可能性を増す「リテールメディア」。成功のために必須のアドテクへの理解

小売業が運営するアプリ、ECサイト、自社サイトなどオウンドメディアの存在感が増している。小売業運営のオウンドメディアは「リテールメディア」とも呼ばれ、ここに商品広告を掲載することで自社店舗の販促、あるいは、媒体収入を得るインターネット広告事業の展開が可能だ。今回はリテールメディアの持つ有利な立ち位置や将来的にこれを活用して、成功させるための技術=アドテクノロジーについて紹介する。(月刊マーチャンダイジング2023年10月号より転載)

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飛躍的に技術が発達したインターネット広告

インターネット広告は1996年頃から始まり、当時はバナーを貼り付ける程度の簡単なものだった。その後、検索すると関連商品の広告が出る検索連動型(リスティング広告)、Yahooなどのポータルサイト上の決まった位置に、ユーザーの関心事と関連した広告が出現するディスプレイ広告など、技術の発展に伴い種類も増えていく。

また、広告そのものの発展と共にターゲティングやアドネットワーク(複数の広告枠への配信)など、広告を効果的に配信する技術もインターネット広告黎明期から飛躍的に発展している。とくに最近では、AIが配信相手と最適なメディアのマッチングや予算の最適な配分を自動で行うなど、AIの活用によって新たな局面を迎えている。

リテールメディア成功のカギは信頼できるパートナー選び

近年、小売業では自社アプリ、ECサイトなど自社メディアの構築に注力する企業が増えている。とくにアプリ開発には熱心で、これを使ったクーポン発行、ポイントカード機能、決済サービスなどで売上拡大、固定客化を図っている。

小売業が運営する自社メディア=リテールメディアは広告媒体としても注目されており、サイバーエージェントによると2030年には小売業の広告事業の市場規模はネット広告市場全体の10%程度に達すると予想されている。

アメリカではリテールメディアによる広告市場は2022年時点で推計410億ドル(1ドル130円換算で5兆3,300億円)の規模がある。このうちアマゾンが75%程度を占める一強状態だが(米国Pwc Statista調べ)、ウォルマートの2022年度のリテールメディア事業の売上は27億ドル(3,510億円)前年比40%増で可能性の高さを示している。

日本でも将来を見据えて準備に取り組む小売業が出はじめている。しかし、こうした小売業でもリテールメディアを使った広告事業に精通した企業は少なく、非効率な運営や不誠実な事業者によって適正に利益を得られていないケースもある。

スタートアップ系のリテールメディア事業者は玉石混淆(いいものと悪いものが混在する)状態で、導入コストがかからないなど入り口のハードルを下げ契約を取るが、その後の効果が思うように上がらないといった企業も散見される。このような企業との取り組みは広告主であるメーカーとの信頼関係にも悪影響を及ぼし、リテールメディア事業の将来性を傷つけることにもなる。

リテールメディア事業成功のカギは、運営技術や料金制度(相場)を適切に理解すること、そしてインターネット広告の実績があり、技術を蓄積したパートナーを選ぶことにある。信頼できるパートナー選びという最初の一歩が重要であることは強調したい。

リテールメディアは優位な立ち位置にある

店舗数が4桁を超えるような大手小売業は企業全体としての客数も多く、自社メディアと接触する人の数、接触回数も多い。こうした多数の会員や利用者とポイントや特典、あるいはオリジナル商品や接客などの買物体験を通じて強く結びついていることはリテールメディアの優位性のひとつである。

加えて、小売業発信の情報は買物をする意欲のある状態で見ることが多い。同じ健康食品のインターネット広告でも、ニュースサイトを見ているときよりは、ドラッグストア(DgS)のアプリをチェックしているときに見るほうがより購買意欲を刺激するだろう。実際、リテールメディアの広告は購買やキャンペーン参加などのコンバージョン(何らかの行動的成果)が他メディアよりも高い。

さらに、リテールメディアが有望と見なされるもうひとつの理由は、ユーザー情報へのアクセスである。ID、パスワードを入力した状態でユーザーがサイトを訪れるとcookie(クッキー)と呼ばれる足跡のようなものが残る。クッキーはインターネット上で共有することが可能で、多くの企業はこのクッキーを元に、ユーザーの志向や関心事を推測し、広告を配信している。

登録アカウントでスニーカーについて検索すると、その後スニーカーの広告がサイト上に頻繁に出現したり、広告メールが届いたりするのはこのためである。近年、クッキーはプライバシーの侵害にあたるとして問題視されており規制する流れにある。2024年にはさらに規制強化される見通しだ。

クッキーが規制されても、リテールメディアと接触する人は自らが会員やユーザーである企業のメディアに自主的に接触しているので、規制の対象外となり、ログ(メディアへのアクセス履歴)を追うことが可能、効果的なターゲティングが引き続きできる。この意味において、リテールメディアには今後大きな優位性が生まれる。

「多数の会員との結びつき」、買物意欲のある状態で広告と接する「閲覧環境」、「ユーザー情報へのアクセス」、これらはリテールメディアの「地の利」とも言え、メーカーが広告出稿するときの有利なポイントになることは認識しておきたい。

アドテクノロジーを活用すればビッグ・テックにも対抗できる

リテールメディアが優位な立ち位置にあることに加えて認識すべきは、小売業が自社のオウンドメディアを広告媒体として市場に出すとき、出稿側(メーカー)はその効果をグーグルやアマゾンといった世界的なプラットフォーム企業(ビッグ・テック)と比較するということだ。メーカーは広告予算の配分先として、シビアにメディア間の投資効果を測定しリテールメディアを評価する。

広告投資にふさわしい効果が得られなければ、販促やリベートなどの「営業費」からお付き合いとしての出稿はあるだろうが、リピートは期待できない。メーカーの持つ潤沢な「広告予算」から安定的に広告出稿を受け事業化するためには、「アドテクノロジー」と呼ばれる技術を駆使して自社のリテールメディア広告がグーグルやアマゾンへの出稿と比較して引けを取らないという評価を得る必要がある。

アドテクノロジーは、デジタルサイネージでも活用が可能である。店舗入り口や店内に大型のサイネージを置き商品情報を流すサービスは導入企業も増え、本誌2023年7月号で紹介したように、ID-POSデータとの連係による効果測定、運用の技術の発展と共に大きな販促成果を出しはじめている。

近い将来デジタルサイネージからのクーポン発行などが可能になり、ここが来店客とデジタル販促をつなぐ新たな接点になる。その他、来店客の動線を追ったり、購買行動を把握したり、デジタルサイネージの拡張性、潜在的可能性は高い。

インターネット広告の配信プロセス

[図表1] サイバーエージェントのインターネット広告配信モデル

図表1はサイバーエージェント社が提案するインターネット広告の配信モデルである。配信プロセスに関しては、基本的に一般的なインターネット広告と共通と考えてよい。

①アドマネジメントシステムは、インターネット広告の頭脳だ。一定の期間内に決められた予算で広告を配信するという情報と配信する広告(制作物)を登録すれば、それに沿って最適な広告を最適なメディアに自動で配信してくれる。

さらに、「3日間の実績が想定の50%に達しない場合、配信を停止する」など運用ルールを登録するとそのルールに沿って配信の指令をする。レポートの集計・表示、請求管理なども行う管理ツールの機能もある。サイバーエージェントでは、小売企業に合わせたアドマネジメントシステムの開発を行っている。

②CDP(Customer Data Platfom)は広告配信する相手のデータベース。会員ごとに各メディアへのアクセス状況、購買履歴などがデータベースとして蓄積され、商品や販促の内容に合わせターゲティングする。

現状、顧客データベースを持つ小売業は多いが、One to Oneに近い販促を実現させ、リテールメディア事業を目指すのであれば、CDPとして新たに整備する必要がある。

③配信サーバーは広告配信を管理するサーバーである。①のアドマネジメントシステムが頭脳なら、配信サーバーはそれを実行する「手足」に当たる。

アドマネジメントシステムの設計に基づき、特定の広告枠(アプリ、自社サイトなど)に特定の広告を配信するというリクエストが来ればそれを実行する。

また、配信サーバーのプロセスには別名DSP(Demand Side Platformer)という呼び名がある。これは、広告主向けに複数のネットワークが集結し一元管理されるプラットフォームである。

同様に広告の配信先である④メディア側にもSSP(Supply Side Platform)という広告収益を最大化させるためのプラットフォームがある。

インターネット広告では、大量の広告主(DSP=デマンドサイド)と大量のメディア(SSP=サプライサイド)を仲介する事業者が存在し、自動で効率的に両者をマッチングさせる仕組みがある。

サプライサイド(メディア供給側)である小売業が広告事業を始める際、SSPを利用すべきかについて議論になることが多いが、これは広告事業が進んで、媒体の在庫が余剰になった時などに利用すべき仕組みである。

SSPを使えば媒体は効率的に売れることもあるが、その分手数料を取られる。まずは、自社媒体をメーカーに販売することに専念すべきだ。

④メディアは、広告が実際に掲載される先となる。各メディアとユーザーの接触情報はひとつの「面」と捉えることができ、後述するが「面」の分断が現状、小売業のインターネット広告の課題となっている。

メディア閲覧情報=「面」の統合とマッチングにAIを活用

[図表2] 広告主、広告枠が統合運用されていない現状

小売業の媒体事業の課題は、自社アプリ、ECサイト、自社公式サイト、LINEなどと会員の接触情報がメディアごとに分断されていることである。さらに、広告主であるメーカーも一社単位で効果を追うといったように、統合性に欠けている(図表2)。

メーカーごとの効果測定だけではなく、カテゴリーやアイテム単位の分析、会員のメディアとの接触情報を統合的かつ一元的に管理することで、広告効果を上げ、より価値の高いリテールメディア広告が実現する。

[図表3] アドマネジメントシステムによるマッチングの考え方

サイバーエージェントの広告配信システムでは、アドマネジメントシステムがユーザーごとに何を訴求してどのメディアに配信すれば最適な効果を得られるかを自動で判断し実行する(図表3)。

[図表4] サイバーエージェントのアドマネジメントシステムで実現するインターネット広告イメージ

例えば、CDP(顧客データベース)の情報から会員001はアプリに頻繁に接触し価格に敏感な傾向があると判断すれば、アプリでクーポンを配信する、会員002はECの利用率が高く新商品の購買傾向が強いと判断すればECサイトを見た際に新商品の広告が出るようにするといったロジックだ。

インターネット広告の三大構成要素は、「人」(誰が見るか)、「枠」(アプリ、自社サイトなどの広告枠)、「クリエイティブ」(制作物)であり、これらを最適に結びつけることで効果も最大化できる。サイバーエージェントの広告配信システムでは、ここに最新のAI技術を導入、「AIセグメント」によりターゲット(人)を選定、「AIクリエイティブ」ではターゲットに合った最適なクリエイティブをAIが生成する。「AIレポート」は広告効果を分析して報告、最適な枠の選定に生かす。

これら3つのAI技術を同社ではインターネット広告における「AI三種の神器」と位置づける。同社ではAI Labという専門部署で先端的な研究機関とも連携し、指導者レベルの知見を持つ研究員が技術開発を進めており、ここで開発された技術がリテールメディアの広告配信事業に応用される。同社では今後も絶えず新しい技術を投入することで、小売業のリテールメディア事業をサポートする考えで、現在提案している広告配信システムも完成ではなく進化の途上であるとしている。

日本のリテールメディア事業は緒に就いたばかりだが、適切な知識とパートナー選び、計画的な投資と事業計画があれば、地の利を生かして大きく開花する可能性はある。今後はDXの発達でOne to Oneのデジタル販促技術は小売業各社の標準装備になるだろう。そのひとつの延長線上にリテールメディア事業もあり、その意味でもこの領域に注力する価値はある。

 

《取材協力》サイバーエージェント

サイバーエージェント
アプリ運用カンパニー
カンパニープレジデント
東樹 輝氏
サイバーエージェント
アドマネージャー部門
執行責任者
小川 隼貴氏
サイバーエージェント
協業リテールメディアDiv 統括
藤田 和司氏