リテールメディアの担当部署が二分化してきた
藤田 小売業さんにはリテールメディアという言葉がだいぶ前向きに浸透しつつある一方、メーカーさんの見方はポジティブなもの、ネガティブなもの、様々だと感じています。高橋さんは最近のメーカーさんのリテールメディアに対する受け取り方の傾向をどう感じていますか。
高橋 おっしゃるとおり、メーカーさんはリテールメディアに対して大きく2つの印象をお持ちになられています。いろいろ試してみたうえで、そろそろいったん総括しようという積極的なものと、リテールメディアについて、本当のところはどうなんだ?という懐疑的なものです。
もう一点、ここ1~2年でメーカーさんの体制が、2種類ほどに分かれてきたということも感じています。リテールメディアをあくまでも小売店における売上を上げるための施策と捉え、営業部が担当するという体制と、ショッパーマーケティング部、トレードマーケティング部のように、マーケティング寄りの部署が担当するという企業さんです。もちろんそのどちらでもないという企業さんも見られますが、だんだんこの2つに大別されてきているように感じます。
藤田 メーカーさんが体制を変更しつつある理由は一体何なのでしょうか。
高橋 メーカーさんの営業部がリテールメディアを担当するケースでは、リテールメディアを広告として捉えるのではなく、店頭に配荷された商品をプロモーション効果で売り伸ばしたいという意図が第一にきているようです。
一方ショッパーマーケティング部やトレードマーケティング部が担当する場合は、リテールメディアが持つ独自のデータの価値や、実店舗を持っている小売業さんならではの広告の掲出場所に、ポテンシャルを感じているケースが多く見られます。
とくに外資系のメーカーさんでは、リテールメディアの専門部署を設立するケースも増えてきたように感じます(図表1)。
藤田 外資系メーカーさんは、リテールメディアに限らず、新しいものは早く取り入れてみて、いいものは残し、そうでないものはやめていくという、取り組み判断が早いですよね。日本のメーカーさんの動きはいかがでしょうか。
高橋 そうですね。すべてとはいいませんが、変わってきたメーカーさんはいらっしゃいます。どちらかというと、メーカーさん自体が変わってきたというよりは、その話を推進するご担当者様の感度が高いという印象です。
藤田 2000年代初頭のインターネットメディアが登場してきた当初と非常に近しい匂いを感じますね。企業のなかで感度高く行動する方がいるところは取組みが早く、そうでないところは遅れがちになる。
オンライン・オフライン連動で市場は伸長する
藤田 アメリカではリテールメディアの市場の大半がオンライン広告ですが、日本の場合、実店舗のリテールメディア化を積極的に進めている小売業が多いと感じています。それぞれのマーケットの規模や、今後の伸びしろについては、どのように捉えておけばよいと思いますか。
高橋 カルタホールディングスさんが発表されているリテールメディア広告市場の市場規模推計・予測(図表2、3)によれば、2024年のリテールメディア広告市場規模は4,688億円、うち、実店舗事業者は420億円、EC事業者は4,268億円と推定されています。
EC事業者の広告費用はプラットフォーマーの広告費が大半を占めていると思われます。さらに実店舗企業の420億円の内訳は、デジタルサイネージが170億円、デジタル広告が250億円となっています。つまり、日本においても大半がEC事業者と、実店舗小売業のデジタル広告に占められているという状況です。
藤田 この調査からは、現状は「リテールメディアの大半はオンライン広告である」と感じさせられますね。一方、実際の現場では店頭という「買い場」に近い場所で、リテールメディアを活用してプロモーションを実施した際の売上に対する効果は絶大であるとも私たちは感じています。
ECの広告は「買い場のすぐそば」(※編集部注:商品を買物かごに入れたりする画面の近く)でプロモーションをしているから、効果が出て当然です。オフライン広告は過小評価されているのではないでしょうか。
高橋 リテールメディア全体で見た場合、ECやデジタル広告も含めたオンライン広告の方が、規模が大きくなるのは当然のことだと思います。
ただ、業態やカテゴリーごとに見ていくと、そことは異なる結果になるようにも感じています。例えばコンビニの場合はオンライン広告よりもサイネージなどの店頭広告の方がシェアが高い状況です。
実店舗の小売業は、店頭を持っていることが一番の強みです。その本来のポテンシャルをまだまだ生かしきれていないという意味で、現状の試算に落ち着いているのではないでしょうか。
オンラインの顧客接点と、最終的な買い場に近い「店頭」での顧客接点という強みが、それぞれフルパワーで発揮されるようになれば、オンライン広告と店舗広告の比率が逆転する可能性はあるのではないかと私は捉えています。
藤田 サイネージに代表される店頭広告は、設備投資を含めたコストがかかりますので、規模拡大にある程度の時間がかかることは容易に想像がつきます。比較的低コストでできるオンライン広告が先行して、その後投資が必要とされる店舗での広告が後追いになるのは当然です。
オンライン広告、店頭広告どちらかだけ出稿するというのもありますが、両方を組み合わせて展開することで、効果は格段に上がります。オンラインとオフラインの広告が、相乗効果で伸長するという未来は十分にありえると思います。
どうメディアを選定していくか
高橋 最近はリテールメディアの効果測定にどのような指標を見るべきなのか、さらにその効果測定に基づいてメディアをどう選定するべきか。どうプランニングすべきか、という疑問がメーカーさんから出るようになりました。
藤田 リテールメディアの登場当初は効果測定ができるかどうかそのものが、ひとつ大きな争点でした。ある程度技術が拡充することによって効果測定が当然のことになり、今度は「“購買数1万”という数字をどうと捉えるべきなのか」という質問が増えてきているんですね。それに対して、指標をつくるところから伴走する企業が必要とされているようにも感じました。
高橋 あるメーカーさんがおっしゃっていた話が印象的です。
これまでは「リテールメディアのソリューションをテストする」こと自体が目的になっていました。ですが、メーカーさんとしては「認知を得たい」「購買を得たい」という目的がまずあって、それに適したリテールメディアを選ぶべきで、その順番を間違えないことが重要だとおっしゃるのです。
いままでは「リテールメディア」というキーワードに振り回されていましたが、少し冷静に見直すべきタイミングがきたのだと思います。
大手プラットフォーマーと比較した自社の強みをとがらせる
藤田 メーカーさんの視点から見たときに、とくにリテールメディアを運営する小売業さんが気を付けないといけないことは何だと思われますか。
高橋 広告出稿者であるメーカーさんから見たときの比較対象が他の小売業だけではないということだと思います。小売業さんとお話をしていると、「メーカーの営業部ではなくて、宣伝部やマーケティング部、ブランド部などとお付き合いはできませんか」というご相談をよく頂きます。
しかしそういった部署が広告出稿をするメディアというのは、マスメディアはもちろん、デジタルでいえばYouTube、Google、Meta、Instagram、LINE、TikTokなどの大手プラットフォーマーです。ドラッグストア、コンビニ、スーパーマーケットという実店舗メディアと比較するのではなくて、既存の広告メディアや大手プラットフォーマーと比較してどこに優位性があるのかを問われていくようになるのだと思います。
ではリテールメディアの広告の価値とは何だろうと考えると、当然マスメディアや既存のデジタルプラットフォームが持っていない、独自の購買データを基としたファーストパーティデータであり、もうひとつがサイネージをはじめとする店頭メディアや自社アプリなどの広告の掲出位置であると思います。
藤田 リテールメディアをこれから始めていこうと考えている小売業さん、あるいは一部の店舗で実験的に進めているがこれから規模を大きくしたいと考えている小売業さんはまだたくさんあると思うのですが、そのときにシンプルに何に注力すればメーカーさんとして採用しやすくなると思いますか。
高橋 自社の強みが何なのかを認識して、そこに対するメディアをつくっていくことだと思います。世の中で何がはやっている、という話ではなく、小売業さんが持っている既存の資産のなかで、どの顧客接点がその企業さん独自の価値なのかを突き詰めることがポイントなのではないでしょうか。
アプリの顧客接点が既存のプラットフォーマーと比較しても規模が大きいとか、独自のデータを持っているということがあれば、そこの強みをとがらせるべきでしょう。
全国に店舗があって、毎日これぐらいのお客様が来店されるというのが強みであれば、それを利用したメディアをつくるべきです。
藤田 逆の言い方をすると、メーカーさんのどの目的に適したメディアなのかをお伝えしていく必要があるということですね(図表4)。
メーカーさんの営業部よりも、宣伝部やマーケティング部などに対する価値をより出したいということであれば、事前の分析や事後のリポートをどれだけ手厚く提供できるかは重要なポイントです。自社の会員情報や、該当メーカーさんの購買傾向を深掘りして提供するのはもちろんですが、競合メーカーと比較してどうなのかなど、開示できるデータの幅が鍵を握るように感じています。
高橋 リテールメディア出稿に際して費用を請求するのに、データの提供は拒むとか、企画連動の話は出さないという小売業に対しては、一切取組みはしない、というスタンスをあらかじめ提示しているメーカーさんも出始めています。
藤田 リテールメディアをいわゆる「広告」としてメーカーさんから認識してもらいたいのであれば、広告として必要なリポートをきちんと提出しましょうということなのでしょうね。そうでないと、これまでの商談の延長線上で、販促費や協賛金を払っていたのと変わらないことになってしまいます。
それと、「広告メディア」として考えるのであれば、出稿主とメディアが「対等」であるべきですが、いまはそのような構造になっていないようにも感じます。基本的に、メディアというものは平等に開かれていて、広告費を支払えばだれでも出稿できるという性質のものです。これまでの「取引」の延長線での話になってしまいがちなところには配慮が必要かと思います。
小売業側も社内の連携が必須に
藤田 そう考えると、いわゆる商談のあり方というか、小売業さん側の姿勢も少し考えていくべきフェーズにきているのかもしれませんね。
高橋 デジタルの取組みが加速することによって、商談の仕方も変わっていくのではないでしょうか。リテールメディア単体で効果を出すのはそう簡単なことではありません。確実に効果を出そうとするのであれば、商品部と販促部、店舗運営部など、複数の部署が連動することが必要です。
藤田 もちろん中心となる部門やご担当者の方は必要ですが、これまで以上に、小売業さんが社内で連携していかないといけないということですね。
メディアとしての小売を使うという話はかなり多岐にわたっていて、オンラインでデータを使うという話もあれば、店頭を使うという話もあります。店頭を使う場合、企画と連動したり、売場を立ち上げるという話もあるかもしれません。そこは一気通貫で連携をとっていくような動きが必要ですよね。
「購買」だけでなく「認知」にも効果あり
藤田 最後に、小売業さんがリテールメディアを運用していくにあたって配慮すべきポイントを教えてください。
高橋 リテールメディアが「購買」だけでなく「認知」にも効果があるということをもっと前面に打ち出していった方がいいように感じています。
リテールメディアは、購買データがあるため、実施した施策の「売れた・売れなかった」という結果が、よくも悪くも可視化されてしまいます。一方で「リテールメディア=購買に効くメディア」だということだけが切り取られてしまいがちです。
ですが最近の傾向として、これまではテレビで商品を認知して、店頭で購入するという消費行動だった方が、テレビを見なくなってきて、店頭やスマートフォンで商品を認知し、そのまま購入するというケースが増えてきています。
つまりリテールメディアは必ずしも「購買」だけに効くというわけではなくて、世代や商品によっては「認知」にも十分効果を発揮できるメディアであるということです。
藤田 私たちにとってもこれは反省するべきポイントで、ここ数年間「リテールメディアは売上が取れるから、まずは売上で効果を証明していこう」とアピールしてきました。それ自体は間違ってはいなかったと思うのですが、そればかりになってしまうと、結局単なる新しい販促手法が登場しただけという話になってしまいます。
アプリのなかで、その人に合わせた商品紹介を行うとか、ブランドページをつくって世界観をお伝えするなどというようなことも次第に増えてきています。商品の魅力をきちんと伝えていくということも、リテールメディアに期待される役割のひとつだということは再確認したいところです。
私たちも「獲得」のひとつ手前にある「認知」を、リテールメディアの価値として可視化していく必要があるのかもしれません。
本日はありがとうございました。
《取材協力》