「Stailer」が切り拓く小売業DXの未来――デリシア(長野)が示すラストマイル黒字化への道

スタートアップの株式会社10X(テンエックス)は、ネットスーパーを中心にスーパーマーケットのDXを支援する「Stailer(ステイラー)」を展開。2025年5月20日に実施された同社の新戦略発表会には、大手・地方問わず12社以上のスーパーマーケット・ドラッグストアが導入済みという実績が示された。なかでも長野県でチェーン展開するデリシア社の成功例が大きな注目を集めている。

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ネットスーパーの成長と課題

冒頭、10X CEOの矢本真丈氏は、次のように時代背景を解説。

「食品スーパーマーケット業界は、1960年代前半に業態が確立し、1990年代後半まで急速に店舗数を拡大してきました。しかし、2000年代以降は店舗数の増加が緩やかとなり、人手不足や原価高騰による粗利圧迫など構造的な課題に直面しています。こうした背景から、各社がDX(デジタルトランスフォーメーション)を活用し、労働生産性を高めることが喫緊のテーマとなっているのです」(矢本氏)

同社が提供するStailerは、ネットスーパーを構築・成長させるためのプラットフォームだが、単なるシステム導入にとどまらず、販促施策やオペレーション効率化など、多面的なサポートを提供する点が特徴だ。

既存のネットスーパー市場はEC成長率が10%前後と比較的緩やかだが、Stailer導入企業全体でみると、同期間の流通総額成長率は約56%を記録。年間流通総額は数百億円規模に達している。利用客の中心は子育て世帯やヤングファミリー層で、ネットスーパー利用開始後、1人あたりの小売への支出金額が大幅に上昇する(ライフタイムバリュー向上)傾向も確認されている。

出典:10X発表資料より

以下の図は、ネットスーパーにおける1カゴ当たりの売上から商品原価・ピッキングやパッキング・配達などのオペレーションコストを差し引き、最終的な営業利益がどう生み出されるかを示したものだ。ネットスーパーの場合、店舗側が受注後のピック・パックや配送を担う必要があるほか、稼働していない時間帯のアイドリングコストなども発生しやすいのが特徴である。

株式会社10Xでは、こうしたコスト構造を踏まえ、大きく3つの観点でパートナー企業の収益改善をサポートしている。

  1. カゴ単価の向上:商圏設定や配達料設計、検索体験・商品レコメンドの最適化などにより、1回の買物での購入金額を高める。

  2. カゴ粗利率の改善:ネットならではの詳細な購買データを活用し、価格弾力性を捉えながら商品価格(粗利)を最適化する。

  3. オペレーションコストの削減:ピッキング・配送スタッフの作業をモバイルアプリで可視化し、店舗や配達の稼働率を分析。課題を抽出し、地道な改善を重ねることで生産性を高める。

デリシアが示す“ネットスーパー黒字化”の道

今回の記者発表会では、長野県でスーパーマーケット「デリシア」を運営する株式会社デリシアの代表取締役社長・森 真也氏が登壇。Stailer導入前後の変化を次のように語った。

「当社はかなり早い時期からネットスーパーを運営していましたが、店頭との商品マスタ連携問題や紙ベースでのピッキングなど、システム的・オペレーション的な課題を解決できないまま拠点だけが増減していた状況でした。欠品率も高止まりで、コストばかりが先行していたのです」(森氏)

こうした課題を10Xとともに解決するため、デリシアでは2022年9月末からStailerを導入。結果として稼働会員数は約1.4倍に増え、欠品率も4%から1%に改善。売上高は2.5倍に拡大し、店舗段階での営業利益率はマイナス31.4%から1年半で黒字化へ転じた。

出典:森氏発表資料より
出典:10X発表資料より

「10Xさんは、システム導入だけでなく、販促業務の効率化やデータ分析、課題に即した施策提案まで含めて伴走してくれました。定期的なデータ共有と振り返りで、PDCAを実行しやすかったのが黒字化の鍵だと考えています」(森氏)

スーパーマーケットDXを加速させる「Stailerマルチプロダクト戦略」

今回の発表会では、Stailerの新戦略として「小売業のDX全体を支えるプラットフォーム」への進化が示された。具体的には、オンライン・オフラインの会員IDや購買データを一元化し、販促を最適化する「Stailer OMNI」、商品別の価格をAIで最適化し、粗利確保を支援する「Stailer AIプライシング」、商品・販促データを集約し、バイヤーの業務を効率化する「Stailer MD」、需要予測と在庫管理をAIが行い、発注の手間を軽減する「Stailer AI発注」、各システムに散在するデータを統合し、外部連携もしやすい基盤を提供する「Stailer データストア」という複数プロダクトの提供を開始する。

7月にはまずAI発注がリリースされ、その後、冬にAIプライシングやMDが投入される予定だ。

DXは現場を解放し、経営を変えるか

10Xの矢本氏は、新プロダクトの狙いを次のように説明する。

「スーパーマーケットは粗利益の確保と人手不足という二重苦を抱え、労働生産性の向上が大きなテーマになっています。Stailerでは、ネットスーパーだけでなく、基幹システムや在庫管理、価格戦略など店舗運営の根幹を支える仕組みを強化し、AIとデジタル技術で一気通貫のDXを進めていきたいと考えています」(矢本氏)

一方で、デリシアの森氏は自身の店舗運営を踏まえ、こう展望する。

「10Xさんとは現場をともに回り、データと業務プロセスを丁寧に見直すところから着手しています。価格設定や商品管理など、DXで最適化できる業務はまだまだ多い。今後も同じゴールを共有するパートナーとして、一緒に取り組んでいきたいです」(森氏)

小売各社がネットスーパーやEC戦略を加速させる一方、収益化の難しさも指摘されてきた。しかし、デリシアがStailer導入により店舗段階で黒字化を実現した事例は、特に地方中堅小売業にもDXの可能性を示唆する。

「Enpowering Retail’s Future with Tech & AI」を掲げる10Xと、従来の慣習や枠組みを抜本的に変えようとする地方スーパーマーケット――両者のパートナーシップは、店舗中心の商売をベースにしながらも、デジタル技術を融合させて経営改革を進める1つのモデルケースとなり得るだろう。