[基調講演]
2022年は歴史的にも困難な1年 大会には革新的な技術、才能が集結
NRF2023は、NRFの会長を務めるウォルマートUS社長兼CEOのジョン・ファーナー氏の基調講演で始まった。ファーナー氏はまず、前年11月、12月の忙しいホリデーシーズンを乗り切った参加者たちに労いと歓迎の辞を述べた。次いで、2022年は、パンデミックからの脱却、世界的サプライチェーンの課題、急激なインフレ、国際紛争など歴史的に見ても困難なことが多かった1年だと振り返り、それでも小売業は、顧客を見て顧客のための革新的な取組みをしてきた、大切なことは「最良の顧客体験の提供」であることを強調。NRF2023にも機械学習、人工知能、ロボティクスなどの「画期的なテクノロジー」、リテールリーダーという「画期的な才能」、中小、スタートアップ企業からの「画期的アイデア」が集まっているのでこれらに触れてほしいと語った。そのほか、自然災害地への救援活動、組織犯罪に関する法律の見直し要請(ロビー活動)など、NRFが組織として取り組む活動にも言及した。
NRFが開催する全米規模の見本市は今回で113回目となる。NRF2023の来場者数は約3万5,000人、75ヵ国からの出展があり、展示ブースの数は約1,000、セッション(講演)数175、セッションの講演者は350人を数える小売業では全米にとどまらず世界的イベントとなっている。
[リテールメディア]
コロナ禍によるEC化に伴い加速度的に普及するリテールメディア
コロナ禍をきっかけに、人との接触を避けて買物をするためECの利用率が大きく上昇した。これに対応するために小売側も物流やアプリを含むECの改善、強化に投資して、今やアメリカの買物はECを軸に回り始めていると言っても良い。
この状況は、名前や住所、過去の買物履歴といった「情報付き」の生活者がスマホ、PCを経由して買物することが一般的となり、その回数が以前と比較すると膨大になったことを意味する。
そして、この動線上に広告を打てば購買意欲があり、なおかつ絞られたターゲットに向け、届けたいメッセージを送ることができる。こうした理由で小売業が持つ、自社の買物アプリや専用サイト、関連する第三者のデジタル媒体を活用した「リテールメディア」が注目されるようになった。市場も急テンポで拡大している。
図表1、2022年の世界のリテールメディアの市場は751億ドル(1ドル130円換算/以下同、97兆5,000億円)、2021年と比較すると80.1%増、2020年からは約3倍成長している。
米国内のリテールメディア市場の圧倒的シェアを占めるAmazonは米国内だけでも年間延べ2億人以上のアマゾンプライム利用者がおり、こうしたデータへアクセスできることがAmazonのリテールメディアの強さの源泉となっている。
Amazonのリテールメディアのサービス名称は「アマゾンアドバタイジング(amazon ads)」、以下のようなサービスメニューがある。
- スポンサープロダクト:商品検索や商品詳細ページ、ショッピングの結果など、特定のページに商品リストを表示することができる。
- スポンサーブランド:特定ページにブランドやそのブランドの商品広告をページ横断で適切に表示する。
- スポンサーディスプレー:Amazon内のページ及び、Amazonと提携する外部プラットフォーム内のページで広告を表示する。
ウォルマート、ターゲットなど大手小売業も続々参入
ウォルマートは近年ECを強化しており、リテールメディアにも積極的に参入している。サービス名は「ウォルマート コネクト」。リテールメディアから収益を上げるという意味において、Amazonに最も近い。調査会社コムスコア社によると、ウォルマートのオンラインショッピングのトップページであるWalmart.comには毎月1億人以上の訪問者があり、これを活用して同社ではブランドとサイト利用者との効果的なマッチングをしている。
以下は、ウォルマートコネクトで提供されるサービスの一例である。
- 検索広告:検索結果に広告主の商品を表示する。
- ディスプレイ:広告主がウォルマートのウェブサイト、アプリ、及び第三者のプラットフォームで広告する商品と関連しそうな視聴者へのリーチを支援する。
- インストア:4,700店以上の店舗に設置された17万台以上の店頭テレビや店頭スクリーンを使って、広告主とリアル店舗のお客をつなぐサービス。
大手ディスカウントストア、ターゲットは売上高で米国8番目の小売企業。同社のオンラインページには毎週300万人の訪問者がおり、リテールメディアを展開している。サービス名は、かつて「ターゲットメディア」と称していたが、リテールメディア強化にあたり「ラウンデル(ROUNDEL)」と改名された。コカ・コーラ、マイクロソフト、ユニリーバ、ディズニーなど人気ブランドと提携している。
サービスの一部を紹介すると次のようになる。
- ターゲットプロダクト広告:自社サイト内で商品検索すると、提携メーカーのブランド、商品が上位に来る。
- ターゲットサーチ広告:ターゲットの会員がグーグル検索すると、ラウンデルの広告を経由して商品リストに誘導する。
- ディスプレイ広告:自社のオンラインページと150以上の提携メディアに広告を掲載できる。
ここで紹介した2社以外でも、大手小売業はほぼ全社リテールメディア事業に参入している。「自社会員のECへのアクセス」という膨大な資産を有効活用しているといっていいだろう。
米国のリテールメディアの急激な成長はコロナ禍により買物方法が大きくECにシフトしたという背景がある。リアル店舗でのサイネージによる情報の提供や収集、ビーコンによるプッシュ通知からの展開といった日本が模索するリテールメディアはアメリカでもさほど発達しておらず、期待できる収入源とはなっていない。その意味で日本がリテールメディアから一定の収入を得るためには、EC化率を上げる必要がある。
また、米国のリテールメディア市場は、Amazonが圧倒的なシェアを占めており(2022年のAmazonの広告収入は約116億ドル/15兆80億円)、これをウォルマートが後方から追うという構図になっている。2022年2月の発表によれば、ウォルマートのリテールメディアでの収入は約21億ドル(2,730億円)。Amazonの売上の18%強の段階にある。
マーケットプレイスやストリーミングサービスの開始でリアル+Amazon型ビジネスへの変身を図る同社にとっては、リテールメディアは、ポテンシャルの大きな世界だと見ることもできる。
[ライブストリーミングコマース]
次世代のECのカタチライブコマース
ライブストリーミングコマースとは、動画上で演者が商品の説明、使用感などを語り、最後にその商品の購入を勧めるという販売形式である。単にライブコマースとも呼ばれる。演者を務めるのは有名人の場合もあるし、小売の店舗従業員が登場することもある。
このライブコマースがアメリカでは大きな流れになりつつある。Firework(ファイヤーワーク)やBambuser(バンブーザー)といったライブコマース専門のプラットフォーマーが事業を展開。両社は日本にも上陸している。生活者、とくに若い世代がこのアプリ(サイト)にアクセスして俳優やスポーツ選手などの有名人、あるいはその業界に精通したインフルエンサー、さらに自分で開発した商品を売りたい個人が紹介するライブ映像を視聴、その後商品を購入するという買物スタイルが急激に拡大している。
ライブコマースのプラットフォーマーBambuser社は自社サイトの中で、「ライブビデオショッピング(ライブコマース)は、フォーブス、マッキンゼー、ブルームバーグなどで『小売業の未来』と呼ばれている新たなEコマースの形。Bambuserが配信する動画の平均視聴時間は13分(サイト滞在時間は通常のオンラインショップサイトの3倍)、同社配信の購入率(コンバージョンレイト)は12.4%(SNSの1,600%高)」などのデータを紹介、可能性をうたっている。
ライブコマースは中国ではすでに市場が成熟期に入っており、調査会社コアサイトリサーチ社によると、2017年から2019年にかけて20倍に成長。同社では米国のライブコマースの市場は2023年末までに317億ドル(41兆2,100万円)に達し、2021年の約3倍の規模になると予測している。
大手各社も取組始めたライブコマース
ウォルマートをはじめとする小売業もライブコマースに取り組んでおり、自社サイト内に専用ページを解説している。写真1はウォルマートのライブコマースサービス「Walmart Live」のページ。ビューティ、エンターテイメントと並んでアソシエートライブ(自社従業員のライブ動画)のコーナーもある。
アメリカはインフレの影響で賃金も上昇し、人件費も高騰している。人手不足も深刻で店舗従業員の数は減っている。こうした状況でライブコマースは「接客のDX化」と捉えることもできる。リアルの接客なら1人でこなせる回数は限られているが、ライブコマースなら同時に1対n(複数)の接客が可能になる。
小売発信のライブコマースに期待されるもうひとつの効果は、「買物体験の補完、充実化」である。ECの比重が大きくなると、店舗での買物体験が不足し、ロイヤルティの低下が懸念される。そこで、店舗従業員がスタジオや自社店舗から、ライブ動画で商品を説明し購入を勧める。この「人感」、「臨場感」によって顧客との絆を深めようということで、各社自社従業員によるコンテンツを増やす傾向にある。
冒頭延べたように、米国での買物がECに大きくシフトされており、この現象からリテールメディア、ライブコマースが大きく成長しつつある。そして、それらがまた買物シーンや店舗の役割を変えようとしている。店舗がECのためのフルフィルメントセンターになり、ライブコマースのためのスタジオにもなる。その先にはメタバースのような世界で、疑似リアル店舗を体験しながらECで購入する、そんな時代も見えている。
[リテールクライム対策]
万引、組織的な窃盗で大きな被害が出ている
NRFの調査によると、2021年の小売業の盗難による被害金額は945億ドル(12兆2,850億円)に及び、2020年の908億ドルから4.0ポイント上昇した。
カリフォルニアでは2014年、住民投票で「Proposition47」という州法が承認された。これによると950ドルまでの暴力を伴わない窃盗なら軽犯罪として処理され、数時間から数日の拘束だけで収監されないケースが多いというもの。刑務所のコスト削減と更生に重きをおいたというのが法の趣旨だが、950ドルまでなら窃盗が黙認されることになり、当然窃盗犯罪が多発するようになった。
サンフランシスコのウォルグリーンは2021年、あまりに多発する万引、窃盗のために5店舗以上を閉鎖。他の小売業でも同様の事態が起こっている。また、ノースカロライナのホームデポでは2022年10月、万引を止めようとした従業員が突き飛ばされて転倒、死亡するという事件も起こっている。
さらに深刻化しているのは、ORC(Organized Retail Crime)という組織化された集団窃盗である。これは転売を目的に集団で店を襲い商品を持ち出すという犯罪。白昼堂々と行われることも多い。万引、ORCに対応するために小売では私設の警備員を雇う企業が増えた。
NRF2023でもORCに対抗するためのセッションが設けられ、カリフォルニアの州法の是正を含む、連邦規模での対策を議会に働きかけるとしている。
〈取材協力〉