Showcase Gig 新田 剛史氏に聞く、キャッシュレス決済の未来

QR決済ブランドが乱立する状況は長くは続かない

クレジットカード、QRコード決済、交通系電子マネー…リアル店舗にはさまざまな決済方法が乱立していて混沌としつつある昨今、世界の決済状況はどのようになっているのだろうか? モバイルオーダーアプリ「O:der」などを小売・サービス業に提供しているShowcase Gigの代表で、世界の決済動向に詳しい新田剛史氏にお話を伺う。(まとめ:MD NEXT編集長 鹿野恵子)(月刊マーチャンダイジング 2019年2月号より転載)

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現金利用率対GDP比1.4%のスウェーデン

2018年12月、ソフトバンクとヤフーの共同出資会社であり、QRコード決済(モバイル決済)を提供する「PayPay」が実施した100億円キャッシュバックキャンペーンは、消費者が同社の決済機能を使って加盟店で買物をした場合、20%をポイント還元したため、世間から大きな注目を集めた。

次いでLINEの提供するQRコード決済の「LINE Pay」も同様のキャッシュバックキャンペーンを実施。国内においてはさまざまなQRコード決済が登場し、ブランドが乱立している状況だ。しかし、海外を広く見渡してみると、このようにQRコード決済のブランドが乱立している国というのはあまり多くはない。

キャッシュレス先進国として新田さんが挙げるのはスウェーデンだ。

「スウェーデンの現金利用率は対GDP比で1.4%(2016年)。あらゆるものの支払いをクレジットカードなどキャッシュレス決済で済ませることができます」。実際に新田氏がスウェーデンを視察に訪れた際も、現金を用意せずに済んだという。

大手のチェーンストアにおいては、クレジットカードやデビットカードでの決済が中心となっているが、これほどまでに現金が少ない背景には「Swish」という個人間送金のためのスマートフォンアプリの普及も一役買っている。

Swishは2012年、大手6銀行が共同で運営する個人間送金用のアプリとして登場。その後、企業への送金や電子商取引への支払いなどでも使えるよう、サービスを拡充している。

Swishを使えば、振込先の銀行名や口座番号などがわからなくても、携帯電話番号情報だけで、即時に銀行口座へ送金することができる。この仕組みの裏側では、日本のマイナンバーにあたる「パーソナルナンバー」という個人識別番号が利用されている。すでにスウェーデンでは、Swish支払いのみを受け入れる「現金お断り」の店舗も一般的な存在になっているという。

市民生活の届け出がアプリで済む中国

キャッシュレスについては中国も積極的だが、こちらはICではなくてAlipayやWeChatPayなどのQRコード決済が一般的。AlipayやWeChatPayが登場する以前から、中国ではQRコード文化が普及していて、請求書代わりにあらゆる場所に貼られていたためQRコードを見ればとりあえずアクセスしてみるという背景があった。また、クレジットカードリーダーは高額で個人店には導入しにくいことも、QRコードが普及した理由のひとつだ。

Alipay、WeChatPayはQRコード決済も非常に便利だが、それぞれのプラットフォーム上で動くさまざまなミニアプリがあるのも特徴である。たとえばもともとWeChatはメッセージアプリで、友達とのやりとりなどに使われるのはもちろんのこと、電車や飛行機などのチケット購入をはじめ、公共料金の支払い、税金関連手続き、病院の予約など、さまざまな手続きをひとつのアプリ上で済ませることができる。

中国のモバイル決済アプリは、もはや社会インフラといっても過言ではなく、アプリの滞留時間も日本人がLINEを使うのと比べものにならないぐらいに長い。この「依存」といってもいいほどの利便性の高さが、QRコード決済の利用者を爆発的に増加させている。

さらにAlipay、WeChatPayの出資を受けた複数のスタートアップがサービスを浸透させるために数百~数千億円といった金額を投資してキャッシュバックキャンペーンを行い、ユーザー数を増やしている。日本で行われているQRコード事業者のキャッシュバックキャンペーンは、中国の投資金額と比較すると何分の一にすぎない。

つまり、これらのQRコード決済は、日本とは使われ方も投資金額もユーザー規模もまったく違うのである。

大量のIDを保有する事業者がけん引役になる

翻って日本はどうか。日本と状況が似ている国として新田氏はドイツを挙げる。ドイツは現金信仰が強い、いわば現金大国。クレジットカードすら使えないような飲食店が少なくないという。

現地で聞いた話として、日本とドイツの共通点として、第二次世界大戦で敗北したという歴史が影響しているのか、個人情報を国に預けたり、第三者に預けることに過度に抵抗を示すということが挙げられるという。国家規模でキャッシュレス決済を普及させるためには、信頼性の高い「一意のID」をどれだけ集めるかが重要になってくるのだが、確かに日本では国民がマイナンバーに対してもいまだに拒否反応を示していて、これをIDとして活用するのは難しいように見える。

一方、スウェーデンは国を挙げてパーソナルナンバーを活用している。Swishの成功は、パーソナルナンバー、電話番号、銀行口座を紐付けたことによるところが大きい。

ある種、情報が透明化されており、究極のプライバシーレス社会が出来上がっている。これは国家への信頼性の高さがなせる業だろう。

変化が激しく複雑化している現代社会において、インフラの整備は統一意思で一気に進めた方がスムーズで、民主化されている国であればあるほど難易度が高まる。キャッシュレスが普及するかどうかも国が主導できるかどうかがポイントだ。

「決済は、国民全員がほぼそれを使っているというような、『インフラ化』していないと意味がありません。個人間の送金が可能になったり、どの店に行っても使うことができるという状態でなければならなくて、水や空気のようなものです。本来であれば国家主導で行うべきような事業ですが、もし民間がやるのであれば、大量のIDを持っている事業者がけん引することになるのではないでしょうか」と新田氏は分析する。

QRコード決済の多くは近い将来消滅する

では小売業は決済手段が乱立する現在の状況に対し、どのように向き合うべきなのか。

「新しい技術は次々と登場します。まずは自社のIT基盤をきちんと整備し、常にAPI対応(※)ができるように整えることです。お客さまのIDをどのシステムにもはめ込めるようにつくっておくべきでしょう

現在、さまざまなQRコード決済の事業者が、小売業や飲食業に資金的な援助を行い、その事業者が提供する決済手段に対応するアプリやシステム構築の支援をしている。この、各事業者が競争している環境を活用して、赤字にならない範囲でいろいろな決済手段に対応してみるのもひとつの戦略だろう。

小売業の方が取り組むのであれば、将来にわたって決済事業を継続できる体力を持っていて、固有のユーザIDをたくさん持っているような、『筋のよい』企業と組むのがおすすめです。利益が出るのであれば、それ以外を試してみる価値もあるかもしれませんが、長続きするかどうかは疑問です」

現在の決済手法乱立状態は近いうちに収束に向かい、消滅・吸収されるQRコード決済も少なくないだろう。あらかじめそのことも念頭に入れて、決済戦略を決めるべきだ。お客さまの利便性を鑑みあらゆる決済手法を取り入れるのか、それとも厳選した決済手段だけを提供するのか。トップによる適切な経営判断が求められる。

※API…Application Programming Interfaceの略称。基本ソフト(OS)やアプリケーションソフト、インターネットのサービスなどが、自らの機能の一部を、ほかのソフトやサービスから簡単に利用できるように、機能の呼ひ゛出しやデータの受け渡しなどの手順を定めたルールのこと。

〈取材協力〉

Showcase Gig
代表取締役社長
新田 剛史氏