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結果評価から行動評価へ転換し新しいチャレンジを促す
藤田 前回の対談で、1,200店舗の富士薬品(セイムス)さんで、実際に可変の発注パラメータを変えたのはひとりだけだった、というお話がありました。やはり失敗するかもしれない新しいチャレンジや判断を避ける傾向はどこの組織にもあると思います。
私はデジタルに取り組んでいく中で一番大事な姿勢はフェイルファスト(Fail Fast)、とにかく早くたくさん失敗することだと思っています。それが結果的に成功に辿りつく最短距離だという前提で事業運営をしています。
そのためにはチャレンジしたことが褒められるような評価体系、組織文化を作ることが一番大事だという話をよくします。佐々木先生はそのあたりどのようにお考えですか。
佐々木 私の場合、結果評価は2の次3の次と考えています。特に新規プロジェクトは、ひとりの人間のパフォーマンスだけで結果が出るようなものではありません。
一番必要なことは行動評価です。きちんと行動評価をするためには、前提として業務を遂行するために必要な知識、技術、そして経験をきちんと評価しないといけません。
しかし日本の場合はどちらかというと、この部下はちゃんと自分の言うことを聞いてくれるからと評価する傾向が強いです。
つまり、ハロー効果(ある対象を評価するとき、その一部の特徴的な印象に引きずられて、全体の評価をしてしまうこと)で評価することが多いし、企業内で偉くなればなるほど数字の内訳を把握しなくなっていく傾向があります。一方で最終的な数字だけ見て、現場には売上、粗利と叱咤激励しているケースが多いのが現状だと思います。
本来的には、結果責任、数字評価は役員クラスしか追わない、そしてその役員たちが日々細かい数値指標に意識を集中しながら舵取りをしていくべきだと思います。
そういった意味では、何か特別な新しいことをするというよりも、今までの自社の評価制度が正しくなかったとトップが認識した上で、知識・技術・経験をもとにした行動評価はどうあるべきかをトップ主導で考えて、軌道修正していくことが必要だと思います。
DX時代のスキルアップ 行動評価の仕組みづくり
藤田 今、行動評価軸としての知識・技術・経験といったお話がありましたが、年齢層が高くなると最新のテクノロジーをうまく使いこなせなくて、上司よりも部下のほうがそのあたりがわかっている、といったことが実際色々なところで起こっていそうですが、こうした状況はどのようにお考えですか?
佐々木 確かにその側面はあると思います。部下の知識教育を行い、経験値を増やしてあげる、これをきちっとできるのが上司の本来の役割です。
しかし、実際には上司が部下のやっていることがわからない、という状況が発生している。わからないから良きにはからえ、ということで部下に丸投げする結果、個人ごとにやり方が違う状況になり業務の標準化や全体最適がなされない。
この状況を変えるには、海外では当たり前ですが、まずは今までの惰性でやっていた仕事、業務を改めて棚卸した上で業務要件を明確にし、必要な業務を行う上でどのような知識・経験/スキルセットをもった人が必要なのかという関係をはっきりさせるべきです。
その上でそのスキルセットを身につけるために必要な教育・経験は何かというところから組み立ていく必要があると思います。
外部との協業に必要なプロジェクト管理についても、プロジェクトマネージャーは小売の現場のオペレーションが理解できている自社の人が本来中心にならなければいけない。小売企業は自社の優秀な人材に対してそういった経験をさせる場を与え、訓練する必要があります。経験を積んでいくことでより外部の知恵やテクノロジーを自社のニーズに合わせて柔軟に使いこなすことができるようになるわけです。
テクノロジーについて行けない中高年、というところでは朗報もあって、先日リリースされたChatGPTはフローチャートを入れるとプログラムも書いてくれるようになりました。
今まで難しい言語を覚えないとプログラムができませんでしたが、これからはやりたいことだけ伝えればAIがやってくれるようになる。ちょっと勉強したぐらいじゃ追いつけないと思って諦めてテクノロジー否定派になっていた人たちが、気軽に活用できるようになるのなら、自分達がこれまで通り主役で会社を動かせる、というふうに自信を持たせることができます。こういった流れをうまく取りこめれば、会社そのものが大きく変わるきっかけになってくると思います。
DXにまずどこから取り組むべきか
藤田 今後、小売企業がデジタルをより積極的に活用する上で最初は小さく始めて、成功例を作っていくという形になると思うのですが、個別の成功事例がバラバラに存在しているといった形になると全体最適を実現するのが難しくなると思います。
全体をつなげていくというのがデジタルの良さを発揮していく上で大事な観点と思っているのですが、ではどこから始めていけばいいのか、というのが非常に難しい話です。そのあたりについて佐々木先生はどのようにお考えでしょうか?
佐々木 もともとアメリカでデジタル化が一気に進化したのは、最初は在庫戦略です。小売企業としてまず何から手をつけるか、というところでは在庫データ、あとは在庫に準ずるような販売データなど数量で捕捉できるデータの可視化・共有化の優先順位が高いです。できるだけリアルタイムで各部署が必要データにアクセスできるようにする、それによってより迅速な判断、対策が打てるようにすることです。
まずは小売企業内部でのデータ共有が大事ですが、次の段階としては全体最適という意味ではいかにメーカーさんを中心とした外部と情報を共有するかというところが本当の意味での小売業DXにとって重要になってきます。
例えばアメリカのリーバイスなどは、ウォルマートやターゲットなど色々なジーパン売場で2000年代初頭からちゃんとRFIDタグをつけて、そのデータを見ながら商品を補充したり、品揃えを変えていくということをやっているわけです。
今ようやく日本でもRFIDタグの話が増えてきていますけど、彼らは20年前からやっているんですね。これによって彼らは全体の最適化をメーカー主導でやってきましたし、その取り組みは小売にとってもメリットがあるからずっと続いています。
こうした小売とメーカーが協力して最適化を図っていくということがこれから日本の小売に求められると思いますし、その上で最適化を本気で考えている人にとってみればリアルタイムなデータがないと判断できないのでそういった意味でのデータのリアルタイム性はますます大事になってくると思います。
藤田 われわれがこのデジタルの施策をやっていく上でも、結果の計測みたいなものが絶対に必要という前提で、計測して改善していくということを基本的に繰り返していきます。改善が前提なので、デジタルの世界では世に出た瞬間に百点満点である必要はなくて、60点からスタートしてそれが80点、 90点になっていけばいい、という考え方なんです。
そういった意味でお話いただいたリアルタイムでデータを確認できて各種判断に活かしていき、改善につなげるというところは共通する部分かと思います。
今後求められていくデータを起点としたアプローチ
藤田 小売のDXというところで言いますと、店舗とデジタルの境をなめらかにしてシームレスな購買体験を提供していくといったオムニチャネルの話がウォルマートが先行するかたちで進んでいると思うのですが、そのあたり日本での取り組みと比較した場合の違いの部分についてどのように見ているのか聞かせていただけますか。
佐々木 例えばウォルマートはお客様がスマホを持ちながら店舗で買物する体験をどう構築するか、など新しい取り組みを行う際、実験的に数店でだいたいどこの企業よりも早く実験を始めます。
実際に始めてみてお客様の行動、売れ行きなどが想定したものとずれる場合には、すぐその実験をやめるんです。だから基本的に実験するのが早いけれど、やめるのも早い。それはやっぱり現場のお客様が結局どういう買物するかを分析する仕組みがすでに出来上がっているからなんです。その分析手法があるからスピード感のある判断ができる。
藤田 私もそこは本当にすごいなと思っていまして、例えば商品をピックアップする店内のロボットの導入なども、結局人がピックアップした方が早いといってロボットの契約を打ち切りにしたりとか、スマホ決済は万引きがすごいからやめてしまう、とか、あの辺りの経営の判断の速さというのは現場のお客様分析が基本にあるんですね。では、データの活用という点でウォルマートはどのようなアプローチを行っているんでしょうか?
佐々木 例えば日本では牛乳という商品の分類があってその牛乳の分類の中に1ℓ、200mℓという商品があるという考え方なのですが、ウォルマートはTPOS(時間、場所、場面、ライフスタイル)が違うと同じ牛乳でも1ℓと200mℓは買うお客さんも違うし、買う時間帯も違うから別の分類として考えるわけです。
ウォルマートのすごいところはデータマイニング(大量のデータを元に統計学や人工知能などの分析手法を駆使して「知識」を見出すための技術)によって、販売の需要曲線を商品ごとに分析して、同じ時間帯に同じように買う商品をグルーピングしながら商品の選定、陳列を決めています。
日本の小売が感覚的に人の手によって商品マスタに登録しているのと比較して、ウォルマートはデータドリブン(データに基づいて判断すること)で動いてるいので全くアプローチが違うといえます。
ウォルマートはこういったデータドリブンな判断を実現するためにDWH(データウェアハウス)を作ってそこにデータを集めて時間帯別の販売データなど、全部の単品データを積み上げて需要曲線を解析しています。
ある時点で同じような需要曲線を描く商品群があったとしても、それがずっと続くわけではないので、定期的にグルーピングを変えなければいけない。
あるグループの中から予測通り売れない商品が出てくるとこれは顧客の購買動機が変わってきている、というふうに見るわけです。これは御社がやっているABEMAなどもそうだと思いますけど、今のデジタルで先行する企業は全部顧客の行動を分析してサービスを随時アップデートしてますよね。そのあたりが本当の意味でのDXをウォルマートが実現できて、日本の小売業が対応できない一番大きな違いになるかなと思います。もともとの発想方法が全然違いますね。
今後小売業はAIをどのように活用するべきか
藤田 少し話は変わるのですが、佐々木先生とお話していてChatGPTについて触れられることが多いと思うのですが、Chat GPTに限らず生成AI(学習済みの大量のデータのパターンや関係を学習し、新しいコンテンツを生成するAI)がこれから広く社会に浸透していくだろうと思いますが、特に小売の現場においてどのあたりで活用できると思われますか。
佐々木 一番即効性がありそうなのは、本部と店舗のコミュニケーションの改善です。問い合わせ対応で、本部の人間が電話を持っている時間が長い、メールをしている時間が長い、でも内容を見てみると同じことを繰り返し聞かれてるよね、ということがたくさんあるわけです。
チェーン店では店数が増えるほど、1店舗で聞きたいことは他の何10店舗でも同じように聞きたい、となる。それをナレッジとしてひとつにまとめておけば、簡単に回答できます。
チェーンストアとして“わが社のベスト、ベターを見つけてこれを速やかに水平展開する”という一番重要なことがこれで実現できるわけです。
業績の良くない会社は、我が社のやり方では今何がベストなんだ、ベターなんだって言われた時に人によって回答がバラつくわけです。でも、例えば我が社でお客様に一番人気ある商品何?と言われても、やっぱり業績の良い企業さんは「これ」と皆同じことを答える。
ちょっと古い活用方法になりますけど、ナレッジの活かし方っていうところで最初に入りやすいのはこの辺の領域かなと思います。
藤田 確かにそうですね、それなら明日からでもできそうですね。確かにChatGPTを使った社内利用のQ&Aサービスが結構伸びているという話を聞いていまして、まさに先生がおっしゃった通りだなと思います。
本部に対して色々な店舗、部門から同じような問い合わせが来るという課題に対して返す手間を減らしていくというのもそうですが、回答の品質を一定にしていく、という意味でもQ&Aに生成AIを使っていくというのは非常にいいな、と思いました。
佐々木 あとは店長日報にしても、決まった項目について報告内容を話しかければあとは自動的にレジのデータなどを組み合わせて店長日報を作るといったことも考えられます。やはり従業員のパソコン仕事、電話仕事をいかに無くせるかが大事なポイントで、結果として顧客に向き合う時間を増やすことが売上増加につながります。
デジタル化やAIの恩恵を自分たちで実感することができてはじめて、お客様に対してよりよいサービスを提供する発想が生まれることにもつながります。
また、店舗プロモーションの領域でもAIを活用した業務改善の領域はあると思います。例えばエンド1本の場合、この商品の一番良い売り方って何? と聞くと、グーグルのベストテイク(複数の写真を組み合わせて最適化された1枚を生成するサービス)のように自社のエンド向けに最適な棚提案の画像が出てくるといったことも近い将来可能になってくると思います。
現段階では物理的にモノを動かす領域はロボットのコストを考えると当面使えないと思いますが、モノを動かさない業務の多くについてはChatGPT、ITで解決できる時代になると思います。
藤田 今いただいたようなサービスはすぐ作れそうな感じがしますので、ぜひ社内で検討したいと思います。本日はありがとうございました。
《取材協力》