臨床心理士に聞くこころをまもるためのポイント

トップからのメッセージが小売業従業員のメンタルヘルスを守る

新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、ドラッグストア(DgS)をはじめとした小売業界でも様々な問題が浮かび上がっている。特に店頭に立つスタッフはお客からのクレームや商品の買い占めへの対応、品出しの増加などで精神的な負担を抱えており、現場の大きな課題となっている。本稿では店舗スタッフや本部が心がけるべきメンタルヘルスの在り方について考えていく。(取材:MD NEXT編集長 鹿野恵子 文:イシヤママキ)

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強いストレスにさらされる従業員のメンタルケアが急務

企業内のストレスチェックやEAP(従業員支援プログラム)サービス等を提供しているピースマインドの臨床心理士・武田氏は、店舗従業員が抱えるストレスについて、「現状、最もストレスがかかっていると思われるのがお客様からの問い合わせです。問い合わせに対しお客様が納得する答えを持っていればいいのですが、コロナウイルス禍の現状では『マスクはいつ入荷するか?』と聞かれても『わかりません』としか答えられません。これではお客様に納得してもらうのは難しく、ここからトラブルに発展することも考えられます。対処のしようがないクレームに関する悩みを多くの従業員の方が抱えているのではないでしょうか?」と分析する。

国内でマスク等が不足している現状については大多数の国民が理解しており、「入荷は未定です」という返答でほとんどの人は納得する。しかし、一部の「話が通じない」「何を言っても全然納得しない」お客は論理が通じず感情をぶつけてくるため、そういった心無いお客への対応は従業員にかなりの精神的負担を強いることになる。

こういった状況を受けてDgSを含めた小売業界の本部も強い危機感を持っている。地域の健康を支えるため日夜店頭に立つスタッフのためにも、メンタルヘルスケアに対し真剣に取り組む必要があるだろう。

以下、①本部が店舗従業員に対して行うべきケア、②店長やSVなどのマネージャーが店舗従業員に対して行うべきケア、③従業員のセルフケアという3つの切り口で解説する。

①DgS本部が店舗従業員にすべきケア

まず本部が行うべきことは、危機的状況にある現状をしっかりと理解した上で、店舗従業員をねぎらうことだ。

従業員の中には「自分のせいではない」と分かっていても、繰り返し責め立てられることで、ネガティブ思考に陥ってしまう人も出てくる。そのため企業のトップは、この混乱した状況で業務に従事している従業員全員に感謝しているという旨をメッセージとして発信していくべきである。同時にマネージャーや店長に対し、パートタイマーを含めた従業員の精神的なケアをするよう伝え、従業員を取りまとめる彼らのケアは本部が行うという対応が望ましい。

また、「子供を預けられないため出勤できない」など、コロナウイルス禍により店舗の人手不足はさらに深刻なものになっている。とはいえ、本部から現場を預かる店長クラスの社員に「しっかりマネジメントしろ」といったプレッシャー”だけ”をかけることは適切ではない。

企業としては、常に人員を確保したいというのが本音であるし、退職については店舗内で十分に話し合ってもらう必要がある。しかしこういった状況下では、やむ得ない理由で退職せざるをえないケースもあるだろう。その時、本部に必要なのは、辞める人を出さないよう店長にプレッシャーをかけることではなく、辞めてしまった後の人員確保についてしっかりとフォローする点にある。業務の多忙化に加え人手不足を抱える店舗については、本社のサポートが不可欠だ。場合によっては営業時間の短縮や一時休業、モチベーションを上げるための金銭面でのケアといった対応も必要になってくる。

本部と店舗の間で軋轢が生まれないよう、気軽に相談できる専用窓口を設けたり、スタッフから直接トップにメッセージを届ける「ダイレクトコミュニケーション」を取り入れるなど、従業員のメンタルを支えるための仕組みを導入するのも一つの方策だ。

 

②店長やSVが店舗従業員にすべきケア

次にSV(スーパーバイザー)や店長が、店舗従業員に対して行える精神的なサポートについて考えてみよう。たとえば言葉を尽くしてもなかなかご理解いただけないようなお客に対応した従業員が疲弊していた際、接客後にバックヤードなどで話を聞いてあげれば、その従業員のストレスは軽減する。これは心理学で言うところの「デブリーフィング」のようなものだ。

大きなストレスがかかった人をそのまま放置していると、その後もストレスが蓄積し続け、深刻な状況に陥ることもある。大変な接客をしているスタッフを見かけたら、店長などが応対を変わることもひとつの手だが、それができない場合は、前述のように一度仕事を中断し、従業員の気持ちを一通り聞いてクールダウンすることが重要なのである。

現在のような状況が長引けば、心身の不調を訴える従業員は増えてくるだろう。精神的な疲労のケアについては、とにかく早期に行ったほうが良い。たとえば従業員から「精神的に参っている」という相談を受けた場合、休暇を取った3日後に職場復帰すれば大きな問題にはならないだろう。

最も気を付けなければならないのは、責任感等の理由から従業員が無理をし続けてしまい、仕事を継続できなくなってしまうことだ。そのため店長やSVは日頃から従業員とのコミュニケーションを密にし、朝礼などの際に無理をしないことを繰り返し伝える必要がある。

また体調や精神的なストレスについて尋ねる際も、「大丈夫か?」という聞き方では大抵の人が「大丈夫」と答えてしまう。これは「はい」「いいえ」のみで回答する「閉じられた質問」とも呼ばれ、相手の本心が聞き出しにくい。そのため、「夜ちゃんと眠れているか」「昨日のお客はどうだったか」というような、相手が具体的な返答をしてくれる「開かれた質問」で、従業員が安心して話せるような環境を作ることも大切だ。

③自身で心がけたいメンタルケアの方法

店舗従業員が自身で身を守ることも重要だ。精神的に無理をして働くことのデメリットは、会社、管理者、従業員全てが認識しなければならない。

精神的、肉体的な不調として表れやすい症状が睡眠障害だ。人間は交感神経、副交感神経の2つの神経のサイクルがある。起きて活動している時は交感神経が優位となり、休眠を取るときは副交感神経が優位となる。ストレスがかかっている時は、脳が活性状態を維持し続けてしまい、眠れなくなる。

睡眠障害が発露となり、そのまま体調を崩すケースも増えている。「もうだめだ、きつい」という状態になってからでは、医者に診てもらっても「仕事をしばらく休むように」という返答しかない。少しでも違和感があったら会社に相談し適切に休むことが、結果的に本人・会社ともに最善となる。プライベートの時間に楽しいことをする、ほっとする時間を作るというのも、セルフケアのために必要だろう。

もうひとつ大切なのが「認知の修正」と呼ばれる、話の捉え方を変える考え方だ。

ストレスへの対処法には「積極的対処法」「消極的対処法」の二つがあり、「認知の修正」は前者の「積極的対処法」の一種、「自責」は後者の「消極的対処法」の一種である。

最もストレスがかかるのは理由が分からない、もやもやした「悩む」状態だが、「自責」は「自分が悪い」という答えを与えることで悩みを解消しようとする。この場合、自分が悪いと決めることで一時的にストレス軽減にはなるが、最終的にはマイナス感情が蓄積していき、ストレスが増加し続けてしまう。

それに対し「積極的対処法」は、「認知の修正」による発想の転換や、ストレスの原因に対し根本的な解決を図るといった方法をとることを指す。たとえば理不尽なお客の応対については、「このお客は世間に対する怒りを消化できず、自分に対して怒りをぶつけている」と認識を修正することで冷静に対処できることができるはずだ。

先の見えないコロナウイルス禍で、国民全体が大きな不安を抱えている。DgS本部は前線で働く店舗スタッフを精神面でサポートし、信頼関係を構築していくことがこの状況を乗り切るカギとなるだろう。

■取材協力
ピースマインド株式会社(https://www.peacemind.co.jp/
公認心理師 ・臨床心理士・国際EAPコンサルタント
武田英彦氏

 

※2020/05/15 追記 記事タイトルを変更しました