視野は狭まり、音も聞こえづらいお客にどう対応する?

「インスタント・シニア」体験から考える、高齢者にやさしいDgSとは?

超高齢化を迎える社会でのロイヤルティ向上は小売業にとって大きな課題だ。神奈川県を中心に店舗を展開するカメガヤは、ドラッグストア(DgS)企業では初となる高齢社会への取組みとして自店舗内での「インスタント・シニア研修」を企画した。Fit Care DEPOT北山田店で行われた高齢者疑似体験研修のレポートを紹介し、リアルなシニア体験から店と売場を見直し、よりよい環境へアップデートするためのヒントを探る。(月刊マーチャンダイジング 2019年4月号より転載)

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高齢者の擬似体験で課題を洗い出す

「インスタント・シニア」とは、一般社団法人ウエルエージング協会(WAJ)が1992年にカナダ・オンタリオ州政府と独占契約を結び、日本へと持ち込んだ高齢者体験プログラムで、その名のとおり、健康体の若い人間でも即席で高齢者の疑似体験ができるというもの。

高齢者の視点から社会を観察することで、さまざまな問題を発見し、他者をおもいやる心で解決策を考え、実行していくことがこのプログラムの目的だ。これまでに成田国際空港の施設づくりや、都内を走るノンステップバスの誕生などに貢献してきた経緯がある。

今回レポートする研修は、WAJの加藤夕紀子、青木一由両インストラクター立ち合いの下、Fit Care DEPOT北山田店と最寄り駅(横浜市営地下鉄グリーンライン北山田駅)を徒歩で往復。店内で買物を行うというものである。

研修の所要時間は約2時間半。疑似体験前には研修の目的を理解するためのオリエンテーションを行った。器具装着前には参加者全員で体験コースを歩き、「横断歩道の見え方」「中分類サインは見やすいか」「チェッカーの声は聞きやすいか」など、体験時のチェック項目を確認する。疑似体験後には、チェック用紙やアンケートなどに記入した内容をもとに、参加者によるディスカッションも行われた。インスタント・シニア研修の肝は、疑似体験から生まれた実感を共有し、生かすことにこそある。

【インスタント・シニア装着具】
①利き足用サポーター、②両腕関節サポーター、③左右違った足首おもり、④利き手首おもり、⑤白内障用ゴーグル、⑥つえ、⑦ゼッケン。このほかに、耳栓とゴム手袋を加えて全9点を装着する
店内での疑似体験。いつもはなんの苦もなくできる買物が、大変困難に感じられる

シニア体験によって得られた気づき

ここでは、インスタント・シニア研修後のディスカッションで出された参加者の意見を紹介する。今後増えていく高齢者にとって買物をしやすい店舗とは、どのような店舗なのか。よりよい環境をつくっていくためには、どのような施策や方法があるのか。考えるヒントとして活用していただきたい。

足元が見えづらくつまづきやすい「出入口」

□出口と入り口が2ヵ所あり、帰る際に慣れないと入り口に向かってしまう
足元が見えづらいため、マットとの段差につまずいた

どこに何があるのかわかりにくい「売場」

DgSは食品スーパーに比べて取り扱うカテゴリーや商品数が多く、どこに何があるのか店や企業ごとに異なるため、わかりづらい
□店内に入った瞬間、狭い視界では処理しきれない情報が入ってきて混乱した
□常温のペットボトルを探していたが、冷蔵ケースとは離れた場所にあって、せっかく探しにきたのにと心が折れそうになった
棚最上段、上段の商品が取りにくく、商品を落としそうになった
棚の下段が目に入りにくいうえ、しゃがんで取る動作がきつい
つえを持った状態で、かごを持つと両手がふさがるため、商品を取るときに一度床にかごを置かなければならず不便だった
□遠くからカテゴリーサインを確認して目的の棚付近までたどり着けるが、実際に陳列線の中に入り込んでしまうと、視野が限定的で周囲にどんな商品があるのか見渡すことができず、把握しづらい
□視界が狭まり自分の体まわりが死角になって、ほかのお客や品出しのための段ボールにぶつかりそうになった
店舗内の配置物が障害物に感じられ、危険を感じた
□エンド横に陳列された商品にぶつかりそうになった
普段は楽しめる買物が苦痛だった

つえとかごで両手がふさがれるため、商品を取るときには、つえかかごのどちらかを下に置く必要があるうえ、しゃがむ動作がきつい

文字が小さく読みづらい「サイン・POP」

□プライスカードの価格は見えるが、商品名が小さく見づらい(商品パッケージ裏に表記されている食品表示なども小さすぎて見えない)
□「赤」と「黄」の色の組合せが見づらい
□通常時より、全体的に色の印象が弱く、不鮮明に見えて驚いた
□「白」と「黒」の組合せはコントラストが強く、わかりやすい

小銭を取り出すのにもたついてしまう「㆑ジ」

ディスプレーに表示される合計金額が見にくい
□つえやバッグを置く場所がなく、財布を取り出すときに手間取った
財布から小銭が取り出しにくく、もたついた
□サッキング後の買物商品がどこに置かれたのかわからず少しの間探した
□「商品はこちらになります」の声で、購入商品の存在に気付いた

レジではディスプレーに表示された合計金額が見えづらい。会計後も、商品をどこに置かれたのかわからず、「商品はこちらになります」という声掛けがあってはじめて気付くような状態だった

身支度を整えるのに狭い「トイ㆑」

□店舗壁面上部に取り付けられたトイレマークや、男女マークが目に入らない
個室内が、身支度を整えるには狭い
□荷物のフックや台が高い場所にあると、腕を上げるのがつらい
□つえを置く場所に困った

購入後には、実際にラップやストロー付きドリンクなどの商品を使用して、感覚の違いや使い勝手をチェックする。テーピングされた高齢者仕様の手は力の入れ加減が難しく、ソフトな素材のペットボトルを開栓しようとすると、こぼれそうになった

改善案と検討要素

上記の気づきからどのような改善案を見出すことができたのか、一部を紹介する。なお、改善策の項は、Fit Care DEPOT北山田店では対応済みであっても一般的なDgSが未対応の項目を含めて表記した。

【短期的に対応する】自転車の整理、レストスペース作り

◆店舗入り口付近に駐車している自転車の整理
◆店内に「お困りのことがあればお手伝いします」などの案内を大きく掲示する
◆売場に障害物となる段ボール、オリコンなどを放置しない
◆高齢者の目線の高さに合わせた接客
◆レジにつえ・バッグ置き場を設置する
◆腰を下ろせるレストスペースをつくる
◆レジ対応の高齢者マニュアルの作成
(例)
⇒サッキング後には、声掛けをしながら高齢者の手元に商品を置く
⇒低めの声で、ゆっくりと、滑舌よく声掛けする

【長期的に対応する】キャッシュレス導入、選びやすい売場作り

◆商品を絞りこみ、選びやすい売場をつくる
◆レジのディスプレーに映る価格を大きく、見やすい色に
◆小銭を必要としない、キャッシュレス(プリペイドカードなど)の導入
◆視界が狭まる高齢者のために、高齢者が使うアイテムで、テーマを持った売場をつくる

【取材協力】カメガヤ スタッフグループ 関口 敏明氏