日本ではEC販売を先行スタート
デカトロンは1976年フランス北部の街リールで誕生。スポーツを愛する人たちが、より多くの人に「スポーツの喜びと恩恵を提供する」ために創業、その精神はいまでも脈々と受け継がれている。
世界55ヵ国に1,500店以上出店しており、2018年のグローバルの売上高は約1兆3,000億円。日本では2015年からEC(インターネット販売)を先行スタート。2017年には大阪にデカトロンラボという小型の実験店を出店。2019年3月に兵庫県西宮市のショッピングモール「阪急西宮ガーデンズ」内に日本1号店をオープンした。
アジアでは2003年上海に中国1号店を立ち上げ、現在289店以上を中国に出店している。店舗数では世界の中でもフランスの319店と双璧をなしており、中国はデカトロンの主要営業エリアとなっている。
その他アジアではインド、マレーシア、ベトナム、カンボジア、インドネシア、タイ、フィリピン、シンガポール、台湾、韓国で営業。いわゆる先進国だけでなく、発展途上国へも出店。
経済力だけが進出の基準ではなく、より多くの人にスポーツを楽しんで欲しいという同社の姿勢が見える。
中国は人口や経済の成長性、競合状況などからキーになる市場ということで早期に出店しており、日本はアジアでは後発の出店となる。スポーツが盛んで経済力のある日本市場を同社では有望視している。
店舗での体験を重視。オムニチャネルを促進する
兵庫県は六甲山系がありマウンテンスポーツやトレッキングが楽しめる。また武庫川水系、揖保川水系などの河川、須磨海岸や但馬海岸などウォータースポーツ、マリンスポーツを楽しむ環境も整っている。こうした同社が取り扱うカテゴリーのスポーツを楽しめる豊かな自然環境を備えていること、人口豊富な大きな都市に近いことで兵庫県西宮市が日本1号店の出店地に選ばれた。
デカトロンは今後は1年に2、3店ほど出店したいとのことで、社内には店舗開発チームがある。出店した地域でスポーツを振興させたいというローカル意識も高い。
一方で実店舗より前にECによる販売を開始しており、実店舗の出店と同時にデカトロンの認知率を上げ、ECの販売も強化していく。リアル店舗で商品を見て体験しECで購入する、ECで商品を見て実店舗で体験して購買するなど、ECと実店舗の相互利用、オムニチャネルを進めていきたい考えだ。西宮店内にもデカトロンのサイトとつながったモニターが設置されており、情報の検索や商品の注文が店舗からできる。
送料は全品無料のキャンペーン実施中、13時までの注文は当日に出荷する。ECサイトは見やすく探しやすい。「イメージと違った」という理由による返品もOK(返品条件の規定あり)。筆者もECサイトから購入してみたが配送は迅速でストレスはない。アマゾン(プライム会員)の買物体験に近い印象。配送センターのオペレーションは相当に効率化が進んでいるものと推測できる。
EC比率は開示していないが、このあと紹介するように、商品のクオリティは高く価格は非常に値ごろ感がある。
デカトロンの認知率が高まればECによる販売が加速度的に高まることも予想される。
人口が多くスポーツが楽しめる自然環境を備えた主要都市に出店し、消費者はそこでショールーム的に商品を体験し、実店舗およびECで購入するというパターンが増えるのではないか。
スポーツ愛好家、ユーザーの声を聞きながら開発
デカトロンでは、携わる者すべての情熱が込められているという意味で「パッションブランド」と位置付けられる自社ブランドをスポーツごとに設けている(図表1)。
スポーツの数はグローバルでおよそ100種類、日本のオンラインでは80種類、デカトロン西宮店では約30種類のスポーツに関連する商品を販売している。ヨーロッパでの競技人口が少ないため野球のブランドがなく問い合わせも多いことから、日本と台湾のチームで現在開発中、近い将来店頭に商品も並ぶ。
[図表1]デカトロンの扱う主要スポーツとパッションブランド名
同社の開発体制はユニークで、開発チームのメンバーは全員そのスポーツに精通した愛好家である。「研究開発センター」と呼ばれる、そのスポーツを楽しむ施設(競技場)、ショップ、研究開発室が一体となった大型の施設をヨーロッパを中心に9ヵ所展開している。
たとえば、サッカー、バスケットボール、その他チームスポーツのブランドであるキプスタは、フランス・リールに4万5,000㎡の広さにサッカー、ラグビー、バスケットボールなど20種類のスポーツができるピッチと研究室を兼ね備えた「キプスタジアム(Kipstadium)」という施設を保有(写真1)。
プレーする人たちからの声を聞き、また開発者自身もスポーツにいそしみながら商品を開発・改良していく。ゴルフブランド、イネシスは「イネシスパーク」と呼ばれる研究開発センターがフランス・リールにあり、敷地内には研究室のほか、ハーフのゴルフコース、ドライビングレンジ(打ちっぱなし場)、ショップを併設している。
[写真1]研究開発拠点「キプスタジアム」
このように、開発チームのメンバーはエンジニアリングやマーケティングなど役割に必要な専門知識・技術を持ちながら、自らも担当するスポーツを楽しみ、利用者の意見を吸い上げられる環境にあり、アクティブなユーザー目線で商品開発をしている。
SPAで高機能の商品を魅力的な価格で販売
こうした開発プロセスからは、定番商品が常に改良されていくことに加え、革新的な機能を備えたこれまで市場になかった商品が生まれている。たとえば、(SUBEA/スベア)というシュノーケリングのブランドで開発された「イージーブレス」というシュノーケリングマスク(写真2)は、バルブを口にくわえず、顔全体に密着させたマスク内で口と鼻を使って自由に呼吸することができる。シュノーケリング好きの開発チームがもっと簡単に楽しみたいというニーズに焦点を当て実用化に至ったものだ。価格は税込みで4,090円、子供が楽しめるサイズもある。
その他、2秒で開くテント、ネットや支柱をコンパクトなサイズにまとめて持ち運び自由にしたポータブルバドミントンセットなどは画期的な商品で販売も好調。とりわけバドミントンセットは同店の売れ筋商品である。
「より多くの人にスポーツの喜びと恩恵を提供する」という企業理念のとおり、商品は機能、価格を含めスポーツを始めやすく、自分のレベルに合わせて長い間楽しめるように設計されている。
「スポーツへの垣根をなるべく低くしており、商品のコンセプトはアクセシブル(accessible)、手に入れやすい、手軽に使える、スポーツに手が届きやすいことです」(デカトロンジャパン広報・PR 仲 志乃生氏)
その考えがもっとも当てはまるのは価格だろう。SPA(製造小売業)という手法を取ることで、開発・製造・物流・保管などのサプライチェーンを効率的に整備でき、グローバルで製造するのでロットが大きく、スケールメリットが出て価格を低く抑えられる。店内のほぼすべての商品にはRFIDタグが付けられており、おそらくは緻密な在庫管理や需要予測でロスの少ない生産を行っているとおもわれる。
こうした生産体制により、競争力のある商品が値ごろ感のある価格で販売できる。一例を挙げると、ケシュアの登山・ハイキング用10ℓのバックパックは390円(税込み)、ECで購入しても今ならキャンペーン中なので送料はなし。アクセシブルな価格だ。ほか、ECサイトを見ればわかるが、機能性が高くデザイン性にも優れた商品が魅力的な価格で販売されている。
ターゲットはとくに設定せず、そのスポーツを楽しみたい老若男女。ただし子供にはキッズサイズが用意されており、子供に対するアプローチが充実しているのも特徴。子供のころからスポーツ愛好者を増やしたいという同社の戦略が見える。
また、安全にスポーツを楽しむというポリシーもあり、各商品の安全性に注力していることに加え、防護用の商品も充実している。
ターゲットは特定しないが、自分のレベルに合わせて商品を選ぶことができる。多くのブランドでは初級、中級、上級とレベルに合わせた商品を用意しており、レベルが上がるにつれ機能性は高くなり、価格もそれに合わせて上がるという構造になっている。
専門家がカウンセリング担当。体験を重視したオムニ化を進める
デカトロン西宮店の売場面積は約1,800㎡(約550坪)、グローバルでは約3,500㎡(約1,000坪)を標準としているので、同社の中ではやや小型に属する。
売場レイアウトは、入り口にプロモーションスペース、続いて「TRY ME!(私を試して)」と呼ばれる体験スペースがあり(写真3)、シーズンやタイミングに応じて展示内容は変わる。取材時の体験スペースでは、ミニバスケットボールやバドミントンなどの展示があり、平日だったが小中学生、親子連れでにぎわっていた。
[写真3]TRY ME!スペース
[写真5]ポータブルバドミントン
[写真7]スタンダップパドル
売場レイアウトは主通路を入り口から奥まで一直線に通す「I字型」、各通路の入り口にある棚にスポーツ名がわかりやすく大きく表示されている(写真4)。定番売場でも体験用の商品が置いてあり、試せることを重視している。
[写真4]主通路
主通路に近い方から、初心者用で低価格な商品が陳列され、奥に行くほど中級、上級とレベルが上がり価格も上がっていく(写真8)。
[写真8]レディース ウォーキング売場
売場には常時20人ほどの担当するスポーツに精通したスタッフがいて、基本、声掛けなどはなく、お客から質問、相談があれば専門知識を生かして対応する。
ちなみにウォーキングの担当者は競歩のインターハイや国体の出場経験があり、ウォーキングシューズのソール(靴底)の構造などを詳しく説明してくれた。趣味レベルから大きな大会への参加経験者まで、担当するスポーツへの関与度はさまざまだが、採用条件にはスポーツの好きな人、経験者といった基準があり、カウンセリング能力は当然高い。「スポーツリーダー」というマネージャークラスの店頭スタッフが14人いて、店長とは別にその日の売場責任者を交代で任される。責任者の胸にはC(キャプテン)マークのワッペンが付けられている。コーチとゲームキャプテンという発想だろう。
プレー(営業)中は選手(店頭スタッフ)が試合を組み立てていく自主性が必要となる。また、地域のニーズやどのスポーツが盛んかなど、エリアに関するマーケティングも売場スタッフが担当することになっている。状況を見て考えながら店づくりや品揃えを組み立てていくという、サッカー的なスポーツ感覚を感じる。
買物するためにはデカトロンの会員登録が必要となり、スマホから登録できる。キャッシャーはレジ11ヵ所を設け、商品にはRFIDタグが付いているので、精算は速い(写真9)。
[写真9]精算レジ
デカトロンはスポーツ関連商品を販売するが、ウェアやバッグなど日常生活でも使えるデザイン性に優れた商品が豊富でヨガ、スポーツウェアを普段着として着用する「アスレジャー」といわれるジャンルでの品揃えも豊富(写真6)。ユニクロをはじめとするアパレル業界とも競合できる商品力を持っている。
[写真6]スポーツウエアも充実
また、先述のとおり独特な商品開発スキームを持ち、SPAという特性も生かし競争力のある商品を値ごろ感のある価格で販売する。詳細な取材はできていないが、RFIDタグを活用していることなどから、ITによる業務の効率化、デジタルマーケティングを含むEC促進も相当に進んでいると推測できる。
従業員の育成、体験型を重視した店舗運営にもオリジナルな文化を持つ。ユニークな商品開発、ECを活用したオムニ戦略などにはドラッグストア、他業態も大いに参考にすべき点がある。