卸売業の基本機能と歴史を紐解く

「あたりまえの日常を止めない」~進化し続ける卸売業~(1)

2020年春、新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言の発令と前後して店頭商品の「買い占め」が一気に始まった。その様子を目の当たりにして、あたりまえの日常生活はいとも簡単に「あたりまえでなくなる」と感じられた方も多いのではないだろうか。毎日使うものが店頭に並んでいるという、「あたりまえの日常」を支える仕事のひとつが卸売業だ。本稿では、卸売業の歴史的成立過程や機能を解説しながら、次世代の卸売業が目指す姿について考察する。(MD NEXT編集長 鹿野恵子/雑誌「広告」より転載)

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様々な規模・膨大な数の企業が入り乱れる日本の流通業界

流通業は、よく川の流れにたとえられる。サプライチェーンとも言い換えられるその一連の流れは、川上にある製造業(メーカー)が製造した製品が、卸売業を経て、小売業の店頭に並び、商品として消費者の手に届くまでを指す。製造業と小売業は一般消費者との接点も多く、認知度も高いが、卸売業と聞いてその業務を具体的にイメージできる人は少ないはずだ。1960年代には「問屋無用論」が唱えられた時期もあったが、流通業界において、製造業から仕入れた商品を在庫し、仕分け、店舗まで配送する卸売業はいまだ大きな役割を担っている。アマゾンのようなグローバルEC企業が存在感を増し、また製造業が消費者に直接販売を行なうD2Cも勢力を増しつつある昨今、その卸売業の役割はどう変化しようとしているのか。

製造業と小売業の間を橋渡しする卸売業は、その歴史を振り返ると、平安時代後期から鎌倉時代に組織された「問」に由来する。問は、年貢米の陸揚地である河川・港の近くの都市に居住し、運送、倉庫、委託販売業を兼ねる組織だった。室町時代には一般の商品も扱うようになり「問屋」と呼ばれるようになる。中世末期頃からは、運送機能よりも卸売機能に重点が移り、市場を代行する機関となったという。山や川が多く、決して交通の便がよいとはいえない我が国において、各地域の特産物を販売するのに重要なのは「運送機能」だった。こうした地形的な背景もあり、日本の流通業で運送機能を担う「問屋」(=卸売業)は他国に比べて早い時期に成熟した。また、先進諸国と比較して、卸売業の役割が分化しているのも日本の流通業の大きな特色である。

日本の流通業においては、食品、日用雑貨、医薬品、酒類など取り扱う商品のカテゴリーによりまったく異なる流通の仕組みが形成されていて、各カテゴリーごとに様々な卸売企業が存在する。たとえば日用雑貨であればパルタック(売上高1兆464億円・2020年3月期)、あらた(同7,962億円・2020年3月期)、食品卸売業であれば三菱食品(2兆6,546億円・2020年3月期)、日本アクセス(2兆1,543億円・2020年3月期)、医薬品であればメディパルHD(3兆2,530億円・2020年3月期)、アルフレッサHD(2兆6,985億円・2020年3月期)……など、日本中に物流倉庫を持ち、全国展開している大規模な卸売業がある一方、数名規模で細々と運営している卸売業も膨大にある。商業統計によれば、平成26年度、国内には卸売業の事業所数が26万あり、うち約75%の事業所が9名以下であるという。また、東京・大森の海苔問屋や出版の神田神保町、宝石類の御徒町など、小規模問屋は一定地域に集積することが多い。

このように様々な規模と膨大な数の製造業、小売業、卸売業が入り乱れ、日本独特の流通業の仕組みが構築されてきた。

卸売業の基本機能は「物流・商流・情報流」

では、その卸売業は実際のところどのような役割を果たしているのか?

卸売業の主な機能をざっくりと分類すると、商品にかかわる「①調達、保管、物流、販売機能」、金銭の動きにかかわる「②金融機能」、商品などの情報・データにかかわる「③情報提供機能」の3つに分けることができる。これらを総称して「物流・商流・情報流」などとも呼ぶ。

「①調達、保管、物流、販売機能」は、商品を製造業から仕入れ、倉庫に在庫し、出荷依頼があった場合は、仕分けして出荷し、小売業の倉庫もしくは店舗にトラックなどで届けるという機能だ。小売業は、複数の製造業と取引をしている卸売業に依頼することで、1回の荷受けで商品をまとめて受けとることができる。個別に製造業と取引をしていたら、日に何度も荷物を受け取りにいかねばならなくなるだろう。あまり言及されないが、小売業から返品された商品を集荷し、メーカーに返品する返品物流もこの機能に含まれる。

「②金融機能」は卸売業が製造業に代わり小売業から商品代金を回収し、商品が実際に小売業に購入される前に、製造業に支払いをするもの。早期に回収ができることで、製造業は資金繰りがよくなる。卸売業は小売業に「掛け」で商品を販売するため、代金回収リスクを負うことになる。しかしそのぶん小売業も資金繰りがよくなる。

「③情報提供機能」は、卸売業が小売業と製造業双方と取引があるという立場を活かし、様々な情報やデータを双方に提供するもの。製造A社が、全国的な商品の販売動向を知りたいと考えたときに、小売B社からだけ売上データを受け取っても、それはあくまでもB社における売上動向ということで、全体的な傾向を知ることはできない。様々な小売業と取引がある卸売業C社にデータの提供を依頼すれば、一気に複数小売業での売上動向を知ることができる。卸売業が各種の業務システムを小売業に提供し、経営支援を行なうのも、この情報提供機能のひとつと考えられる。

マーガレット・ホールが説いた「取引数量最小化の原理」

昨今では、アマゾンが製造業から直接商品を仕入れて販売したり、あるいはD2C企業が自社の製品を直接ネットで消費者に販売するなどの変化もみられる。「卸売業なんていらないのでは?」と言われることも少なくない。しかし、いくらIT化が進み情報流通のコストが低減したとしても、日本の商環境において、商品の物流や金銭の授受を伴う取引には、中間流通業の存在は不可欠なようだ。なぜだろうか。

ここで、1948年にマーガレット・ホールが提唱した「取引数量最小化の原理」を紹介しよう(図1)。

図1:「取引数量最小化の原理」 1,000カ所の工場と500カ所の店舗が取引をする場合を考える

たとえば、ある国に1,000社の製造業、500店の小売業があったとしよう。卸売業なしに製造業と小売業が直接取引をした場合、取引回数は「1,000社×500店=50万回」になる。50万回の商品発注、納品(荷受け・検品)、請求、支払などが発生するとその取引コストが膨大なものになることは火を見るよりも明らかだ。そしてこの社会的なコストの増大は、商品価格の上昇に直結しかねない。一方、間に卸売業が入った場合はどうだろうか? 取引回数は「1,000社+500社=1,500回」で済む。ある卸売業が1,000社の製造業と取引をしている場合、小売業はその卸売業1社と取引することで、1,000社の商品を容易に仕入れることができるというわけだ。

流通業界向けの経営専門誌「月刊マーチャンダイジング」発行元ニュー・フォーマット研究所の村瀬一弘氏によれば、氏が以前ユニリーバ・ジャパンでトレードマーケティング責任者をつとめていた1990年代後半に、自社と小売店とが直接取引を行なった場合のコストをリサ—チしてみたところ、数百億円の投資と、数百人規模の人員が必要ということがわかり、断念することになったという。卸売業なしにメーカーが小売と直接取引を行なおうとすると、それほど膨大な費用がかかるということだ。

価格決定力をめぐるサプライチェーンの歴史

卸売業が製造業と小売業の間のハブとして存在し、社会コストの大幅な削減に貢献しているということはご理解いただけたと思う。そしてこの卸売業、小売業、製造業、3つの業界は、サプライチェーンの歴史のなかで「価格決定権」への影響力をどの業界が持つかで駆け引きを続けてきた。

たとえば400円のシャンプーの代金を小売業、卸売業、製造業がどのように分け合っているのか想像できるだろうか。あくまで概算ではあるが、決算書上で企業の粗利を示す売上総利益率を各業界の利益と考えて試算してみよう。ドラッグストア上場企業の売上総利益率は平均約26%、一方で日用品大手卸売業の売上総利益率は約9%といったところ。つまり400円の26%にあたる104円を小売業が、9%にあたる36円を卸売業が、残り65%の260円を製造業が得ているとシミュレーションできる(図2)(もちろん企業ごと、商品の種類ごとにこの割合はまったく違うので、あくまで概算である旨ご理解いただきたい)。

図2:400円のシャンプーの代金を製造業・卸売業・小売業でどう分け合っているのか?

小売業はこの104円を積み重ねて土地を買い(借りて)出店し、従業員を雇い、商品を管理する。卸売業は36円で配送費や人件費、倉庫の地代、建設費を賄う。製造業は、製品開発のための研究、広告などのマーケティング、材料の仕入れと製造、工場の建設……等々を行なう。この割合が1%でも増えれば、製造業は開発した商品の利益率が上がるだろうし、1%でも下がれば小売業は競合企業よりも高い値段で商品を売らねばならなくなるかもしれない。もちろんどの企業が何円で商品を仕入れるかは個別の商談の結果によるところが大きいが、製造業、卸売業、小売業のうちどの業界が価格交渉に「強く」どこが「弱い」のかは時代によって移り変わってきた。戦後の流通業の歴史は、価格決定力をめぐる業種対業種の争いといっても過言ではない。このサプライチェーンにおける価格決定力の遷移についてまとめたものが図3だ。

図3:価格決定力の動向の移り変わり(ニュー・フォーマット研究所 村瀬一弘氏作成の図をもとに作成)

以下、時代を遡り社会環境の変化と駆け引きの状況を追ってみよう。

・1950年代:卸売業の時代

終戦後の混乱期を経て、1950年代は朝鮮戦争による特需により日本経済が甦った時期だ。市場に流通する商品は少なく「つくれば売れる」という状況だった。このような時代には、限られた商品をいかに消費者に分配するかが流通の鍵を握る。そのため、もっとも価格決定力に影響を与えていたのは卸売業だった。卸をとおさなければ小売業は商品を仕入れることができず、「そうは問屋が卸さない」とは、まさに問屋の影響力の強さを示した言葉といえる。

戦時中は統制品だった化粧品は、統制を解かれたこの頃から伸長が始まる。ラジオ、テレビ放送が開始され、広告宣伝活動も活発となった。小売業界においては1950年代後半から、チェーンストアの萌芽が生まれ、1957年にはダイエーが創業、続々と食品スーパーが登場し、アメリカに倣ったチェーンストアの時代がスタートする。小売業者は次第に力を蓄え、製造業と直結する動きも出てきた。このような状況を背景に、1962年には書籍『流通革命』(中央公論社)で林周二が「問屋無用論」を唱えた。

・1960年代〜70年代:製造業の時代

1960年代は、製造業が力をつけだし、製造業間の販売競争は熾烈を極めた。一部の化粧品やOTC(一般用医薬品)製造業は小売業を系列化して、自社の影響力を強めた。花王は市場への影響力をより高めるため、自社製品専門の卸売会社(販社)をつくる。卸を使わずに中間流通機能を自社で持つ、いわゆる「直接取引(直取)」の本格的な開始である。花王の販社は1969年時点で全国に約130社に及んだ。これが現在の花王グループカスタマーマーケティングで、いまなお花王は花王カスタマーマーケティングをとおしてのみ小売業に商品を卸している。

花王の販社戦略とは違い、ライオン歯磨・ライオン油脂(現ライオン)は、小売店の独立性と自主性を保ちながら発展的に継続しようと、積極的にライオン油脂を取り扱う小売店を、「ライオン党」などと呼び、ネットワーク化した。そのほか、日用雑貨・トイレタリー用品製造業は、自社製品の販売権を与えた「代理店」と呼ばれる卸を各都道府県に置いて価格決定に関しても強い影響力を持つようになった。ちなみに、家電業界では1957年に松下電器産業(ナショナル)が全国の街の電器屋を組織化した「ナショナル店会(のちのナショナル・ショップ制度)」を設立しているし、先だつ1923年には資生堂も「チェーンストア制度」を構築している。

この時期、製造業が力を伸ばした背景には「再販制度」の存在がある。戦後、小売業界は値下げ合戦を行ない、その影響で製造業や卸売業までが業績を落とすことがあった。そのため1953年から化粧品や医薬品の一部に定められた価格での販売を義務づける再販制度がスタート。この再販制度は、製造業の保護にはなったが、卸売業や小売業の自由な活動を極端に制限することとなる。1960年代後半、公正取引委員会はこの再販制を是正する動きを見せるが、業界全体は再販制を維持すべく攻防が繰り広げられた。

このような状況をうけて、危機感を覚えた日用品卸売業では合併・吸収の動きが活発化した。1969年には北海道の卸売業7社が合併し、「ダイカ」が誕生。現在、日用雑貨卸売上高第2位の「あらた」の前身となる企業だ。なお、第1位の「パルタック」は、1898年に大阪で化粧小間物商「おぼこ号角倉支店」として創業し、化粧品、石鹸問屋として事業を拡大。1950年代に在京の卸売業の経営再建を機に東京に進出し、1960年代は「大粧」という商号に変更。この後パルタックは、他社の経営再建をしながら次々と統合し、企業規模を拡大していく。

・1980年代〜2010年代:小売業の時代

1980年代には以前からチェーン化を進めていた総合スーパーや食品スーパーに加え、コンビニエンスストアが勢力を拡大しはじめる。1990年代はそれまで地方で展開してきた小売業の全国展開も進んだ。小売業が広域展開すると、商談は本部に集約され、規模を拡大した小売業は一企業で大量の仕入れを行なう力をつけるようになる。化粧品など一部商品の再販制度が廃止されると、さらに小売業の価格決定に対する影響力は強まった。

大企業化した小売業と対等に商談し、提案していくためにも卸売業は規模を拡大し、情報収集力や資本を蓄える必要性に迫られた。こうして地方の中小卸の合併が相次ぎ、卸売業は社数を減らし、規模を拡大していくことになる。

生産性向上に伴い商品が過剰に供給されはじめ、もの余りの時代に突入した1990年代。消費者は商品や店を選ぶようになった。価格決定力は消費者、小売業とサプライチェーンの下流に移っていき、この流れはいまも継続している。なお、2000年前後には、外資系トイレタリーメーカーのP&Gと日本リーバ(現ユニリーバ・ジャパン・カスタマーマーケティング)が小売業と直接取引する新取引制度を導入したが、それに応じる(応じるだけの体力がある)小売業はそう多くはなかった。

2002年には、先述した日用品卸の「ダイカ」を含む卸売業3社が共同持ち株会社「あらた」を設立し店頭公開、日用品分野では最大の全国卸になる。さらに2005年、日用品卸の「パルタック」が、大手医薬品卸売業の「メディセオHD」と経営統合し、「メディセオ・パルタックHD」が発足。パルタックはその完全子会社となり、売上高2兆円を超える巨大卸が誕生した。

2000年代後半になると、ドラッグストア業界でも再編の動きが進む。現在では1,000店超えチェーンが9社、2,000店超えチェーンが2社になるまで成長した。2000年代から2020年代は、ドラッグストアの時代といっても過言ではない。

このような変遷をたどるなか、2011年に起きた東日本大震災では、多くの小売業や卸売業が被災した。社会インフラとしての卸売業、小売業の重要性が再確認されるきっかけにもなった。

アメリカで直取ができるのは、ブランド数の少なさと外注先の多さが理由

ここまでざっと駆け足で戦後の日本の流通業の状況を解説してきたが、他国と比較してみるとどうなのだろうか?

実は卸売業は、日本独特の業態だ。ここで、アメリカの流通業の状況について紹介しよう。

アメリカでは小売業は製造業と直接契約をしていて、商品は製造業の工場から小売業の物流倉庫へトレーラーで一気に納品される。たとえばウォルマートでは全商品の約84%が、製造業から小売業の物流倉庫へ直接納品されるという。物流倉庫に納品された商品は、自社トラックで店舗へ配送されるのだ。

アメリカでこのような直取引が実現できるのは、製造業の寡占化が進み数が少ないのが理由だと、村瀬氏は語る。

「洗剤であれば、ナショナル・ブランド(NB)が数ブランドとプライベート・ブランド(PB)がひとつふたつある程度。だから直取引が可能」(村瀬氏)。

日本の小売業と比較して、アメリカの小売業は物流への投資も積極的であり、そのことも直接取引を可能にしている。なお、化粧品や医薬品のような商材は、製造業の工場や倉庫から店舗に直接、宅配便などで送られているという。

日本の卸売業が果たしている機能を代行するアウトソーシング企業が豊富に存在しているのもアメリカ流通業の特徴だ。製造業の営業とマーケティング活動をサポートする「マーケティングエージェンシー」、返品物流を担当する「リバースロジスティクス」企業、製造業(ファーストパーティ)とチェーンストア(セカンドパーティ)のどちらかからの依頼で、製造業の営業と小売業のバイヤーとの「商談」で決定した棚割やプロモーションなどを店頭で実施する「サードパーティマーチャンダイザー」……などなど。製造業社やブランド・アイテム数の少なさから実現できる、自社在庫と物流、歴史に裏打ちされたたくさんのアウトソーサーとの連携によって、アメリカの小売業社は卸売業なしで効率的な取引と低価格を実現している。

(続く)