ミヨシ石鹸が志向する「持たない経営」

老舗石けんメーカーが営業所をWeWorkに移した理由

スタートアップ企業向けに世界各国にコワーキングスペースを提供するWeWork。単なる「場所貸し」ではなく、入居企業同士のコミュニティを作ろうとする姿勢が注目を集めている。そのWeWorkが大阪なんばに新規オープンした拠点に営業所を移したのが無添加石けんを中心に展開するミヨシ石鹸だ。スタートアップ企業のひしめくコワーキングスペースと老舗石けんメーカーという一見不思議な組み合わせは、どのような狙いによるものなのか。

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クリエイティビティを刺激する、絶景を見渡す執務スペース

WeWorkは2010年にアメリカで創業した起業家向けコワーキングスペースを提供する企業だ。27か国、101都市に580カ所以上の拠点を有し(2019年2月7日現在)会員に向けてコミュニティスペースを提供している。アメリカではスタートアップ企業の利用が多く、AirBnB、Uberなど成長を遂げたスタートアップ企業もWeWorkのユーザーだ。

日本においては2017年にソフトバンクグループとの合弁でWeWork Japanが設立され、拠点の運営を行なっている。日本には東京、大阪、名古屋、横浜、福岡の4都市に13カ所の拠点を置く。

そんなスタートアップ企業がひしめくWeWorkに大阪営業所を移転したのが無添加の石けんの製造で知られるミヨシ石鹸である。

WeWorkなんばスカイオは、南海鉄道なんば駅に直結するオフィスビル、なんばスカイオの26階~28階の3フロアを占める。入口を抜けると、オープンテーブルの共用ワークスペースが広がり、奥のエリアが企業向けのプライベートオフィスになっている。ガラスの壁で区切られたオフィススペースは、奥まった場所でも明るく、フロア全体の一体感がある。

写真は執務スペースのイメージ

特筆すべきはワークスペースの眺望の良さだろう。西側に大きく開かれた窓は遠く大阪湾を見渡し、天気がいい日には明石海峡まで見えるという絶景。デザイン性の高い家具が配置され、壁面をアート作品が飾る。

異業種の企業といかに接点を作るか

WeWorkなんばスカイオにはさまざまな業種の企業が入居している。電子決済、オーダーメイドスーツ、e-learning、シェアタクシー、EC、語学……スタートアップ企業が中心だ。そしてWeWorkの大きな特徴が、このような多彩な入居企業間のコミュニケーションを、コミュニティマネジメントチームがサポートしてくれるという点である。ミヨシ石鹸取締役営業本部長の中野浩之さんは今回WeWorkに営業所を移転した狙いの一つとして「異業種との交流」を挙げる。

「事務所やお得意先でのコミュニケーションだけでは、同じ業界内の情報しか共有することができません。WeWorkには、入居している企業同士が気軽に情報交換できるコミュニティスペースがあります。異業種の方と接することで、今まで考えたことのない発想や刺激を受け、それを仕事に生かせるチャンスが産まれると考えました」

たとえば、毎週入居企業を対象としたイベントを実施していて入居者同士のコミュニケーションを促している。取材に訪れた週は「本気で作る大阪ミックスジュース」というイベントや「WeWorkでマッサージ体験!」というようなイベントが予定されていた。

月曜日の朝には「TGIF」ならぬ「TGIM」というイベントが行われている。
一般的に金曜日は「花金」と呼ばれ、英語では「Thank God It’s Friday」(今日は金曜日だ!神に感謝します)という意味で「TGIF」というスラングが用いられることが多い。そこでWeWorkでは「TGIM」と言って月曜日を迎えられたことに感謝して、拠点によっては朝食を食べながら、入居者同士が交流を深めるためのイベントを開催しているのだ。

「訪問する営業から、来訪していただける営業へ」と中野さんは言う。

訪問しなければ会ってもらえない。だから訪問する。…そんな発想から、自社へ訪問していただき、商談だけで終わらず、本当の意味でのコミュニケーションの時間を過ごすことが、次のビジネスチャンスにつながると中野さんは考える。

入居者であれば誰でも使えるオープンキッチンは、フリードリンクも充実している。コーヒーや紅茶はもちろん、ビールサーバーまで設置されていて、就業時間後に従業員同士やお客様とコミュニケーションの輪を広げるツールとして活用できそうだ。

もちろん集中して作業をしたいときや、込み入ったやりとりをしなければならない場合などはコンセントレーションブースを活用することもできる。

「車があるから営業に出る」という固定観念から脱却

今回の移転の狙いについて、ミヨシ石鹸営業部の伊藤恒太郎さんはこう言う。
「もともとの営業所は雑居ビルの一部屋で、あまりよい環境ではありませんでした。こちらのオフィスのアクセスは非常によく、お客様先に出向くだけでなく、お客様にご来社いただいて、この環境を楽しんでいただくようなことも増えています」

ミヨシ石鹸の大阪営業所は、WeWorkに移転したタイミングで営業車を廃止した。基本は公共交通を利用して移動し、販促物を持参する必要があるときはカーシェアリングを使う。

本社では電気自動車を導入しているが、環境に配慮することを第一に考え、できる限り公共交通機関を利用することにしたのがその理由だ。取引先企業にWeWorkに来訪してもらい、和やかな雰囲気の中でコミュニケーションを取るケースも増加している。

ミヨシ石鹸の三木晴信社長は、WeWorkへ営業所を移転した意図についてこう語る。

「WeWrokには以前から興味を持っていました。たまたま上海を訪問した際にWeihai Luという地区のWeWrokを訪問したのですが、1930年代に建設された精製工場で、2000年代にはアーティストレジデンスとして活用されていた建築物。リノベーションされた内装は非常にデザイン性が高く、これは入居するしかないだろうと感じたんです。大阪に進出すると聞いて、ならばぜひ営業所を移転したいと考えました」

「まだ入居して日が浅いので総合的な評価はしづらいところですが、営業スタッフの働き方が変わったのは大きいと感じています。どうしても、仕事に集中すると同僚とのコミュニケーションをシャットアウトしてしまいがちですが、ここでは自然と会話をしながら仕事をするスタイルになっています。それに、狭い社内に閉じこもっていると、どうしても『うちはこういう会社だ』という固定観念ができてしまいがちですが、ここに来るとそれが解放される印象があります。クリエイティブな雰囲気に溶け込んで、スイッチが入る。そういう意味では生産性は上がっていると思います

WeWorkの利用を福利厚生と考えるか、生産性を上げるための施策と考えるかで、評価は全く違ったものになる、と三木社長は言う。さらに今回の営業所移転の背景には、これまでの社内文化を一新し、収益構造を変革したいという意図がある。

メーカーの営業業務は、取引先と会って商品を案内するルートセールスが基本だ。これは往々にして単なるルーチン業務になりがちで、工夫無しに毎日の業務を回すだけという状況に陥ってしまう営業担当者も少なくない。しかし情報化が進んだ今日、メーカーに求められるものは、工場で製造した商品を単に取引先に卸すことではなく、新しい価値を創造していく、知的な生産活動である。その知的な生産活動の場として、ミヨシ石鹸はWeWorkを選択したのだ。

「今後企業活動の鍵を握るのはダイバーシティです」(三木社長)

変化が激しく、さまざまな価値観が交錯する現代社会においては、異なる背景を持った人たちが一つの目的に向けて試行錯誤することでしかゴールにはたどり着くことができない。そういう意味で、ミヨシ石鹸は、ジェンダー、国籍、宗教…すべての意味で多様性を実現するための実験を行っているさなかであるといってもいいだろう。

「WeWorkには業種や国籍など、本当に様々なバックグラウンドの人がいらっしゃいます。弊社従業員には、この場の力にインスピレーションを受けて、新しい仕事の仕方に転換することを期待しています」(三木社長)

いかに既存の「営業」の固定観念から脱却するか。このような環境を従業員に提供するのも、営業活動そのものをダイバーシティーの実践とするための同社の試行錯誤の一環と言えそうだ。

しかし、従業員にとっては、これだけ自由な環境で、どこまで自分を解放していいのかという迷いも出てきてしまいそうだが。

「けれども、そういうものも含めて変化というのは面白いものではないでしょうか。仕事は大変なものという考え方があります。たしかに大変なものではあるんですが、ずっとそれだけでは疲弊してしまう。でもここであれば、どんな仕事の仕方をしていても、文句を言う人はいません」

自由な環境でこそ個人の能力は最大化される。その変化への対応は、従業員それぞれにとって短期的には迷いが出るものかもしれないが、長期的には個人の、そして企業の強さの底上げに確実につながっていくはずだ。

変わりゆくメーカーの本質。持たない経営が目指す先とは

コワーキングスペースを活用することはコスト削減にも直結する。Wi-Fiなどのネットワーク環境やインフラはすでに整っているので、入居企業側ではノートPCを1台用意しさえすれば仕事の環境をあっという間に構築することができる。ゴミの回収や清掃も任せられるので、総務部門の仕事もスリム化できる。

スケーラビリティも特徴の一つだ。事業規模に合わせて従業員の人数が増減した場合は、WeWorkの中で空いているスペースに移動をすればよい。大掛かりな転居は不要だ。

実はこのタイミングでミヨシ石鹸の大阪営業所は固定電話もなくした。名刺には電話番号が記載されているが、すべて本社に転送されている。フレキシブルでライトな運用、「持たない経営」を徹底しようとする姿勢が見て取れる。

メーカーという業種は、これまで工場を所有して製品を製造できる部分に本質的な価値があるとされていた。しかしその前提も情報化が進み、工場を持たない「ファブレス」メーカーも存在感を増してきているなど、環境の変化に伴い一つのターニングポイントを迎えていることは間違いない。メーカーという存在が、この先どのような価値を市場に提供していくのか。ミヨシ石鹸の営業所移転は、業界に対する一つの問題提起につながっているのではないだろうか。

(提供:ミヨシ石鹸)