ユニ・チャーム株式会社 代表取締役社長 高原 豪久氏に聞く

「Withコロナ」時代における「業界総資産」拡大のシナリオ

Withコロナの「ニューノーマル」時代の経営戦略は何が重要か?「OODAループ」という、戦争下の意思決定を体系化したマネジメント手法を導入したユニ・チャームの高原豪久社長に、Withコロナ時代への変化対応戦略について聞いた。(聞き手:月刊MD主幹 日野 眞克/月刊マーチャンダイジング2020年12月号より転載)

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マスク市場は通年商品1,000億円を超えた

──Withコロナの時代になり、マスク市場が非常に大きくなっていますね。

高原 マスク市場は、生理用品市場よりも大きくなっています。生理用品の対象人口は減少し、生理用品市場は出荷ベースで約800億円強まで下がっていますが、マスク市場は1,000億円を超えています。

市場が1,000億円を超えたマスク

コロナ禍の特需商品であるマスクやウエットティッシュに関しては、フル生産体制でもまだ市場の供給には追い付いていない状況です。改めて、衛生用品を取り扱うメーカーとしての使命や社会的意義を、社員が再認識するきっかけになったと感じます。

個人的には新型コロナウイルスの影響で海外出張もなくなり、一人でじっくり考える有意義な時間が増えました(笑)。この期間、メーカーとしてだけではなくて経営者として、Withコロナ時代に求められる経営戦略・シナリオをずっと考えていました。

そのなかで得た結論は、「やりたいこと」と、「やるべきこと」と、「やれること」を、同心円で一致させるシナリオをつくらなければならないと思ったのです。

私はアフターコロナという言葉を使わなくて、最初からWithコロナと社内でも言っていました。コロナ前に戻るのではなくて、変化を受け入れて、それをベースに戦略を考えた方がいいと思います。

たとえば、マスク市場も突発的に大きくなっているのか、通年カテゴリーとしてこれからも継続するのかは実はわからないのです。そういうわからない未来について議論しても仕方がないと思っています。そうではなくて、社内ではバックキャスティングと呼んでいますが、日本語では「演繹的」に発想して、まずは何をやりたいのかを考えて、未来をつくることが重要だと言っています。

マスクも、どうすれば通年商品になるのかと当社は考えてきました。しかし、ユニ・チャームは返品を取りませんから、オフシーズンになると店頭からなくなっていました。ビフォーコロナの時代はそういう商材だったのです。しかし、返品を取らないから店頭から外されるという言い訳から考えるのではなくて、「やりたいこと」を起点に演繹的に発想すべきです。

「やりたいこと」が通年商品化であれば、マスクで手軽に健康を予防でき、心理的な不安をかなり払拭できるという、Withコロナ時代のマスクの新しい価値を卸売業・小売業様にきちんとコミュニケーションして、年間定番化に納得してもらうことです。これが、「やるべきこと」ですね。

中国依存ではなくて国内生産強化の英断

──2019年3月に、九州に新工場をつくって国内生産を強化したことは、ものすごい先見の明だったと思います。コロナ禍で中国に生産拠点を依存していた多くのメーカーが欠品して、マスクが入らなくなっていましたから。

高原 マスクについてはさまざまなサプライチェーンがありますが、最も強靭なサプライチェーンは、リサイクルだと私は思っています。ですが、その前に、国内で集中して生産する事が最もコストが下がると考えました。

ある程度の規模までいくと、物流コストと関税コストを吸収できるぐらいの生産体制を国内でつくることができます。おっしゃっていただいたように、国内でしっかり集中して生産することができたのは事実だと思います。

マスクは少量生産であれば設備投資も大きくないので参入しやすい商品です。いろいろな異業種が参入してこられました。しかし、最終的に選ばれる商品は品質と機能の優れたマスクだと思います。しかし、品質の勝負というのは、柔らかいとか、薄いとかいうことより、むしろ、きちんとした価値を持っているかどうかですが、見た目ではなかなかわからない。

私が会長を務める「日衛連」でもきちんと規格をつくり、それを満たす商品に対して全国マスク工業界のマークを付けるという活動をしています。消費者に対しても、そのマークが付いていれば安全だという品質を担保するアイコンになっています。

ウイルスを防ぐ機能が最も高いのが、メッシュが細かい「不織布のマスク」というエビテンスも出ています。フィルターがしっかり付いていますから、布製、ウレタン製よりはウイルスの防御機能は高いですね。われわれは、不織布マスクの機能性をもっと訴えていきたいと思います。

──マスクの製造は国内生産ですね。

高原 国内のいろいろな工場に分散しています。実は、九州の工場には、マスクの機械はなくて、大人用紙おむつの製造が中心です。それでも、2019年に九州に工場をつくったからこそ、コロナ禍の状況でも国内の生産体制が安定したと思います。

リモートワークで仕事の価値観が変わる

──Withコロナの時代の変化をどう捉えていますか?

高原 Withコロナで、本社のフロアには現在も半分くらいの社員しか出社していません。3密を避けて働くという空間が「いいな」という感覚は、コロナが収束した後も続くと思います。人がごちゃごちゃいる環境では働きたくないわけです。

また、当社はデジタルトランスフォーメーション(DX)のような変化はあまり得意ではないと思っていましたが、リモートワーク、リモート商談が進んだことで、デジタル化が進展するキッカケになりました。Withコロナによって、変化対応が一気に進むのだと思います。

──体育会的(笑)なユニ・チャームさんの「新製品発表会」もリモート開催になりましたよね。

高原 今まではこの方法がベストだと思っていたことを、改めて考えるキッカケになったと思います。物事は「ゼロ100」ではないのです。熱量の高い従来の当社の新製品発表会は、ユニ・チャームの良さでもありました(笑)。

しかし、リモート商談を体験してみると、リモートで資料を集中して見ながら聞いた方が、参加される方の頭に残るのではないかとも感じました。集合型の発表会だと、雑音もあるし、たまに隣の人から声を掛けられることもありますから。もちろん集合もリモートもプラスマイナスはありますが、良い面はコロナ後も引き継いでいこうと考えています。

──これからの日本は人口も減っていきますし、業界総資産の拡大には製配販が協働して挑戦していくべきですね。

高原 生理用品の対象期間は約40年です。使用時期は月に1回、単価は1ヵ月で約400円前後です。ベビー用紙おむつの使用期間は約3年間です。この2つのカテゴリーは、少子高齢化によって、何もしなければ間違いなく市場は減少していきます。

一方、ペットは少し寿命が延びているので、使用期間は20年弱ぐらいです。大人用紙おむつは10年くらいの使用期間になります。

業界総資産の拡大を考えるときには、1人の人間が生まれてから亡くなるまでのライフ・タイム・バリューという長い期間の体験価値を考えて、それを達成するために、「やりたいこと」と、「やれること」と、「やるべきこと」の3つの同心円で取り組むべきことを明確にすべきです。

「やりたいこと」は業界総資産の拡大

──やりたいこと、やるべきこと、やれることの3つの同心円で、具体的に取り組んでいることを教えてください。

高原 一番大きな概念の「やりたいこと」は、共生社会の実現です。老若男女からペットも含めて、それぞれの自立したライフスタイルで快適に過ごしていくことをサポートしたいと思います。

やるべきことは、企業理念の「NOLA&DOLA(Necessity of Life with Activities & Dreams of Life with Activities)」の実現です。「NOLA&DOLA」には、「赤ちゃんからお年寄り、ペットも含めて、生活者がさまざまな負担から解放される商品を提供し、一人ひとりの夢を叶えたい」という思いを込めています。

NOLAは、必要不可欠の必需品です。一方、DOLAのDはドリームのDなので、必需品というよりもライフスタイルの実現がテーマです。DOLAで一番成功しているのは、中国のフェミニンケア(生理用品)です。月に1回、経血を吸収する必需品としてではなくて、中国では女性自身がそれぞれ自分のライフスタイル(スポーツシーンなどで使用など)を表現するための重要なパーツになっています。

経営戦略における「やりたいこと」は、業界総資産の拡大です。ユニ・チャームとして市場を創造する、新しいカテゴリーを創造する、使用期間を延ばす、使用者を増やす、価格以上の価値を提供する新製品を出すことです。

──業界総資産の拡大のポイントはどこにありますか?

高原 業界総資産の拡大は、金額規模での市場の減少を止めて増加させることです。人口減少の中で市場金額を増加させるための第一は、新しいカテゴリーをつくることです。新しいカテゴリーをつくるためには、新しい消費者をつくらなければなりません。A商品を使っていた人が、Bにスイッチしたのでは金額は増えません。

新しいカテゴリーの創造に関しては、メーカーだけではできません。パートナーの小売業様と一緒に協働して、店頭で新カテゴリーを育成したいと思います。

近年、新しいカテゴリー創造で最も金額的に成功しているのは、「ショーツ型のナプキン」です。新しい客層と市場を創造することで、市場金額のプラスに大きく貢献しています。また、「オーガニック」という新しいライフスタイルを切り口にした生理用品や紙おむつも、純粋なカテゴリー創造ではありませんが、金額の奪い合いではなくて、市場金額のプラスオンに貢献しています。

出生数が減少し続けているベビー紙おむつ市場を下支えしたのは、プレミアムタイプの「ナチュラル ムーニー」だったという自負があります。今年は花王さんがプレミアムタイプの新製品を発売されました。プレミアムカテゴリー全体がさらに盛り上がっていくと思ってます。

また、既存品の切り口を変えてリニューアルすることも市場金額の拡大に貢献します。私が事業本部長だった時代に発売した「ソフィ シンクロフィット」というコンパクトなナプキンがあるのですが、巣ごもりによって使用者が増えています。皮膚との接触面が少ないので快適なのです。シンクロフィットは、テレビ広告よりも、若い世代のSNSの口コミで広がった売れ筋商品ですね。

Withコロナの時代にはシンクロフィットという商品は消費者も喜ぶし、小売業様にとっても利益率が高いのです。シンクロフィットの配荷の拡大は行っていますが、ソフィ ボディフィットの2個パックを安く売るよりも、製配販のすべて儲かる「三方良し」の商品です。

既存品の切り口を変えてヒットしたソフィ シンクロフィット

続きは月刊マーチャンダイジング2020年12月号で!

  • 超高齢社会における介護市場の変化
  • Withコロナの時代の小売業の変化
  • PDCAサイクルからOODAループへ