拡大局面に入ったリテールメディア

成功する店舗サイネージ、運用設計のポイント3

店舗サイネージや小売業アプリなどを広告・情報媒体として活用する「リテールメディア」。近年これに取り組む小売業は増え、2025〜2030年には小売業の広告事業の市場規模は1兆5,000億円にまで達すると予想されている(サイバーエージェント推計)。今回はその一翼を担う「店舗サイネージ」が効果を挙げるための条件を紹介する。(月刊マーチャンダイジング2023年7月号より転載)

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的確な「運用」が店舗サイネージを成長させる

最近ドラッグストア(DgS)の入り口付近やエンド近辺などで大型の電子サイネージをよく見かける。大手チェーンDgSでも全店規模で電子サイネージを導入する企業が増えている。

AIカメラ搭載で「運用」ができるミライネージ(画像はイメージ)

一方で、電子サイネージというハードを導入したのはよいが、活用方法がわからない。メーカー支給のテレビCMを流したが効果が見られない、あるいは効果を計測できない。その結果、導入当初興味を持って投資(広告出稿)していたメーカーの協力が減り、ハードが休眠状態に陥ってしまう。いずれもよく聞く課題で、実際サイバーエージェントにもこうした相談が多数寄せられている。

サイバーエージェントが提供する店舗サイネージ「ミライネージ」はその名の通り未来型店舗サイネージを標榜しており、大きくは3つの特長を持つ(図表1)。

[図表1]ミライネージの特長

同社では、上記のような課題を解決し、店舗サイネージが効果を挙げるために最も重要なことは、施策(広告)の実行→施策の検証→検証に基づく施策の改善を繰り返すことだと考え、この一連の活動を「運用」と呼んでいる(図表2)。ミライネージの機能やID-POSデータ分析などを生かし、すべての広告に関して運用を実践している。

[図表2]サイバーエージェントが実行する施策(広告)の「運用」

運用の基本となる考え方や手法は、同社が長年に渡り取り組み、日本でもトップレベルの実績を挙げているインターネット広告により培われたものだ。2021年の日本の総広告費は6兆7,998億円で、そのうちインターネット広告は2兆7,052億円、マス4媒体(テレビ、新聞、ラジオ、雑誌)の2兆4,538億円を初めて超えた(電通調べ)。

この現象の裏側にも、「運用」による効果の押し上げがあると思われる。つまり、方向転換に時間のかかるマス広告よりも、短いスパンで効果を検証し制作物を改善できるインターネット広告が効果に直結するので、出稿が増えたのだ。

インターネット広告と同様に的確な運用こそ店舗サイネージ、リテールメディア成長の原動力であり、運用がなければ店舗サイネージが「不良資産」に変わってしまうリスクさえある。店舗サイネージを導入するだけでなく、運用込みの広告展開で購買率を上げ、媒体収入を得て「優良資産」としての活用を目指すべきである。

以下、ミライネージの具体的な運用について見てみよう。

(1)クリエイティブの工夫
(2)ターゲティング

[図表3]特定(広告)商品の曜日、時間、日付別購買客数

一律全店、同じ時間帯に同じ広告を放映しても最適な効果は得られない。図表3は小売業から提供されたPOSデータを基に、サイバーエージェントが集計した曜日別、時間別、日付別の広告商品の購買客数である。

それぞれに、購買客数には大きな違いがあり、これらの違いは広告効果にも大きな影響を与えることが検証されている。それを踏まえ、効果の高い店舗や時間帯で放映(表示)回数をさらに増やす、効果の低い店は時間帯を変えて放映するなどの運用を行っている。

クリエイティブ(制作物)に関して、例えば、エナジードリンクと聞くと「働く男性」といったイメージを持ちやすいが、購入者をID-POSで見るとある店舗では購入客のほとんどが女性というケースもある。

個人の先入観やイメージではなく、データに基づいたターゲットの設定とそれに合わせたクリエイティブを制作し、ターゲットに届きやすい時間帯、曜日に放映する必要がある。

サイバーエージェントでは、こうした条件を考慮して、ひとつの商品でも、店舗別、曜日別、時間帯別にクリエイティブをつくり分け、そこからさらに検証を重ね内容の修正や差し替えまでを行うことを理想とし、それに可能な限り近づける運用を心がけ実行している。

[図表4]クリエイティブの例

動画の構成にも、店舗サイネージならではの注意点がある。店舗サイネージの平均的な視聴時間は2〜3秒、テレビやインターネット動画とは異なり、移動しながら短時間接触するという特性に合わせ、ストーリー展開はしないのが基本(図表4)。

細かくカットを割る(構図を変える)のではなく、どの角度から見ても商品が常に映っているように15秒動画でもひとつのカットで商品を写し続ける、カットを変えるときでも、画面の一部に商品を映し続けることで買物客の記憶に焼き付け、売場を通ったときに商品を想起してもらい、購買に至るというプロセスを狙う。

ミライネージではAIカメラを使ってクリエイティブごとの視聴率、視聴時間、視聴者の属性などを計測している。そこから導き出されることのひとつが、クリエイティブの鮮度と視聴率の関係だ。

計測データによると制作したクリエイティブは、時間の経過と共に視聴率は落ちてくる。DgSなら初日を100とすると約1週間で80くらいまで落ちる。家電量販店では100から90に下がるまで2週間程度を要する。

これは来店頻度、クリエイティブとの接触回数と比例しており、接触回数が一定に達するとコンテンツの内容に「飽きる」というのが原因だ。効果を挙げるためには常に鮮度を保つ必要があり、適度なクリエイティブの差し替えが欠かせない。

こうした運用では、大量のクリエイティブ制作能力が必要となり、サイバーエージェントでは、これに対応するために「札幌クリエイティブセンター」という制作部門の拠点を設け、50人態勢で制作にあたっている。

(3)データの毎日チェックと週次のアクション

ミライネージの運用は、サイバーエージェントの専属チームが、日次で広告した商品のPOSデータを分析し施策と効果の関係を見る。それらのデータを基に、効果の悪いクリエイティブの停止、もしくは新規クリエイティブの追加、効果の高い店舗の時間帯、曜日の放映回数を増やすなどのアクションを週次で取っていく。

[図表5]広告期間中の販売個数チェックの例

毎日効果を検証し、週に1回のペースでアクションを起こすというのが運用の基本サイクルである。図表5は広告放映期間中の売上検証の例である。目標販売個数と実績の関係を日次で追っている。

運用により、売上リフト=広告実施店舗の前月売上比÷非実施店の前月売上比、つまり、広告を実施した店舗は実施しなかった店舗と比較して、どの程度売上を伸ばしたかという数値を最終効果として追っている。

[図表6]運用による改善、運用なしの実績低下イメージ

図表6は運用したときの改善と運用なしのときの実績低下のイメージ図だ。検証結果に基づく運用がなければ広告効果は低下するという運命にある。

また、店舗サイネージはLINEや自社アプリとの連動で効果を高めることもできる。LINE公式アカウントや自社アプリの販促から動画へのリンクを貼り来店前に店舗サイネージと同じ訴求のクリエイティブを見てもらう。

ID-POSやAIカメラのデータをつないで効果を挙げるのと同様に各メディアでクリエイティブもつないで相乗効果を挙げるという考えだ。メディアごとにバラバラの訴求をするより、計画的に連動性を持って訴求したほうがムダなく効率的に効果を挙げられる。実際にあるメーカーでLINE公式アカウントと店舗サイネージを連動させたところ、20%以上の売上リフトを得られたという事例もある。小売企業でDX部門を管理している部署では、こうした連動性、相乗効果を考慮した施策の展開を心掛けるべきだろう。

導入コストやインセンティブを重視するあまり、取引企業が分散して個々の施策の効率が落ちるケースは散見される。例え、取引企業が異なっていても、俯瞰的な立ち位置で統合的に施策を打っていくことで効率的に相乗効果を得られる。

さらに、リテールメディアの強化、媒体価値の向上という観点から、ミライネージでは、検証結果を広告主へレポートする機能もある。例えば、広告実施期間中に商品を購入したお客が以前どの商品を購入していたか、スイッチの流入元を特定することもできる。

それとは反対に流出したのであれば、どのブランドへ流出したかもわかる。メーカーにとって競合との関係を知ることは戦略の立案には重要な要素だ。

レポート機能でもうひとつ紹介すると、ID-POSと連携して、一定期間中に購入した広告商品の個数に応じて「ヘビーユーザー」「ミドルユーザー」「ライトユーザー」に分類し、ヘビーユーザーが全商品の中で過去どのような商品を購入しているかをリストアップする。その購買傾向に応じて、例えば、「健康志向が強い」、「時短志向が強い」などヘビーユーザーの特性を想定し、それに合わせたクリエイティブの制作、コミュニケーションの設計をしていく。

このようなレポート機能で店舗サイネージの広告効果を高め、媒体価値の向上を図っている。

店舗サイネージは機能を追加して進化していく

ミライネージは現在、広告媒体としての価値向上を追求しているが、将来的には機能拡張する計画がある。そのひとつがクーポン発行とポイント加算である。店舗サイネージにスマホをかざせばスマホ上で限定クーポンの受け取りやポイント加算できるという仕組みだ。これにより店舗サイネージへの関心や評価が高まる効果が期待できる。

また、店舗サイネージと広告商品が陳列された棚にそれぞれビーコン(Bluetoothを使った信号発信)を設置し、店舗サイネージと接触したお客がその後にどれだけ広告商品の棚に立ち寄ったかを計測、クリエイティブ間での棚への送客効果を検証する。さらには、現状、手動で実施している広告運用をシステム側で自動で行うことなどが構想中だ。

ランニングコストに関して、電気代の高騰で利益が圧迫されている現状だが、ミライネージでは、購買データを基に販促効果を分析し、システム上で設定されたタイミングに合わせ自動でサイネージを省電力モードへと切り替える「ミライネージfor green」のサービスを提供している。これにより、コストを効率化しながら、可能な限り販促効果を損なわずに電力消費の削減を実現できる。

ミライネージでは、サイバーエージェントが長年のインターネット広告で培ってきた「運用」能力を引き継ぎ、広告効果を挙げるノウハウを蓄積してきた。

今後、これらのノウハウで広告効果を挙げるのと同時に、さらに新たなノウハウを開発していくことで店舗サイネージ、リテールメディアの成長が期待されている。多店舗展開し、多くの顧客接点を持つDgSはこれを活用し、販促による売上向上、ならびに広告収入拡大への道を模索すべきだ。店舗サイネージにはまだたくさんの埋蔵金が眠っている。

 

〈取材協力〉

CA Retail Marketing 取締役
ミライネージ事業責任者
赤木 伸之氏
サイバーエージェント
DX本部 統括
藤田 和司氏