デリシアを2年で黒字化へ導いた3つの柱

ネットスーパーは社会インフラになり得るか?10X CEO矢本氏が語るスーパーマーケットの課題と展望

株式会社10Xは、小売チェーンストアにECプラットフォーム「Stailer(ステイラー)」を提供するスタートアップ。代表取締役CEOの矢本真丈氏は、2024年12月に「スーパーマーケットのこれまでとこれから」と題した資料を発表し、現在のスーパーマーケット(SM)が抱える課題と、SMに求められている変化について提言した。提言に込めた思いや10Xの今後の展望について、矢本氏に聞いた。(聞き手:MD NEXT編集長 鹿野恵子)

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小売業の持続的な成長に不可欠なのは「労働生産性の向上」に他ならない

――「スーパーマーケットのこれまでとこれから」を非常に興味深く拝見しました。小売業、特に食品小売業は今後どうなっていくとお考えなのか、改めてお話いただけますか。

 

矢本:小売業が持続的な産業であり続けるためには、今までのあり方から、生産性を突き詰めたあり方に変わっていかなくてはなりません。これまでの発展の延長の仕方では、SMやドラッグストア(DgS)といったチェーンストアがインフラとして残っていくことは難しいと思います。

生産性の向上は誰もが目指しているところですが、実現は容易ではありません。そこに対して何をしていけばよいのでしょうか。

矢本:今広く言われている「生産性」とは、そもそも何の生産性なのかが抜けています。私が強く訴えているのは、「労働生産性」を向上させなければならないということです。

ベンチマークする数値をしっかり設定し、従業員一人あたりがあげる粗利を高めていかなくてはなりません。例えばSMの従業員一人あたりの粗利の中央値は700万円程度ですが、これをどのぐらいまで上げるべきなのか。この数値目標がないことには、業務改善のためのデジタルソリューションを入れても、それによって本当に労働生産性が上がったかどうかまでは測れません。私が小売業の経営者の方と話していて、労働生産性がいくらかを訪ねても、すぐには返ってこないことが多いですね。

そもそもの数字が出てこないわけですね。

矢本:はい。これまでは売上が上がれば企業としてはOKとされてきたと思いますが、今後は人口が集中している一部のエリア以外では、売上を上げるのも難しくなっていきます。

そうであれば、「どうすれば今の売上規模のまま利益をたくさん出せるようになるのか」、「どうすれば今の10分の1の人数で今と同様の売上規模を維持できるか」といった、経営の土台を築くための方策を考えるべきです。シェア争いばかりを続けていても、お互いの体力が削られていくだけです。

それは、ここ数年でパートナーさんをサポートしていく中で見えてきたことですか。

矢本:そうですね。我々はネットスーパーを支援してきましたが、ネットスーパー事業はこの10年ほどで「儲からない事業」という市場の認知が作られすぎてしまいました。

我々がパートナーさんにネットスーパーのプラットフォームを売り込んでいく際に、一番のボトルネックになっていたのはその部分です。ほとんどの会社は、「10Xのプラットフォームに乗る・乗らない」ではなく、「ネットスーパー自体をやらない」という選択をされました。

ではやらない理由は何かというと、「儲からないことをやっている余裕がない」とのことでした。

つまりネットスーパーは社会インフラとしての価値があることはわかっているけれど、事業の経済性・生産性に問題があるために広がっていかないというわけです。であれば、我々はこの問題を真正面から解決して、市場を広げていこうという方向に舵を切り直したのが昨年のことです。それと同じことがネットスーパーだけでなく、小売業全体にも起きていると思います。

デリシアを2年で黒字化へ導いた3つの柱

――そういった中で、長野県のSMのデリシアさんのネットスーパー事業を黒字化されたと伺いました。何をしたことで結果を出せたのでしょうか。

矢本:大きく3つの柱があります。1つ目は単純に、商圏の方からしっかり認知いただいて、たくさん受注して売上を伸ばせたということです。コストだけ改善したところで、売上に一定の規模がないと、利益を出せるようにはなりません。デリシアさんではStailerを導入してから2年強で、ネットスーパーの売上規模が2倍以上になりました。

2つ目の大きな柱がプライシングです。お客様自身がピックパック(ピッキングとパッキング)して持ち帰る店舗のサービスと、ピックパックから配達まで全部店舗が行うネットスーパーで、同じ値付けをしていては儲かりません。

Stailerには受注から配達・決済まで、全てのタッチポイントのデータが集まるので、データを見て適切なプライシングを提案することができます。そこで、価格弾力性が低い商品は何なのかをデータを使って見定め、お客様の許容範囲まで価格を上げることでしっかり粗利を取り、全体の粗利率を改善することに取り組みました。

例えばECでは、カートのはじめに投入されるのは、お客様がそれを欲しいと思って(そのウェブストアに)来店される商品です。たとえば果物や日配商品などは、はじめの方に投入されることが多いですね。こうした商品は、値段を上げるとお客様は気づいて離脱していきますから、むしろ少し価格を下げて、来店していただくための理由にしてもらいます。

一方でカートに後の方で投入される商品…例えば一部の冷凍食品やカップ麺などは、「せっかく配達してくれるなら一緒に買おう」というように、利便性で購入されています。お客様はこれらの商品の値段はそれほど気にされていないので、少し値上げをご提案します。

またケースの水など、配達コストが大きい商品は少し値上げしますが、それでもamazonなどで買うよりは安価な価格を提示できます。このような商品のプライシングも、カートへの投入順序のデータを持っているのでしやすいわけです。

3つ目の柱は、ピッキング・パッキング・配達のオペレーションの効率化です。この点についても、「誰がどのお店でピッキングしているか」、「1時間あたりのピッキング点数が何点か」などのデータは全て取れています。そこで、平均値や中央値よりも低い店舗はどこに問題があるのかを探り、改善する取り組みを実施しました。

また、ピックパックを配達業者に委託している店舗のデータを見たところ、1件あたりのコストが上がっていることがわかったため、内製に切り替えました。このように一つ一つの問題点を地道に直す作業をしていきました。

デリシアでの店内作業の様子

今年はデリシアさんでやったことをある種の機能として、さらに研ぎ澄ませたものを作り、「Stailerを入れれば放っておいても黒字になる」というプロダクトにしていきたいですね。

ネットスーパーで利益を出してエコシステムを成立させる

――導入から2年で黒字化とはすばらしい事例を生み出されましたね。デリシアのある長野県では配送のオペレーション構築の難易度が高そうにも思えます。

矢本長野県は山と雪がありますから配達効率をあげていくのは難しい地域です。デリシアさんの事例は、その中でもビジネスが成立しているということに大きな意味があると思っています。

どの会社にも共通して言えることですが、配達自体にはあまり工夫の余地がありません。例えば「店舗Aには配達用のバンが1台あり、1日の出荷の上限は24件」といった配送の上限を設定した場合に、先にキャパシティが足りなくなるのは「ピッキング・パックキング」などの店舗作業の方です。出荷件数を増やすためには、まずは配達の前工程であるピッキングやパッキングのキャパシティを拡張して生産性を上げる方が効果的だと考えています。

――ネットスーパーというビジネスモデルは今までは儲からないままで拡大してきましたが、ようやく黒字化の事例が出てきましたね。

矢本:はい。これまでは店舗事業で出た利益を持ってきてなんとかネットスーパーを回しても、そこで利益が出ずに抜けていってしまう状態でした。利益が再投資に回るエコシステムの形になっていなかったのです。ネットスーパーで利益が出れば再投資されて回っていくので、雪だるま式に大きくなっていきます。その段階にいかに早く全ての会社が到達できるようにするかが重要です。

イオンさんや西友さんのような巨額投資はなかなか真似できませんが、ネットスーパーの売上もまだ数億円規模というデリシアさんのような会社でも、利益はしっかり出ています。であれば「自分たちにもできるかもしれない」と思う会社はもっと増えると思いますし、今年以降はそうした事例をたくさん作っていきたいですね。

地方スーパーマーケットの課題

――採用難に人口減、インフレと大きな環境変化の中、地方のSMは今後事業継続が厳しくなってくる企業も少なくなさそうです。矢本さんはどうお考えですか。

矢本:地方であるかどうかに関わらず、SMの市場環境は非常に厳しいと思います。需要の面でも供給力の面でも人が減っている中、「原価」「人」「電気」の三大コストは全て上がっていきます。SMはそれを価格に転嫁する能力を30年間持ってこなかったのに、これからこの産業をどうやって維持していけばいいのか。この厳しい問題に、地方のスーパーはより強く晒されています。

彼らがそのような環境においても生産性を上げて、独立して利益を上げられるようになれば、「大手SMやDgSに買われる」か「独立独歩で地域のインフラとして継続経営していく」の2択から出口が選べるようになります。3択目の「倒産する」が消えるだけでも、非常に価値があること。今、地方の多くのSMが、2択から選べるようにしていけるかどうかの分水嶺にいると思います。

一方でM&Aの状況を見ても、なかなか買い手がいないのが現実です。今、SM業界の買い手で一番大きいのはDgS、次いで同業のSMですが、SMのサプライチェーンは厳しく、地方をまたがって買収するのは難しい。また利益が出ない店舗を買うことは考えづらいことからも、M&Aもあまり活発だとは言えません。

となると、第一の選択肢となるのは自分の足できちんと立って経営し、高齢者を中心とした、地方に残っている多くの人たちのインフラになることだと思います。

――DgSへのネット販売導入においてはどのような役割を果たせそうでしょうか。

矢本:やはり薬やDgSでしか取り扱っていないもの、またSMでは品揃えが少ないオムツや介護商品などを配達で受け取りたいというニーズはあります。ただしそれらはamazonなどでも購入できるので、ネットDgSにそこまで強いニーズがあるのかについては、正直なところまだ我々もわかっていません。

我々が支援しているネットDgSでも、はじめにカートに入れられるのは食品が多く、ネットスーパーの別物として扱われている部分があります。薬王堂さんなどはEDLP(エブリデー・ロー・プライス)なので、SMと比べて一部の商品が常に安いといった面で使われている側面が強いと思います。

そういったニーズを探っているうちに、DgSは業界再編がすごく進んでしまっていますね。

20、30年かけて長期でネットスーパーのエコシステムをつくる

――業界は大きく変化していて、個人的にはこの数年に一つの山場があると感じています。こういった中で御社ではどのような形で事業を展開してきたのか、また今後の展望をどう描いているのか教えてください。

矢本:我々はそもそも、ネットスーパー市場を支援し続けてきました。ネットスーパー市場は直近では毎年10数%ずつ伸びていて、これは社会インフラになるべきものだと思っています。インフラの条件の一つが、利益が出て、それが再投資されて大きくなるという、エコシステムが回っていくことです。今はそれを実現するための機会だと感じていますし、20年、30年かけて、長期で取り組んでいくつもりです。

今までのStailerは高い価格で導入していただくものでしたが、大手ではない会社さんも手軽に導入できるように、我々の中でコスト構造を見直し、会社のリストラクチャリングも進めてきました。

その結果、小さい会社さんが1店舗からでも導入でき、その地域にとってネットスーパーが必要なものなのかどうかの実験もできるようになってきました。今後はそういった小さい会社さんへの導入が進んでいくと思います。

併せて、大手の会社さんがしっかり伸びていくことがマーケットの先端を広げていくことになると考えており、今年は大手リテーラーへの導入も決まっています。大手と小さな会社の2つの支援を同時に進められる企業であり、プロダクトになっていきたいですね。

また、昨年小売の経営者さんと対面したり、現場調査をしたり、各社の財務諸表を分析したりする中で、やはり課題が膨大にあると感じました。今のSMの一番の課題は、間違いなく生産性の問題です。ならば「どの生産性をどのように変えていくのか」ということに対して自分たちのプロダクトを用意したいと考え、現在新規事業にも取り組んでいるところです。

我々は日本の小売業のDX部になりたいと思っていますが、30年かけて取り組もうと思ったら、まずは自分たちが30年戦える体にならなくてはいけません。我々自身もしっかりと利益を出しながら成長する体制を作り、小売業さんたちと一緒に歩んでいきたいと考えています。

――ありがとうございました。