もちろん重要な“本業”ではありますが、実は安定した高負荷の労働を生み、それが労働者の目先の充足感をつくり出して、新しいことへの挑戦意欲を失わせてしまうという負の側面もあります。

新しい改革をしようと考えても、日々の作業に時間を取られ、忙しすぎて、推進することができない。経営やDX組織側も、新しい取組みに挑戦したいと考えても、そのため従業員に長時間労働をさせるわけにもいかず、にっちもさっちもいかない状況というのが、あらゆる日本企業が置かれている状況といえるのではないでしょうか?

DXにはトップダウンとボトムアップの2種類がある

DX推進プロジェクトには2軸があると、私は考えています。

ひとつが「現場から積み上げる」ボトムアップの改革です。小さな成功や失敗を積み重ね、会社を良くしようとしてがむしゃらに進めるものです。

もうひとつが、トップダウンの改革で、こちらは企業の経営戦略や、あるべき姿から、未来を予測しつつつくり上げていくものになります。最新のテクノロジーを導入していくことも多く、ある程度の投資が必要となります。

私が推奨するのは、前者の「現場から積み上げていくDX」です。学生時代、受験などに際して、がむしゃらに勉強していた方というのは多いのではないでしょうか。勉強している最中は、ゴールが見えないままでも、目の前にある課題に取り組むうちに、基礎的な学習能力が身に付いているというのはよくあることです。

ボトムアップのDXもそれと同じで、現場の課題を解決する小さなDXを積み上げていくうちに、企業の改革推進の基礎体力が身に付いていきます。そのようにして現場の改革を積み上げていって、ある程度形が見えてきたタイミングで、トップダウンのDXに移行していくべきだと私は考えています。

30%の業務時間削減を実現する「営業DX」

ここで私が関わった、大手消費財卸売業の営業部門のDXプロジェクトについてご紹介します。プロジェクトそのものは、2020年から約2年間かけて行われ、私は営業DX推進室長として、プロジェクトリーダーの役割を担いました。

[図表2]サプライチェーンの全体像と卸売業営業の機能

卸売業の営業職は常に多忙を極めています。小売業さんも商品部やバイヤーの皆様は同じ悩みを抱えていらっしゃると思うのですが、対外的な窓口となる役割は、一様に業務過多の状況に陥りがちです(図表2)。

例えば私は西日本の大手食品スーパーさんの担当をしていましたが、その一社で約500社のメーカーとの取引がありました。500社あるうちの30社で9割ぐらいの売上を持っていますので、その30社とは、頻繁に商談を行う必要がありました。それ以外にも、複数の小売業の担当をしていました。

普段は、「営業の3種の神器」と呼ばれている、メール、電話、FAXで、「あの商品在庫はある?」「あの商品何グラムだっけ?」「見積もり送って」等々、次から次へと問い合わせが入ります。5分に1回は電話をしており、日中はほとんど仕事になりません。というか、これが仕事でした。

したがって集中して行わなければならない作業は残業で対応することとなり、新規の商品発掘や小売業さん、メーカーさんへの提案などは後回しにせざるを得ない状況が続いていました。

工数がかかるのは、小売業さんごとに設定されたフォーマットやオペレーションです。各社基幹システムが異なるので当然ですが、一社毎に丁寧に対応しなければなりません。そして中間流通として、メーカー様との商談や、日々の在庫調整等、目の前の仕事は山のようにあります。

そこで、プロジェクトの目的として、営業の業務を可視化・効率化し、残業時間を減らし、卸売業の営業の本来の役割である、新商品の開拓や、新規提案、データ分析などに時間を割けるようにするということを掲げました。

[図表3]営業DXプロジェクトの推進手順

私たちは、その目的を実現するために、前述した「ボトムアップのDX」を志向しました。まずは着手したのが業務の可視化です。現場のヒアリングなどを通じて業務整理を行ったところ、実は「共通のプロセス」が9割、そして企業ごとに特有のプロセスは1割程度であるということがわかったのです(図表3)。

例えば同じA食品というメーカーさんと商談をするのにも、小売業B社、小売業C社ではそれぞれ違うやり方があるので、フォーマットも違うし、進め方も違う、というのがこれまでの考え方でした。でも業務整理の結果わかったのは、実際はB社、C社の業務で違う部分は10%程度だったということです。

まずは営業を可視化したうえで、共通のプロセスにおける課題を「業務」と「情報」と「組織」と3つに分け、洗い出しを行いました。「業務」は、個別企業の状況に合わせて対応をしているため、業務自体が多様化していて、また属人化しているという課題に行き着きました。

また、「情報」という点では、知識や技術に偏りがあり、例えばデータベースから必要なデータを直接抽出できる人と、そうでない人がいたり、データを抽出できても、整理が得意な人とそうでない人がいる、また情報量そのものが多すぎるという状況が見えてきました。「組織」という点では、組織間の連携がうまく取れておらず、他部署に何かを依頼するのにも非常に煩雑な手順を踏まねばならないという課題が浮き彫りになったのです。

そこで、「業務の属人化や多様化」という課題に対し、共通のプロセスにはデジタルツールを導入することによって、情報の整理と自動化、スピードアップを図りました。

また、「情報が過多で、属人化が激しい」という課題に対しては、チャットツールやだれでも簡単にアクセスできるオープンなデータ基盤の導入を検討しました。

さらに「組織間のコミュニケーション」の問題については業務を可視化することで、組織の役割分担を検討する土台を作ることができました。

このようにして、営業組織において、従来の業務量を減少させ、新しい時間を創出し、営業としての本来の職務に注力することを目指したのです。

プロジェクトを成功させる4つの役割

このプロジェクトは、当初私を含めた数人からスタートし、最終的には現場を巻き込んで大きなチームになりました。プロジェクトの主目的は「新しい時間の創出」でしたが、副産物としてこれらの業務改革を推進する人材を育成することができたのは、非常に価値がある取組みだったと感じています。

私はいま消費財卸売業を離れ、外部のサポーター役として小売業や卸売業、メーカーの複数のDXプロジェクトを支援しています。プロジェクトを進めるなかで絶対に必要となるのが次の図のようなチームによる運営です。

続きは、月刊MD2022年9月号で!

〈取材協力〉

今村商事株式会社
大手消費財流通 企業・Sler各社のコンサルティング
次世代流通 モデル構築プロジェクトリーダー
林 拓人氏