濫用等のおそれのある医薬品の個人情報記録・保管の問題点
『医薬品の販売制度に関する検討会』で話し合われた一般用医薬品の販売規制で特に問題なのが、(1)濫用等のおそれのある医薬品の販売制度に関する問題、(2)一般用医薬品の分類と販売方法に関する問題の2つである。
(1)濫用等のおそれのある医薬品の販売規制で問題なのは、A.購入者の個人情報の記録・保管、B.購入者の手の届かない場所に陳列することなどが盛り込まれていることだ。
A.購入者の個人情報の記録・保管に関する規制強化に関して、『医薬品の販売制度に関する検討会』のとりまとめ資料によると、濫用等のおそれのある医薬品は、原則一人一包装単位の販売とすると書かれている。
また、「ア.20歳未満の者による購入の場合、イ.20歳以上の者による複数個または大容量製品の購入の場合」などについては、「購入者の氏名等を写真付きの公的な身分証等の氏名等を確実に確認できる方法で確認を行い、店舗における過去の購入履歴を参照し、頻回購入でないかを確認する。また、販売後にはこれらの情報及び販売状況について記録しその情報を保管する」と書かれている。
JACDS(日本チェーンドラッグストア協会)は、「購入者の氏名・年齢等を記録・保管すること」に明確に反対している。反対の理由は、顧客管理のためのシステム開発費や運営コスト等、ドラッグストア等の販売店への負担があまりにも大きいことだ。また、個人情報保護の観点からも、サイバー攻撃による個人情報漏洩のリスクがあり、個人情報の記録・保管に拒否反応を起こす消費者も多い。過剰な「本人確認」は医薬品購入の心理的なハードルになり、セルフメディケーション推進を大きく阻害することになる。
そもそも個店で個人情報の記録・保管を行ったとしても、近隣の店舗で買い回りされれば、濫用を防ぐことはできない。検討会構成員からも、過剰な規制に対する濫用防止対策としての実効性の低さついて、「バランスを欠いた措置」との指摘があった。
令和6年(2024年)3月22日に開催された厚労省の「医薬品等行政評価・監視委員会」において、委員長を務める慶應義塾大学大学院法務研究科の磯部哲教授は、この規制強化について「確信犯的に買い集めようとしたときに、本当にそれで防げるのか」と疑問視した上で、20歳で区切る「合理的な根拠が必要」と指摘し、エビデンスに基づかない検討会のとりまとめ内容に疑義を呈した。規制改革推進会議など各方面からも同様の指摘がなされており、検討会の議論の進め方そのものに疑問が投げかけられている。
濫用等のおそれのある医薬品の陳列方法の変更の問題点
濫用等のおそれのある医薬品の販売規制の第2である「B.購入者の手の届かない場所に陳列すること」に関しては、その医薬品を必要とする購入者の利便性が著しく損なわれる過剰規制である。
現物は医薬品カウンターの中、「売場は空箱陳列」という運用が想定されるが、このような規制強化は現実的ではない。約1500アイテムもあるといわれている濫用等のおそれのある医薬品の空箱陳列は、市販薬メーカーの大きなコスト負担につながり、ドラッグストア等の販売店のオペレーションの煩雑さにつながる。
濫用等のおそれのある医薬品について、若年層による濫用が社会問題化しているため、その対策は必要である。薬剤師・登録販売者が、濫用等のおそれのある医薬品の販売に際して、適切に関与する必要があることに異論はない。一方で、多くの適正使用者のアクセスを阻害しないことや販売現場を疲弊させることのない、実態に即した販売方法の検討も重要であろう。
濫用等のおそれのある医薬品とは、「エフェドリン、コデイン、ジヒドロコデイン、ブロモバレリル尿素、プソイドエフェドリン、メチルエフェドリン」の水和物及びそれらの塩類を有効成分として含有する製剤のことである。
一般用医薬品の濫用事例を示す文献である一般用医薬品による中毒患者の現状とその対策」(廣瀬正幸他 日臨救急医会誌・JJSEM)では、「本検討では『濫用等のおそれのある医薬品』として指定されている鎮咳薬による薬物中毒患者は全体の6%と決して多くはない」と書かれている。リスクの低さに対して過剰規制であると思う。
医薬品販売のあり方について、今後、細かな運用ルールはガイドライン等を作成することになると思われるが、セルフメディケーションの推進を阻害しないように、国民のための販売制度になることが求められる。
登録販売者の多くは医薬品の説明責任を果たす
規制強化の第2は、(2)一般用医薬品の分類と販売方法に関する問題である。この問題に関しては、A.第二類医薬品と第三類医薬品を統合することと、B.薬剤師等(登録販売者含む)をレジ等に常駐させることと検討会の資料には書かれている。
この規制強化が進むと、薬剤師が不在時には販売できない第一類医薬品と同様に、登録販売者がレジにいなければ第二類、第三類医薬品を販売できなくなる。地域の購入者の利便性は著しく損なわれる。ドラッグストアつぶしを意図したと勘ぐりたくなるほど時代に逆行する規制強化である。
検討会のとりまとめ資料によると、「薬剤師・登録販売者は必要な情報提供などを行った上で医薬品を販売するという役割を担う専門家であり、薬剤師・登録販売者が一切関与しないまま医薬品が販売されるべきではない」と断言している。
この規制強化の背景には、検討会での「登録販売者は医薬品に関する説明責任を果たしていないではないか」という指摘がある。しかし、その指摘を裏付けるようなエビデンスは一切示されていない。
一方で、厚労省の「令和4年度医薬品販売制度実態把握調査結果」によれば、「第二類医薬品等を販売する際の対応状況」として、「相談内容に関して、適切な回答があった」のは、店舗販売業全体で99.1%であった。また、「その相談に対する回答が薬剤師または登録販売者により行われた」のは、店舗販売業全体で90.8%であった。さらに、「濫用等のおそれのある医薬品を複数購入しようとした時の対応」について、「販売方法が適切であった店舗の割合」は店舗販売業全体で76.9%(令和3年度調査では、81.9%)であったことが示されている。
この調査結果を見れば、濫用等のおそれのある医薬品の販売対応については、更なる改善の余地があると言えるが、その他の一般用医薬品について、既に一定の説明責任を果たしていると言えるのではないだろうか。
大手ドラッグストア幹部からは『一般用医薬品を販売する際、お客様に対して「お薬のご説明は必要でしょうか?」と質問しても99%の方が必要ないと回答される。それどころか、「昔から使っているので説明は必要ない。いちいち聞くな!」とクレームに発展することすらあるとの声が聞こえる。この規制強化は誰のためのものなのだろうか?一般用医薬品は「購入者の選択により使用されることが目的とされている医薬品」であることを踏まえれば、このような購入者の声も十分に考慮する必要があるだろう。
そもそも従来の一般用医薬品の安全性・適正使用は十分に担保されてきた。たとえば、第三類医薬品の副作用報告割合は「0.00002%」と極めて低く、極めて安全であることが証明されている。
業界関係者の幹部からは、「エビデンスのない第二類医薬品と第三類医薬品の統合には反対し、現行の医薬品区分と販売制度の維持が必要ではないか」という意見もある。
ドラッグストアは地域の健康を守るインフラである
日本のドラッグストアは、総売上高9兆2,022億円(内調剤売上1兆2,811億円、一般用医薬品売上9,906億円)、総店舗数は2万3,041店舗(2023年調査)と全国に店舗網がある。出店立地は都市部だけに止まらず、郊外立地、田舎立地、離島・へき地にも店舗展開している。ドラッグストアは、コンビニに次いで店舗数が多く、地域社会のインフラである。
しかも、医療機関、調剤薬局の多くが休業する土日祝日(年間120日)も営業し、夜間の時間帯に営業する店舗も多い。急な体調不良の際にも、必要な一般用医薬品をすぐに購入することができる。ドラッグストアにおける一般用医薬品の販売金額は約1兆円と市場シェアの約80%を占めている。ドラッグストアで一般用医薬品を販売促進することで、セルフメディケーション推進、医療費軽減化に大きく貢献している。
すでに地域の健康を支えるインフラであるドラッグストアの一般用医薬品の販売規制強化は、地域生活者の利便性を著しく損なう過剰規制であり、セルフメディケーションの推進による医療費削減に逆行する間違った規制強化である。地域インフラであるドラッグストアの健康ステーションとしての灯を消してはならない。
※この記事は紙のメディアである月刊MD(マーチャンダイジング)と、無料閲覧できるウエブメディアMD NEXTの両方で掲載しています。とくにMD NEXTの記事に関しては拡散していただき、一般用医薬品規制強化に反対する機運を盛り上げましょう。